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演技が「芝居っぽい」「大げさ」に見えるのはなぜ?|感情と身体のサイズのずれ

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表現の幅を広げたい俳優が身体でぶつかりやすい5つの壁

「もっと感情を出そう」

「ここはもっと強く」

「ちゃんと伝わるようにしなければ」

そう思って演じた時ほど、なぜか芝居っぽく見えたり、大げさになったり、白々しい感じが出てしまうことがありませんか?

本人としては真剣です。

内面でも、実際に何かを感じている。

それでも外から見ると、感じていることより「感情を見せようとしていること」の方が先に伝わってしまう。

そんな時、私が演技を見ながら気になることの一つが、

「内面で起きていることのサイズと、外へ出しているもののサイズが合っているか」

ということです。

感情を押し出そうとすると、なぜ演技が芝居っぽく見えるのか

私たちは日常で、本当に自分ごとの出来事を生きている時、

「もっと悲しそうにしよう」
「もっと腹が立っているように見せよう」
「この気持ちをもっと大きく外へ出そう」

と、感情を押し出すことに力んでいるわけではありません。

平静でいたいのに声に出てしまう。

隠したかったのに顔に出ちゃう。

相手の思いがけない一言で、それまでとは違う感情が湧いてくる。

日常では、そうしたことが次々に起きていませんか?

ところが演技になると、「もっと伝えなければ」「もっと感情を出さなければ」と、普段ならしない操作を自分で足してしまうことがあります。

そこで生まれる作為が、「芝居っぽい」「大げさ」「やりすぎ」「何となく白々しい」という印象につながることがあります。

内面のサイズと、外へ出している表現のサイズは合っていますか

本人の中では、確かに悲しい。

ところが外から見ると、内面で起きている以上の大きさで「悲しい」が表現されていることがあります。

腹が立っていること自体は本当なのに、声、顔、身体、動きまで全部で「怒っている」と説明してしまう。

すると、感情そのものよりも、感情を見せようとしていることの方が目につきます。

ところが外側では、それ以上の大きさで「悲しい」が出そうとしている感じ。

腹が立っていること自体は本当なのに、声、顔、身体、動きまで全部で怒りを説明している。

内面で実際に起きていることより、外へ押し出しているものの方が大きくなっている。

私が見ているのは、こうした内面と外側の「サイズのずれ」です。

もちろん逆もあり、本人の中ではかなり大きなことが起きているのに、身体や声がいつもの習慣に戻り、外から見ると変化がほとんど分からない場合もあります。

だから、「もっと感情を出せばいい」「小さく演じれば自然になる」と単純には言えません。

実際にその方が演じているところを見て、初めて分かることがあります。

力を使うことと、いつもの癖で身体を固めることは違う

演技には、必要な力があります。

強く押す。一気に動く。支える。踏みとどまる。急に止まる。

必要な分の力を使ったことで、身体にも声にもはっきりした変化が起きることがあります。

一方で、何かを強く表現しようとした瞬間、首、肩、顎、呼吸などを習慣的に固めてしまうこともあります。

この二つは、外から見ないと区別しにくい場合があります。

ご本人にはかなり変えた感覚があるのに、外から見るとほとんど変わっていない。

反対に、ご本人にはわずかな違いに感じられても、声、視線、重心、相手への向かい方まで大きく変わっている。

だから私は、ただ「もっと力を抜いて」「もっと身体を使って」とは言いません。

今、習慣的に何をしているのか。

必要な力を使った結果として、実際に変化が起きているのか。

ご本人が感じている変化と、外から見えている変化にどのくらい差があるのか。

実際に動いているところを見ながら、そこを見立てます。

内面は、一つの感情のまま止まっていない

そして、もう一つ大切なのが、シーンの中で内面に起きている変化です。

相手の顔を見る。声を聞く。予想していなかった返事が返ってくる。距離が変わる。こちらの言葉が届いたのか、届かなかったのかを感じる。

そのたびに、内面でも身体でも何かが変わります。

強く出ようとしていたのに、相手の一言で迷いが生まれるかもしれない。

腹が立っていたはずなのに、一瞬おかしくなるかもしれない。

人間の内面は、「怒り」「悲しみ」「喜び」と一つの名前をつけたまま止まっているわけではありません。

実際にはもっと細かく、次々と変化しています。

演技で大切なのは、その変化を先回りして作ったり、確認することより、その瞬間に起きたものをキャッチできること、調節できることだと私は考えています。

身体を固めると、細かな内面の変化も拾いにくくなる

「もっと怒ろう」「もっと悲しもう」と一つの感情を押し出そうとした時、身体までその感情の形に固定してしまうことがあります。

すると、相手から何か新しいものが返ってきても、身体も声も、最初に決めた方向へ進み続ける。

内面では何かが動いていても、その小さな変化を感じ取ったり、外へ現れる変化として使ったりしにくくなります。

表現の幅を広げたい時、感情の種類をたくさん覚えるだけでは足りません。

自分の中で起きた変化に気づけること。

その変化に、身体や声もついていけること。

そこまで含めて、演技の選択肢です。

内面の変化を次々とキャッチするために、動きから感覚を磨く

だから、身体を動かすトレーニングが役立ちます。

動きが変わると、自分が感じる重さ、速さ、方向、空間との関係も変わります。

いつも使っている動きから離れてみることで、それまで気づかなかった感覚が立ち上がることもあります。

見るものが変わる。聞こえ方が変わる。相手との距離の感じ方が変わる。

そうすると、内面にもそれまでとは違う変化が起きます。

その変化を次々とキャッチできるようになると、「感情を出そう」と押し出さなくても、相手や状況とのやり取りの中から表現が動き始めます。

身体のトレーニングは、身体だけを変えるためのものではありません。

感じ取れるものを増やし、内面の変化をより細かく受け取り、それを演技や歌唱で使えるようにするためのトレーニングでもあります。

動きから感覚を広げる|10月12日 Laban/Effort

2026年10月12日(月祝)は、東京で、Laban/Effort(ラバン/エフォート)を使ったムーヴメントによる感覚のトレーニングを行います。

Laban/Effortの知識を覚えたり、特別な動き方を身につけたりするためのクラスではありません。

実際に身体を動かしながら、自分が普段どんな身体や感覚を使いやすいのか、どこで選択肢が狭くなるのかを経験し、演技や歌唱で使える感覚の幅を広げていきます。

動きが変わる。だから、感じ方が変わる。

すると、相手から受け取るものや、内面に起きる変化も変わってくる。

そうした変化をキャッチし、表現へつなげられる身体と感覚を育てるためのクラスです。

日時:2026年10月12日(月祝)13:00〜15:45
場所:東京・下北沢
形式:少人数制
受講料:12,000円

10月のクラス詳細・お申し込みはこちらです。

2026年10月 演技クラス開催案内|ラバン/エフォート・台本読解「シーンの鉄則」・少人数実践

講師プロフィール

演技コーチ/インティマシー・コーディネーター/インティマシー・ディレクター 鍬田かおるの経歴・指導については、プロフィールをご覧ください。

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個別に自分の演技と身体を見直したい方へ

習慣的に身体を固めているのか、必要な力を使って実際に変化を起こしているのか。

内面で起きている変化と、外から見えている表現の大きさは合っているのか。

こうしたことは、ご本人だけでは判断しにくい場合があります。

現在の演技や身体を実際に見ながら、その方固有の課題を個別に扱いたい場合は、少人数クラスより個人レッスンの方が早く進められます。

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