「もっと深く人物を理解したい」と考えているのに、なぜか出来上がった人物像が陰気になる。
悲しい事情がある。不安を抱えている。過去に傷ついている。人間関係にも問題がある。
そこからさらに暗い過去や複雑な事情を想像していくうちに、人物の世界全体が暗くなっていくことがあります。
宣材しかり、リールしかり、どうにも気になる陰気さの連続。これはなんだろうと、この7.8年ぐらい気になっていました。
でも、悲しいと解釈される事情も抱えていることと、やたら陰気な人物、何分も特定の状態である演出は同じではありません。
深い芝居と暗い芝居は、同じではありません。
人物を「深く捉える」ことと「陰気に捉える」ことは違う
暗いタッチの作品や、いわゆる深刻な状況を扱うこと自体が問題なのではありません。
重さも必要です。悲しみも、不安も、恐怖も、その人物に必要なら当然扱います。
問題は、そうしたものがあると分かった途端に、人物全体まで暗い方向へまとめてしまうことです。
変えられない辛い過去がある。
この関係はすでに壊れている。
長い間、孤独だったのだろう。
この場所にも嫌な記憶がある。
さらに暗い材料を足せば人物が複雑になり、感情も深くなるように感じるのかもしれません。
けれど、暗い部分がたくさんあるから、深いんじゃない。
その人物が今、何に向かって生きているのかが弱いまま、背景ばかりを暗くしても、色調は濃くなりますが、ドラマは動きません。
悲しみや不安には、理由がある
悲しみ、不安、心配、恐怖。
便宜上「ネガティブな感情」と呼ばれることもありますが、感情そのものに良い悪いがあるわけではありません。
大事なのは、「悲しい」「不安だ」「怖い」という状態だけを大きくすることではなく、なぜそう感じているのかです。
悲しいのは、その相手が大事だから。
不安なのは、その関係に意味があるから。
怖いのは、この先どうなるかが本人にとって切実だから。
その理由が弱いまま感情だけを濃くすると、人物は暗くなっても、相手との関係や、その人物が向かっている先は具体的になりません。
考えてはいるのに、自分ごとになっていない。
そういう台本の読み方にも、私はよく出会います。
事情や背景はたくさん書いてあるのに、「だから、この人物は今どうしたいのか」が弱い。
その状態で感情を増やしても、芝居の色だけがただただ暗くなってしまいます。
陰気一辺倒では、かえって深みがなくなる
悲しい事情を持つ人物が、よく笑うこともあります。
孤独を抱えている人物が、社交的であることもある。
不安を抱えながら、相手を笑わせることもあるでしょうし、ものすごく仕事が速いかもしれない。図々しかったり、色気があったり、くだらないことにこだわったりするかもしれません。
暗い部分だけが、その人物の深さではありません。
人物の中に異なる面があるから、コントラストが生まれます。
実際の生活でも、そういった事はありませんか。
「こんな面もあるのか」というギャップがあるから、一枚の人物像ではなくなっていく。
逆に、人物像も、想像する過去も、身体も、声も、最初から最後まで全部陰気な方向へ揃えてしまえば、色は統一されても奥行きは減ります。
深みを出そうとして暗くした結果、コントラストを失って、かえって浅く見える。
率直に言えば、観ていて…つまらなくなることもあります。
もちろん、作品全体をあえて冷たく、沈鬱に、閉塞した色調で統一したい演出もあります。
今回問題にしているのは、意図して暗いトーンを選ぶことではありません。
「深く演じよう」とすると、毎回なぜか人物まで陰気になり、それ以外の選択肢が出てこなくなることなのです。
最初から暗いと、ピークも見えなくなる
もう一つ大きいのが、ピークです。
最初から暗く、そのまま最後まで暗い。
最初から緊張感を高くして、そのまま最後まで同じ。
そうなると、本当に重要な瞬間がどこなのか分からなくなります。
シーンには、それまでとは質の違う重要な瞬間があります。そこが際立つからこそ、その前後も生きます。
暗い瞬間を効かせるのは、むしろコントラストです。
重い質を使えることも、とても重要です。全部が軽い、速い、明るい演技も、同じように選択肢が少ない。
大切なのは、重さをなくすことではなく、必要なときに必要な重さを使えること、調節できて、選べることです。
身体の選択肢から、人物の色を増やす
ここで、私がラバンの考え方やムーヴメントを演技のトレーニングに使う理由にもつながります。
感情をもっと濃くするためではありません。
俳優が無意識に選んでいる身体の質を広げるためです。
人物を暗く捉えると、身体まで似た方向へ寄りやすくなります。
速度が落ちる。空間が小さくなる。身体が内側へ向かう。声の色まで似てくる。強弱があいまい…
だから、本人は毎回違う人物を演じているつもりでも、身体がいつも同じ選択をしていれば、外から見える演技は似てきます
例えば、辛い過去や傷ついた経験がある人物を、ずっと「被害を受けた側」としてだけ捉えてしまうと、その人物が今どこへ向かっているのかが弱くなります。
演技の選択肢は、頭の中に言葉を増やすだけでは増えません。
身体そのものが、いつもとは違う選択を経験することも大切です。
深さは、暗さの量ではありません
人物は、「悲しい方」「孤独な方」「傷ついた方」という一言では収まりません。
誰かを大切にする気持ちもあれば、欲もある。格好をつけたいこともある。くだらないことで笑うこともある。社会的な顔もある。
色気も、図々しさも、退屈も、残酷さもあるでしょう。
しかも、それらは相手や出来事によって変化します。
暗い部分がたくさんあるから、深いんじゃない。
人物の中に異なる質や矛盾があり、そこにコントラストやギャップがあり、状況によって変化していく。
だからこそ、本当に暗い瞬間も、本当に重い瞬間も生きます。
10月のムーヴメントクラスで、身体から選択肢を増やす
人物を変えているつもりなのに、演じるといつも似た感じになる。
考えてはいるのに、自分ごとになっていない。
もっと活躍したいのに、いざ演じると「伝わらない」と言われてしまう。
そんな課題があるとき、さらに感情を足すだけではなく、身体から別の選択肢を経験することが役立ちます。
10月のムーヴメントクラスでは、ラバンの考え方も使いながら、普段の自分ならあまり選ばない動きや身体の質を実際に試していきます。
以前、ラバンのムーヴメントクラスに参加した方から、
「自分の身体が届く範囲を、思っていたより小さく見積もっていたことに気づいた」
という感想をいただいたことがあります。
身体の可能性を自分で狭く見積もっていると、演技の選択肢も、いつの間にか狭くなります。
逆に、実際に身体でいつもと違う質や方向を経験してみると、「自分にはこれしかない」と思っていた感覚が少しずつ崩れていきます。
ダンスや体操でもないので、俳優、歌手、声優、ナレーター、の方全てに応用できる、運動が目的ではなく、幅広い感覚を磨くクラスです。
10月のクラス詳細はこちらです。
ラバンのエフォートと演技への応用については、こちらの記事でも詳しく書いています。
10月のクラス詳細はこちらです。
参加をご希望の方は、下記フォームよりお申し込みください。
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この記事を書いた講師
鍬田かおる
演技コーチ/STAT認定アレクサンダー・テクニーク教師/IDC認定インティマシー・コーディネーター(ディレクター)。
20年以上、俳優・声優・歌手を中心に、台本読解、身体、声、ムーヴメント、相手とのやり取りを切り離さず、実際に演じることへつなげるトレーニングを行っています。
プロフィール
https://kaorukuwata.com/profile/

演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching



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