相手が入った瞬間、急に固まる。
セリフを入れた途端、身体が止まる。
感情を出そうとすると、喉や顔が固くなる。
足を踏ん張っているつもりなのに、声は響きにくい。
集中しようとするほど、呼吸が浅くなる。
構えているつもりが、役ではなく自分の癖ばかりが前に出る。
こうしたことが起きるとき、足りないのは気合いではありません。
むしろ、身体の中がすでに「騒音でいっぱい」になっていることがあります。
首、顎、肩、背中、腕、足、肋骨まわり。
無意識の小さな構えや緊張が増えるほど、本来その場で起きているはずの反応や、役の人物として感じたいことが拾いにくくなっていきます。
身体を空けておくとは、だらけることではない
身体を空けておくというと、力を抜くこと、だらけること、脱力することだと思われがちです。
でも、そうではありません。
身体を空けておくとは、必要なときに必要な方向へ使える余地を残しておくことです。
相手に向かう。
声を通す。
反応する。
止まる。
動く。
聞く。
見る。
受け取る。
そうしたことが、その場で起きやすい状態にしておくことです。
最初から首、喉、胸、背中、顔、脚まで固めてしまうと、いざ反応したいときに動けません。
日常の生活の中で、シンプルな動きの時も、ちょこちょこ肩を上げる、ついつい歯を食いしばる、気がついたら腕を構えてる、とお尻を絞めていることに気づく!
自分が緊張しなくても良い1人で家にいる時ですら、です。
1日に何十回も、それこそ何百回、何千回も繰り返してしまう。踏ん張りや力みすぎのパターンで、本当は準備していたつもりで、実は使える余地を先に失っている。
これが、演じる身体、よく響いて歌いたい身体でよく起きることです。
身体を空けておくとは、騒音でいっぱいにしないこと
私が言いたいのは、身体を余計な騒音でいっぱいにしないことです。
たとえば、ことあるたびに、不必要に、首を硬くしている。
そういう役の設定でもないのに、無意識に噛み締めている。
セリフごとに、顔を前に突き出している。
ふと、気づくと、階段でも廊下でも、車でも、肩を上げている。
良かれと思って、親しい間柄の人といる時ですら、背中をこわばらせている。
こうしたことは、一つひとつが小さく見えても、演じる身体や声にとっては大きな妨げになります。
計算してみてください、1時間のうちに10回やっただけで…それを10時間として…既に100回。それを週7日…取り入れたかった身体の動かし方やパターンでもないのに、うまくなるはずです。
本来感じ取りたいはずの、口の中の広さ。
唇の動き。
舌の位置。
呼吸の通り道。
そういった繊細な感覚が、日常に混ぜすぎているこの騒音によってかき消されます。
感じたかったことも、バックグラウンドに行ってしまい、わかりにくくなってしまいます。
しかも厄介なのは、その多くが無意識に起きていることです。
本人は、ちゃんとやろうとしているだけかもしれません。
でも、そのたびに身体の中に騒音を増やしていると、何が役として起きている変化なのかが見えにくくなります。
例えば、よし、集中しようと思うと、なぜか、息をひそめる。
ちゃんとしなきゃと思うと、胸を張るだけで、実は背中が縮んでいて、腰がそっている。
迷惑をかけちゃいけないなと真面目に考えたとき、胸をつぶして息苦しくしてしまう…。
演技、表現の一部で自覚できていて使っているのであれば成立することが、野放しにされてしまっています。
だからやめたい時にやめられない。
減らしたいときに減らせない。
つまり、後で動画で見てびっくりする、場合によっては
監督や演出家、先輩に指摘されて、「そんなはずないのになぁ…」とモヤモヤするパターンです。
その緊張は、役のものなのか、自分の癖なのか
作品の場面の中で、人物が緊張して首や肩が固くなることはあります。
相手のセリフによって、身体に何かが引き起こされることもあります。
自分の想像がある方向にふくらみ、その人物として構えることもあるでしょう。
でも、ふだんから首を硬くし、噛み締め、肩を上げ、背中をこわばらせる癖が強いと、その違いが判断しにくくなります。
役として起きた変化なのか。
相手から受けて起きた反応なのか。
それとも、自分がいつも足してしまっている余計な緊張なのか。
その区別がつかなくなるのです。
これは、騒音の中で音楽を聴いているようなものです。
本当はそこに細かい変化や流れがあるのに、周囲のノイズが多すぎて、何を聴き取ればいいのかわからなくなる。
演じる身体、響いて歌いたい身体でも、同じことが起きてしまいます。
小さな構えが増えるほど、身体の中は騒音でいっぱいになる
身体を空けておくというのは、何もしていない身体を目指すことではありません。
脱力することでもありません。
そうではなく、無意識にしょっちゅう出している小さな動きのパターンや、必要のない緊張の癖、構えを減らしていくことです。
たとえば、良かれと思って足を突っ張る方は少なくありません。
確かに、足を突っ張ると表面の筋肉は緊張して、立っている感じや支えている感じは出ます。
でも、そのぶん、床をもっちり押すことが難しくなります。
俗に言う、床反力が使えません。
坐骨とのつながりが感じにくくなる。
足の指の関節の動きが使いにくくなる。
下から支え直す感じが弱くなる。
すると、立ち方の問題で終わりません。
そこから声の響きも変わります。
背骨の動きが妥協されていて、呼吸が邪魔されてます。その空間にいて、役の人物が何を感じているかも拾いにくくなります。
厳密に言うと、視線の動きと背骨の動き、手足のコーディネーションとともに、どんどんこれくらい細かいところまでつながっています。
逆に、これを味方につけると、演技や各種のパフォーマンススムーズになるのですが…
役の反応と、自分の癖が混ざると判断できなくなる
たとえば、腕を構えておく方もとても多いです。
何も持っていないのに、持っているかのように片手だけずっとキープしている。
そういう方、意外と多いです。
もちろん、作品の中で本当にそういう状態の人物であるなら別です。
でも、それが役ではなく自分の癖だった場合、問題が起きます。
その構えが自分のものなのに、役の反応のように見えてしまう。
あるいは、自分でもそう思い込んでしまう。
すると、相手のセリフによって何かが引き起こされたのか、人物としてその場で構えたのか、それとも自分がいつもやっている癖なのか、区別がつきにくくなります。
この混線は、演技をかなり曖昧にします。
身体を空けておくというのは、役として起きたことを消すことではありません。
自分の癖による騒音を減らして、役として起きた変化が見えるようにすることです。
そして自分が細やかに、自分の反応を感じ取るためにも、役立つのです。
頑張るほど狭くなるのは、珍しいことではない
真面目な方ほど、狭くなりやすいです。
ちゃんとやろう。
失敗しないようにしよう。
感情を伝えよう。
響く声を出そう。
集中しよう。
その意識そのものは悪くありません。
ただ、その意識を身体を固める方向で実行してしまうと、反応の速さも、声の自由さも、感覚の細やかさも落ちていきます。
たとえば、相手のセリフを聞いた瞬間に少し驚いたのに、その反応が出る前に首で止める。
息が動く前に胸を固める。
声が立ち上がる前に喉で押す。
すると、本人は頑張っているのに、見ている側には硬い、浅い、止まって見えるということが起きます。
特に大事なセリフ、難しいフレーズ、注意されたところ、こういったところでクセが「花開きます。」
足すことより、邪魔を減らすことが先な場合がある
演技や歌で行き詰まると、何かを足したくなります。
もっと感情を足す。
もっと声量を足す。
もっと集中力を足す。
もっと勢いを足す。
でも、実際には、足りないのではなく邪魔が多いだけのことも少なくありません。
すでにある反応を止めている。
呼吸の動きを狭めている。
相手に向かう前に自分の内側で詰まっている。
そういう状態では、上に何を乗せても苦しくなりやすいです。
演じるために使える身体は、何かをどんどん足して作るというより、余計な妨げを減らしていくことで戻りやすくなります。
これは、手を抜くという意味ではありません。
無駄な消耗を減らして、必要なことに使える状態を取り戻すということです。
治療というより、予防です。
スキルとして学べる予防とパフォーマンスの土台作りです。
身体が空くと、声も変わる
身体と声を別々に考えていると、変化は起こりにくくなります。
喉だけ整えようとする。
口の形だけ直そうとする。
姿勢だけきれいにしようとする。
部分ごとの修正が必要な場面もありますが、それだけでは追いつかないことがあります。
なぜなら、声は全身の使い方と切り離せないからです。
押して出す声になりやすい方は、喉だけの問題ではなく、背中や肋骨まわり、首の使い方、立ち方、踏ん張り方まで含めて見たほうが早いことがあります。
身体が空いてくると、声を無理に作りにいかなくても、通りやすくなることがあります。
響かせようとして押すのではなく、響きが出やすい条件が整ってくるからです。
その違いは、本人にとって影響が大きいです。
無理に頑張らなくても届きやすい。
長く使っても消耗しにくい。
本番で押し切らなくてよくなる。
これは、俳優にも歌手にも声優にも、そしてダンサーにも大きな利点です。
胴体を締めたままでは、呼吸も感情も浅くなりやすい
騒音は、首や肩や顔だけに出るわけではありません。
胴体を締め付けたまま、肋骨をあまり動かさない。
呼吸が深くならない。
息が浅いのが当たり前になっていて、自分では気づいていない。
こういう状態の方も、とても多いです。
でも、呼吸が浅いままでは、ただ苦しいというだけではありません。
限られた時間の中で、素早く、作品の文脈に沿って、深い感情にアクセスすることが難しくなります。
役の人物として何かが起きていても、そこへ向かう通り道が細くなっているようなものです。
だから、小手先が必要になります。
なんとか気分をつくろうとする。
無理にスイッチを入れようとする。
奇妙なおまじないのようなことを繰り返す。
半ば暗示のようなやり方に頼る。
その結果、かえって消耗したり、健康を損ねたりする方もいます。
何より、自分がおおよそ把握できているんだ、気づけて納得してやっているんだ、調節することができるよという自信がつきません。
感情を出そうとするほど固まる理由
感情表現で止まる方にも、身体を空けておく視点はとても重要です。
怒りを出そうとすると肩が上がる。
悲しみを出そうとすると喉が詰まる。
緊張を見せようとすると顔が固まる。
こうなると、感情を演じているつもりでも、実際には感情の記号だけが強くなりやすいです。
見ている側に伝わるのは、濃さではなく、押しつけがましさや不自然さになってしまうことがあります。
必要なのは、感情を力で作ることではありません。
相手や状況から影響を受けられる余地を身体に残しておくことです。
身体が空いていると、出来事を受け取りやすくなります。
受け取れると、変化が起きやすくなります。
変化が起きると、結果として感情が立ち上がりやすくなります。
順番が逆になると、苦しくなります。
本番に強い身体は、固い身体ではない
本番で崩れないようにと思うと、固めたくなる方がいます。
でも、本番で本当に強いのは、固い身体ではありません。
変化に対応できる身体です。
相手が予想と違うことをした。
空間の響きが違った。
緊張で感覚が少し変わった。
その日のコンディションがいつもと違った。
そういうときに、固めて支える方法しか持っていないと、ちょっとしたズレで全部が苦しくなります。
一方で、空けておく感覚があると、ズレに対して微調整しやすいです。
立て直しやすい。
聞き直しやすい。
呼吸を戻しやすい。
相手に向かい直しやすい。
本番の強さは、緊張しないことではありません。
緊張しても、そこから使い直せることです。
細かく感じ取れる身体のほうが、深く入れる
深く入れる身体というと、強い感情を出せる身体だと思われがちです。
でも実際には、細かく感じ取れる身体のほうが大事です。
口の中の広さが感じられる。
唇がどう動いているかわかる。
舌の位置がわかる。
足裏が床とどう関わっているか感じられる。
坐骨とのつながりがある。
肋骨がどう動いているか気づける。
こうした細かい感覚が戻ってくると、声も、反応も、感情の立ち上がりも変わってきます。
無理に大きくしなくても、変化が見えやすくなる。
押し出さなくても、響きやすくなる。
作り込まなくても、その場で起きたこととして扱いやすくなる。
身体を空けておくとは、曖昧に楽になることではありません。
役のために必要な情報を、ちゃんと受け取れる身体に戻していくことです。
こういう方には特に必要です
身体を空けておくという考え方は、特にこんな方に役立ちます。
相手役が入ると急に演技が小さくなる方。
セリフを入れると身体が固まりやすい方。
声を響かせたいのに押してしまう方。
感情を出そうとすると喉や顔がこわばる方。
姿勢、呼吸、集中が本番でばらばらになりやすい方。
長く活動してきたのに、ここ数年あまり変化を感じられない方。
こういう停滞は、才能の問題と決めつけなくて大丈夫です。
使い方の整理が追いついていないだけのこともあります。
身体が空くと、演技の実感が変わる
身体が空いてくると、単に楽になるだけではありません。
相手とのやり取りに入りやすくなります。
空間に向かいやすくなります。
セリフを言う前から詰まりにくくなります。
感覚が少しずつ細かくなります。
自分が何を止めているのかにも気づきやすくなります。
すると、演技の実感そのものが変わってきます。
頑張って作るのではなく、起きてきたことに乗っていける。
出そうとしなくても、出やすくなる。
守ろうとしなくても、その場にいられる。
これは、派手ではありませんが、とても大きな変化です。
身体と声のセミプライベートレッスンで扱うこと
5月3日の身体と声のセミプライベートレッスンでは、こうした問題を、理屈だけでなく実際の体験として整理していきます。
身体を空けておくとはどういうことか。
どこで自分が固めやすいのか。
声や呼吸や反応とどうつながっているのか。
頑張る以外の使い方があるとしたら、何が変わるのか。
必要なのは、ただリラックスすることではありません。
演じるために使える身体。
響きやすい声。
相手や空間に向かいやすい状態。
本番で立て直しやすい感覚。
そうしたものを、実際に扱える形で見ていきます。
最後に
伸び悩みを感じると、多くの方はもっと頑張ろうとします。
でも、頑張る方向がずれていると、努力はそのまま固さになります。
身体を空けておくとは、だらけることでも、抜くことでもありません。
役のために使える余地を残しておくことです。
声のために。
反応のために。
集中のために。
本番で崩れにくくするために。
もし今、
頑張っているのに狭くなる
相手が入ると止まる
声が押し気味になる
感情を出そうとすると固まる
そんな感覚があるなら、一度、足すことではなく空けることのほうから見直してみてください。
そこで変わる方は、かなり多いです。
5月3日の身体と声のセミプライベートレッスンでは、その入口を実際に体験できる形で扱います。
理屈だけではなく、身体でわかるところまで進めたい方に向いています。
5月3日(日曜祝日)開催 身体と声のセミプライベートレッスン-俳優、歌手、ナレーター、声優向け
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この記事を書いた講師プロフィール 鍬田かおる
指導歴20年以上。桐朋学園芸術短期大学演劇科、新国立劇場演劇研修所・オペラ研修所、劇団青年座研究所などで長年指導。
ロンドン大学ゴールドスミス校卒。Royal Central School of Speech and Drama 修士課程ムーヴメント科修了。
イギリスSTAT認定アレクサンダー・テクニーク教師。日本演出者協会会員。
俳優や歌手の技術と身体の理解を統合し、現場で使える“交流のある演技”へ導く専門家。大学や映画スクールの講師を務める傍ら、個人レッスンで一人ひとりの強みを伸ばし、基礎力からアップさせる本格的なプロのトレーニングを中心に活動しています。
小学生から中堅、そして芸能の舞台や映像で活躍する俳優や歌手の方のアクティングコーチであるだけでなく、プロを目指す若手の育成も務める。
IDC認定インティマシー・コーディネータ(ディレクター)として映画やテレビ、舞台の現場も入ります。
これまで触れてきた演技のなんとかメソッドや、〇〇式に疑問を抱かれた方へ
あなたの違和感は、もしかすると「役」にとってのリアリティーではなかったからかもしれません。
また文化的にも、ヨーロッパで過ごした20代がある私、そしてバイリンガルである私が言うのもなんですが、日本を中心に活躍してらっしゃる方、日本語を母国語として多くの時間を過ごしてる方に向き不向きという傾向はある気がいたします。
物語、演技と言うものが、文化に根ざしている以上、やはり言語の壁もあり、また生活様式や基本的なコミュニケーションのスタイルが大きな誤解をむこともございます。これはクラシックバレエやオペラの輸入、様々な業種での変遷を見ても、お分かりいただける課題だと思います。。
不可思議な単発ワークショップやらの誇大広告に疑問を持たれた方、なんちゃらメソッドばかりのプロモーションに違和感を持たれた方、ご自分のせいだと責めないでくださいね。
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演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching



