「こんなに感じているのに、なぜ伝わっていないんだろう」
俳優や歌手の方々や、熱心に目指している方たちの間では、
リハーサルやオーディション、それこそ準備の中で、そう感じることがあるかもしれません。
自分の中では、確かに動いている。
何か苦しい。
ちゃんと悔しい。
台本に書かれているように、怒っている。
もちろん、悲しい。
気持ちだって、高ぶっている。
それなのに、外から見ると、相手とのやり取りが薄く見える。
役の人物として動いているというより、俳優本人が感情を押し出そうとしているように見えてしまう。
そう気づいたこと、ありませんか。
ここに、演技の大きなズレがあります。
感情がないのではありません。
むしろ、本人の中では強く感じていることもあります。
けれど、その感情が、役の人物の行動、相手との関係、場面の変化につながっていないと、観客や相手役には届きにくくなります。
今回は、「感じているのに伝わらない」演技について少し整理しましょう。
自分の中では動いている。でも、相手には届いていない
本人の中では、たしかに何かが起きています。
心が動いている。
気持ちが高まっている。
苦しさもある。
役の人物に近づこうとしている感覚もある。
私自身、小学生の頃から芸能事務所にて、演技レッスンに通い、いつもそんなふうに感じていました。
特に、舞台の稽古では、自分自身高揚感がありましたし、なんだか手ごたえのようなものを感じていました。
でも、思わぬところで笑いが湧いたり、多くの素晴らしい先生方に、いろいろなご指摘をいただく中で、自分だけが感じてると言うのは、なんだか違うんだなという事はうすうす感じていました。
演技として外に出た時に、相手に届いていないように見えることがあります。
これは、本人が不真面目だからではありません。
感情が足りないからでもありません。
むしろ、感じていることに意識が集まりすぎて、相手に向かう行動が薄くなっていることがあります。
今、自分は泣けているか。
台本に書かれているように、怒れているか。
演出通り、苦しそうに見えているか。
これで、気持ちが足りないと思われないか。
状況に合ってるか、ちゃんと伝わるだけの高揚感があるか。
そうした確認が増えるほど、目の前の相手から離れやすくなります。
気づきましたか?
多くの場合、気が散ってるんです。
そして、自分が感じることが中心になってしまっています。
本来、役の人物は相手に向かっています。
そして行動しています。
相手の言葉を受け取る。
相手の変化を見る。
相手を止める。相手を動かす。それは何のために?
相手に言わせる。相手から引き出す。それはなぜなのか
相手を避ける。相手に気づかれないように隠す。それが何につながるのか…
そこから、次の言葉や行動が生まれます。
でも、感情を出すことに意識が向きすぎると、相手とのやり取りより、自分の感情の状態を守ることが優先されます。
すると、感情は大きいのに、やり取りが薄い。
声は強いのに、相手に向かっていない。
泣いているのに、自分だけが感じているだけで、場面が進まない。
そう見えてしまうことがあります。
現実の人間は、感情を出そうと頑張っていない
現実の世界で、多くの方々は、特殊な事情や演出がない限り、「感情を出そう」と頑張って生きているわけではありません。
むしろ、感情を隠します。
気持ちと折り合いをつけようとします。
考えて整理しようとします。
一方、自分でも気づかないうちに、感情に突き動かされていることもあります。
本当は出したくないのに、声や身体や沈黙に漏れてしまうこともあります。
つまり、感情は「出すもの」というより、「出てしまうもの」でもあります。
もちろん、舞台や映像の中では、表現として感情がはっきり現れる場面もあります。
ただ、その時も大事なのは、感情の大きさそのものではありません。
なぜ隠せなくなったのか。
なぜその相手の前で崩れたのか。
なぜその言葉で反応したのか。
なぜそれまで保っていたものが、今ここで変わったのか。
そこに理由や動機、因果関係、バックグラウンドが必要です。
そこを深く扱わないまま、想像上の感情を押し出そうとすると、本人の中では盛り上がっていても、外から見ると演技が浮いてしまうことがあります。
これは舞台でも映像でも顕著です。
感情は「出す」より先に、隠したり、こらえたり、漏れたりする
人間らしさは、感情を大きく見せることだけにあるわけではありません。
隠そうとしているのに漏れる。
頭では分かっているのに、身体がついてこない。
平気なふりをしているのに、言葉の選び方が変わる。
納得しようとしているのに、相手の一言でまた揺れる。
本当は言いたくないのに、言わずにいられなくなる。
本当は黙っていたいのに、沈黙が耐えられなくなる。
そのような矛盾や折り合いの中に、役の人物のリアリティーが立ち上がることがあります。
だから、感情を出そうとする前に、まず見るべきなのは、感情そのものではありません。
その人物は、何を隠しているのか。
何と折り合いをつけようとしているのか。
何を分かっているつもりなのか。
何に気づいていないのか。
何に突き動かされているのか。
そこです。
感情を押し出す前に、その人物が何と戦っているのかを見る必要があります。
また出そうとしないと、見えないし、聞こえないままと言うのであれば、そもそも「役の人物の事情」っていっぱいになってない可能性があります。
つまり、刺激を受け取っても、溢れ出ないのです。
感情が強いほど、相手が見えなくなることがある
感情を強く出そうとすると、意識は自分の中へ向かいやすくなります。
今、自分は感じているか。
その感じているものは見えているか。
もっと出さないと伝わらないのではないか。
そう思うほど、相手の変化を見逃しやすくなります。
相手役が何をしてきたのか。
今、相手の状態がどう変わったのか。
自分の言葉が相手にどう届いたのか。
相手がこちらを避けたのか、近づいたのか、拒んだのか、揺らいだのか。
本来は、そこから次の行動が生まれます。
でも、感情を維持することに意識が向くと、相手の変化より、自分の感情の状態を守ることが優先されます。
そうなると、相手役は入りにくくなります。
こちらが一人で感情を出しているだけになり、場面がやり取りではなく、感情の独演のように見えてしまうことがあります。
モノローグというより、本当の独り言になってしまうことも…
セリフが説明っぽくなる演技とも、同じところでつまずいている
このシリーズの1本目では、セリフが説明っぽくなる理由について書きました。
セリフが説明っぽくなる理由|自分ごとで演じる俳優と、外側から固める俳優の違い
https://kaorukuwata.com/acting-lines-sound-explanatory/
セリフを上手に言おうとしすぎると、表情や声や間を外側から固めてしまうことがあります。
今回の感情の問題も、実はそこにつながっています。
「セリフをうまく言っている俳優(や歌手の)顔」!
「一生懸命、感情を出している顔」になる。
悲しんでいるふうな声色になる。
どれも、相手とのやり取りよりも、自分がどう見えているかに意識が向きやすくなります。
演技で大事なのは、「感情が見えること」だけではありません。
その人物として、相手に何をしているのか。
何を変えようとしているのか。
何を隠しているのか。
何に折り合いをつけようとしているのか。
何に気づいていないのか。
そこが動いている時に、感情は身体や声や沈黙に現れてきます。
ですから、自分がありありと実感が強烈になくとも、信頼できるように、準備する必要があるのです。
ホームビデオ化とは、反対方向のズレです
2本目では、「自然にやればいい」と思っているのに、演技がホームビデオのように見えてしまう理由について書きました。
「自然にやればいい」の落とし穴|演技がホームビデオのように見えてしまう理由
https://kaorukuwata.com/acting-natural-home-video/
ホームビデオ化とは、実際の人間をただ写し取るだけになっている状態です。
時間が凝縮されていない。空間が選ばれていない。
視線や沈黙や身体の向きが、物語として再構成されていない。
仲間うちや家族なら伝わるかもしれないけれど、不特定多数の観客が初めて見た時に、何が起きているのか、何が変わったのかが届きにくい。
つまり、等身大すぎるのです。
一方で、感情を出そうと頑張る演技は、その反対方向にずれています。
普段の人間がやっていないような「気持ちを出す努力」を、演技だと思ってしまう。
想像上の感情を押し出そうとする。
理由や動機、因果関係、バックグラウンドを深く扱わないまま、自分の興奮や高揚感が相手にも満足感を与えるはずだと思ってしまう。
役の気持ちが伝わるはずだと、感情の強さに頼りすぎてしまう。
この二つは、方向は違います。
でも、どちらも物語から離れてしまう点では同じです。
ホームビデオ化は、構成されていない。
感情信仰は、押し出しすぎている。
どちらも、役の人物として何を見て、何を受け取り、何を変えようとしているのかが薄くなります。
そして、不特定多数の他人に、なかなか働きかける力は弱くなってしまうのです。
等身大すぎても届かない。押し出しすぎても届かない
演技には、現実の人間の仕組みが必要です。
身体。
呼吸。
声。
思考。
反応。
想像。
相手とのコミュニケーション。
これらは、人間の自然な仕組みに基づいています。
けれど、作品の中の演技は、ただ現実の人間をそのまま置いておけば成立するわけではありません。
時間が選ばれ、空間が選ばれ、関係性が整理され、何が変わったのかが見えるように再構成されています。
だから、等身大すぎるだけでは届きにくい。
一方で、感情を押し出しすぎても届きません。
その人物の理由、相手、目的、状況から離れて、俳優本人の興奮や高揚感だけが前に出てしまうと、観客は役の人物ではなく「感情を出そうとしている俳優」を見てしまいます。
等身大すぎても届かない。
押し出しすぎても届かない。
その間に必要なのが、台本を読む力と、相手に向かって行動する準備です。
演技の詳しい仕組みについては、私の少人数制のクラスや個人レッスンの中でも具体的に解説しております。
感情は、理由・動機・関係性の中で出てしまう
感情を扱う時に大切なのは、「どうやって感情を出すか」だけではありません。
なぜ出てしまうのか。
なぜ隠せなくなるのか。
なぜその相手の前で揺れるのか。
なぜ今まで保っていたものが崩れるのか。
なぜその言葉で身体が反応するのか。
この因果関係を見る必要があります。
理由も動機も関係性も薄いまま、感情だけを押し出そうとすると、観客には「俳優が頑張って感情を出している」ように見えます。
でも、役の人物として切実な理由が見えていると、感情は押し出さなくても、身体や声や沈黙に現れてきます。
それは、感情を大きく見せることとは違います。
役の人物として、その場にいられなくなる。
言わずにいられなくなる。
黙っていられなくなる。
隠しきれなくなる。
その結果として、感情が出てしまう。
ここに向かう方が、演技としてはずっと強いです。
実際の人間がやっていることを観察し、役の人物に向かっている時、自分が、奇妙な固め方をしていないか、ちょっとチェックしたいですね。
その涙は、誰に向かっているのか
泣けること自体は、悪いことではありません。
でも、その涙が誰に向かっているのかは大切です。
相手に見せたい涙なのか。
見せたくないのに漏れてしまった涙なのか。
相手を動かすための涙なのか。
相手に知られたくない涙なのか。
自分でも気づかないうちに出てしまった涙なのか。
それによって、演技は変わります。
時々、気持ちよく発散して泣いてらっしゃる方がいらっしゃいますが、そのストレス成分のようなものは、どこから来たんでしょうか。
特に疲れていたり、負担が続いていると、涙は誰でも出やすくなります。
また、何らかのバランスを崩されていると、そのように居続けてしまうことも。
これは演技が上手くなったのではない可能性もあるので要注意です。
怒りも同じです。
怒っているように見せたいのか。怒りを隠したいのか。
怒っていることに自分で気づいていないのか。
相手に怒りをぶつけたいのか。
相手を止めたいのか。相手に認めさせたいのか。
感情の名前だけでは、演技は決まりません。
その感情が、誰に向かい、何を変えようとしているのか。
そこが見えてきた時、感情は行動につながります。
行動は具体的な名前がついていて、動きですから、見えますし、聞こえますし、繰り返すことができます。
映像でも舞台でも使える、実際の演技の基礎トレーニング(初歩ではない)では、行動が目的に向かうという考えで、いくつかのエクササイズやアプローチを私のクラスでも、実践しております。
クラスで扱うのは、感情を出す練習ではありません
6月27日土曜のオンライン準備クラス、6月28日日曜のスタジオ演技実践クラスでは、「自分ごとで読む」「自分ごとでしゃべる」をテーマに扱います。
これは、感情を大きく出す練習ではありません。
台本を読んだ時に、感情へ飛ぶ前に、まず何が起きているのかを見る。
その人物として、誰に向かっているのかを整理する。
何を変えようとしているのかを見つける。
なぜその言葉を使う必要があるのかを扱う。
そして、声に出した時に、相手や状況に向かう言葉として試していきます。
そうすると、セリフに気持ちを載せようとするのではなく、相手に何を起こすための言葉なのかを扱いやすくなります。
泣けるかどうか、怒れるかどうかだけに振り回されず、場面の中で何が変わったのかを見やすくなります。
感情が動いた時にも、相手とのやり取りから離れず、その変化を使いやすくなります。
詳細はこちらの記事でご案内しています。
6月27日・28日開催|セリフが自分の言葉にならない理由と演技クラス
6月27日・28日開催|セリフが自分の言葉にならない理由と演技クラス
6月27日土曜
19:00〜22:00
オンライン準備クラス
参加費 9,000円
6月28日日曜
13:00〜17:30
スタジオ演技実践クラス
世田谷区内スタジオ
両日参加 19,800円
スタジオ演技実践クラスは、6月27日のオンライン準備クラスに参加された方のみご参加いただけます。
オンライン部分のみの参加も可能です。
スタジオの詳細は、お申し込み時にご案内します。
感情に飛ぶ前に、台本の条件を見る
台本を読んだ時に、すぐに感情へ飛んでしまうことがあります。
ここは悲しい。こんな表情で。
ここは怒っている。ここは苦しいはず。
ここは泣くところ。
そう決めると、一見、準備が進んでいるように感じます。
でも、その前に見るべきことがあります。
いつの話なのか。
どこで起きているのか。
誰に向かっているのか。何が起きたのか。
何を変えようとしているのか。
なぜ、その方法を選ぶのか。
感情は、この条件の中で動くものです。
条件を見ないまま感情だけを決めると、役の人物としての行動が曖昧になります。
その結果、声に出した時に、感情は強いのに、場面としては進まないことが起きます。
感情に飛ばず、まず事実を見る。
事実から、役の人物の必要性を見る。
必要性から、相手への行動を見る。
その順番が、演技を支えます。
自分ごととは、自分の感情をそのまま出すことではありません
「自分ごとで演じる」というと、自分の実体験や自分の感情をそのまま使うことだと思われることがあります。
でも、それだけではありません。
自分ごととは、役の人物として、その場の条件が自分の身体と声に関係してくることです。
相手の言葉が、自分に影響する。
その場所が、自分にとって意味を持つ。
その出来事が、自分の選択を変える。
その沈黙が、自分を追い込む。
そのセリフを言わなければならない必要が、自分の中に起きる。
こうなると、感情を無理に出そうとしなくても、身体と声に変化が出やすくなります。
「自分の感情を出す」ことと、「役の人物として自分ごとになる」ことは違います。
ここを混同すると、演技が俳優本人の感情発表になってしまうことがあります。
感情を扱える俳優は、感情に振り回されません
感情を扱える俳優は、感情を出せる俳優というだけではありません。
感情が動いても、相手を見続けられる。
感情が強くなっても、言葉の目的を失わない。
泣きそうになっても、相手に何をしたいのかが残っている。
怒りが出ても、ただ怒鳴るのではなく、相手をどう変えたいのかが見えている。
感情が変わっても、役の人物として場面に戻ってこられる。
そこが大切です。
感情が大きいことより、感情が動いた時に何をするのか。
その方が、演技としては重要です。
感情に振り回されるのではなく、役の人物としてその感情を使えるようになる。
そのためには、感情そのものではなく、台本、相手、目的、状況、身体、声を一緒に扱う必要があります。
外側から固める、ホームビデオ化する、感情を押し出す
この3本の記事では、演技が止まりやすい三つの方向について書いてきました。
外側から固めると、セリフが説明っぽくなる。
何も構成しないと、ホームビデオのように見えてしまう。
感情を出そうとしすぎると、実際の人間から離れてしまう。
方向は違います。
でも、共通していることがあります。
相手とのやり取りから離れてしまうことです。
外側から固めると、相手より形を守る。
ホームビデオ化すると、相手や観客に届く構成が足りなくなる。
感情を押し出すと、相手より自分の感情を守る。
どれも、本人は真面目にやっていることが多いです。
だからこそ、もったいないのです。
本当に必要なのは、外側から固めることでも、何もしないことでも、感情を大きくすることでもありません。
役の人物として、相手に向かい、何かを変えようとすることです。
個人レッスンで扱えること
個人レッスンでは、今の課題に合わせて、さらに細かく扱うことができます。
感情を出そうとすると、身体や声が固まる。
泣く、怒る、苦しむなどの場面で、自分の感情に入り込みすぎる。
セリフは入っているのに、相手に向かっていない感じがある。
現場やオーディション前に、台本の準備を具体的に見直したい。
自分では一生懸命やっているのに、なぜか説明っぽい、重い、空回りしていると言われる。
こうした課題は、一人で考えていると、同じ跡をなぞりやすくなります。
個人レッスンでは、台本、役の人物、身体、声、相手とのやり取りを見ながら、どこで止まりやすいのか、どこに力が入りすぎるのか、どの順番で準備し直すと動きやすくなるのかを扱います。
現場前、オーディション前、動画提出前にも、必要な整理があります。
一人で抱え込まず、声に出して試せる形まで一緒に整えていきます。
個人レッスン専用フォーム
https://forms.gle/Na4Pe383GkxnJaqQ6
よくあるご質問
感情を出すことは悪いのですか
悪くありません。
ただし、感情を出すことが目的になると、相手とのやり取りや役の人物の目的から離れてしまうことがあります。
大切なのは、感情を大きくすることではなく、その人物として今その場で何をしているのかです。
泣けないと、演技として弱いのでしょうか
泣けるかどうかだけで、演技の強さは決まりません。
場面の中で何が変わったのか、相手に何を起こそうとしているのか、言葉や沈黙がどのように働いているのかを見る必要があります。
涙は結果として起きることがありますが、涙を出すことそのものを目的にすると、演技が狭くなることがあります。
感情を込めることと、セリフを行動にすることは何が違いますか
感情を込めようとすると、意識が自分の中に向きやすくなります。
一方で、セリフを行動として扱うと、その言葉で相手に何を起こそうとしているのかが見えやすくなります。
セリフは、気持ちを載せる器ではなく、役の人物が相手に働きかける方法の一つです。
感情が強く動いた時、どうすれば相手と離れずにいられますか
台本を読む段階で、感情だけでなく、相手、目的、状況、何が変わったのかを整理しておくことが大切です。
戻る場所があると、感情が動いても、役の人物として相手に向かいやすくなります。
この記事を書いた講師
鍬田かおる
演技コーチ、アレクサンダー・テクニーク教師。
指導歴20年+俳優、歌手、ミュージカル俳優、声優、映像や舞台で活動する方に向けて、台本読解、演技実践、身体と声、相手とのやり取りを扱うレッスンを行っています。
また、インティマシー・コーディネーター(ディレクター)として、映像や舞台における親密な場面、身体的な距離、同意、境界線を含む演出の相談にも対応しています。
演技を、気持ちだけでどうにかするのではなく、台本、身体、声、相手、状況を具体的に扱えるものとして整理することを大切にしています。
詳しいプロフィールはHPをご覧ください。
クラス案内・個人レッスン・講師依頼について
演技クラス、個人レッスン、教育機関・芸能事務所・映画スクール等での講師依頼については、下のお問い合わせフォームよりご連絡ください。
現場の準備、台本読解、演技実践、身体と声、歌手やダンサーの方のためのアレクサンダー・テクニーク、また映像や舞台の現場では、インティマシー・コーディネーター(ディレクター)としての映像や舞台の現場相談など、目的に応じてご相談いただけます。
事務所・マネージャーの方で、
「所属俳優にレッスンを受けさせたい」
「講師として招聘を検討したい」
といったご相談も歓迎しています。
オンラインでのヒアリングも可能です。
個人レッスンをご希望の方は、個人レッスン専用フォームからもご相談いただけます。
個人レッスン専用フォーム
https://forms.gle/Na4Pe383GkxnJaqQ6
関連記事
セリフが説明っぽくなる理由|自分ごとで演じる俳優と、外側から固める俳優の違い
https://kaorukuwata.com/acting-lines-sound-explanatory/
「自然にやればいい」の落とし穴|演技がホームビデオのように見えてしまう理由
https://kaorukuwata.com/acting-natural-home-video/
6月27日・28日開催|セリフが自分の言葉にならない理由と演技クラス
https://kaorukuwata.com/acting-class-own-words-script-20260627-28/
感情を出そうとするほど、演技が止まる理由
https://kaorukuwata.com/emotion-control-acting/

演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching


