もうセリフは言わない、私たちはしゃべります。
台本をちゃんと読んで、セリフも覚えた。
人物についても、考えた、必要な調べ物もした…
それなのに、立って演じようとすると、何も出てこない。
実は、そりゃそうなんです。
「読んだつもりなんだけど、浅いって言われる」
「読んだつもりなんだけど、ちょっと違うってずっと言われる」
そして一番困るのが、
「何がちょっと違うのか分からない」
という状態ではないでしょうか。
私もその昔、事務所のレッスンでも、俳優の先生の演技教室でも、大学でも、「もっと台本を読んで」とずっと言われていました。
あらすじは分かっているんです。
人物関係も整理した。
いつ、どこで、誰がいるのかも確認した。
役についても考えた。
それでも芝居になると、
「ここは、どういうふうに言ったらいいのかな」
「悲しい場面だから、こっちを向くべき?」
「怒っているから、強く言うタイプ?」
「ここは間を取って、と言われたな」
と、「演じ方」を作り始めてしまう。
こういう時、読む量が足りないとは限りません。
むしろ、真面目に台本を読んでいるはずの人にも起こります。
台本を読んだのに、なぜ演技になると何も出てこない?
「台本に書いてあることを拾えた」ことと、
「演じるために台本を読めた」ことは、同じではありません。
事実を書き出した。
あらすじも分かった。
人物の事情も並べた。
5W1Hも確認した。
でも、
それがこの人物にとって何を意味するのか。
だから今、この相手との間で何が起きているのか。
そこまでつながっていなければ、芝居になった瞬間に使えなくなることがあります。
状況も説明もできるのに、それでも、演じられない。
「分かった」と「演じられる」の間には、かなり大きな差があります。
「状況を把握すること」と「台本を読解すること」は違う
今だから、構造が分かり、はっきり書けますが、少し強い言い方をします。
状況の把握は読解ではありません。
もちろん、状況を把握することは必要です。
いつなのか、どこなのか。
誰がいるのか、直前に何が起きたのか。
人物同士にどんな関係があるのか。
こうしたことが分からなければ、作品の世界には入れません。
でも、
「あらすじが分かった」
「人物関係が分かった」
「この人はこういう状況にいる」
で止まったら、まだ演技にはつながっていません。
言ってしまえば、
「あらすじがわかったよ。あっそ。それは読解できていないのです。」
あらすじを理解することと、その世界の当事者として動けることは別だからです。
国語として台本を読めても、演じるために読めるとは限らない
文章の意味は問題なく分かる。国語としては読める。
でも、
国語は問題ないです。でも国語じゃないですよね。
演技では、その言葉が人物にとって何なのかまで必要になります。
例えば、台本に「冬」と書いてある。
意味は分かります。
でも、何月なのか。
クリスマスの前なのか。年が明ける直前なのか。
朝なのか、夕方なのか。その土地ではどんな冬なのか。
それによって、人物にとっての「冬」は変わります。
場所も同じです。
「家」と書いてある。だから家だと分かった。笑!
それだけでは、ただの「情報」です。
現実の世界でも、「家にきて」と言われても、具体的でなければ、たどり着くことはできません。
人が頻繁に出入りする場所なのか。
外からほとんど隔絶された場所なのか。
近所の目がどれくらいあるのか。
安心できるのか、逃げられない場所なのか。
場所についての情報を増やすこと自体が目的なのではありません。
その情報が、この人物に何を起こしているのか。
台本に書いてあることを拾うだけでは、人物は動き出さない
真面目な方ほど、年齢、職業を書く。想像しながら、家族関係を書く。
時代背景を調べる。国外であれば、その国に行ってみる。
ちょこちょこ生活を想像してみるということを一生懸命やっています。
それ自体は必要なことです。
ただし、すでに台本に書かれていることを、何度も整理しているだけになっている場合があります。
例えば、
「支配的な夫」「夫に従っている妻」
と人物を外向けに説明することはできます。
でも、それは外側から貼ったラベルかもしれません。
「この人物は支配的です」
と説明できることと、その人物として相手に何かをしていることは違います。
人物について知っていることが増えても、それだけでは人物は動き始めません。
観客として物語を理解することと、役の人物として演じることは違う
台本を読んでいる時、ともすると私たちは簡単に観客側へ戻ってしまいます。
この人はかわいそう。この場面は悲しい。この二人は愛し合っている。
物語を見る側としては、それでイメージも湧いてきます。
でも俳優は、その世界の中にいる当事者です。
その瞬間、誰に向かっているのか。
何を変えたいのか。何を起こそうとしているのか。
観客として作品を説明できても、それだけでは人物として動けないのです。
動いていないから、違いが見えない。
変化していないから、違いが聞こえない。そして「伝わらない」のです。
演技が浅い原因は「感情不足」ではなく「必然性不足」かもしれない
演技が浅いと言われると、
「もっと気持ちを入れよう」
「もっと悲しくならなければ」
「もっと怒りを出さなければ」
と、感情を強くしようとか、量を増やそうとする人がいます。
でも、演技が浅く見える原因は、必然性不足であることもあります。
なぜ今、なぜ、この相手なのか。
なぜ黙っていられないのか。
そこが人物の中で具体的になっていなければ、
悲しそうに言うとか怒った風な声を出す。意味ありげに間を取る。
という「演じ方」がみえてきます。
逆に、その瞬間に言葉を使う必然性が強くなると、
「どういうふうに言おう」
だけを一生懸命考えなくてもよくなります。
「どんなふうに演じるか」を先に決めると、なぜ嘘っぽくなるのか
「ここはこういう感じ」
「この人物はこういうタイプ」
「このシーンはこう演じよう」
と決めてしまう。
すると、本人としては準備をしているつもりなのに、
白々しい、なんだか臭い。嘘っぽい瞬間が気になる…場合によっては、ちょっと大げさ。
ということが起きます。
まだ分かっていない段階で「どんなふうに」を決めてしまうと、その後に台本から拾えるはずだったものまで、自分で決めた演じ方に合わせて読み始めることがあるからです。
台本を読む目的は、
最初に思いついた演技プランを正当化することではありません。
セリフを入れても、しゃべる理由がなければ芝居にならない
「セリフは入っているのに、実は動く理由が納得できていない。
言葉はすらすら出てくるのに、そのしゃべる理由がわからない。
だから、手ごたえが気になる」
これも珍しいことではありません。
でも、入れたセリフを巧みに出せることと、その人物として、その言葉を言う必要があることは別です。
もうセリフは言わない、私たちはしゃべります。
役の人物は、「セリフ」を言うためにそこにいるわけではありません。
その人に言いたい。伝えたい。何かを変えたい。
だから、しゃべる。何かがあるから、しゃべる。
その結果として、台本に書かれている言葉が必要になります。
もし今、
「台本は読んだのに、いざ演技になると何をしたらいいのか分からなくなる」
「セリフは入っているのに、しゃべる理由が曖昧かも」
という感覚がある方は、9月20日のオンライン「演じるための台本読解」で扱います。
9月20日「演じるための台本読解」詳細・お申し込み
前のシーンが終わるたびに、人物の関係をリセットしていないか
一つひとつのシーンは読めている。
でも作品全体では人物が積み重ならない。
これも、読解と演技が切れている時に起きます。
例えば、相手と一番最後に話したときに、何が争点だったか。
最後にここに来た時は、自分はどこへ向かっていたか。
その影響が次の場面に残っていなければ、毎回ゼロから人物が始まります。
すると、
そのシーンだけを見れば間違ってはいない。
でも進んでいない。
結局、どのシーンも、セリフや所作、導線は違うのに、なんだか似てくる。
つまり、台本は、別々の場面を並べたものではないからです。
「台本を読めた」と「演じられる」の間には何がある?
過去のクラス参加者の方から、
「読解は何に焦点を当てるか、から難しい」
という声をいただいたことがあります。
また、
「一人で読んでいたら考えようとしないと思います」
「自分では『まあいいか』の習慣があると再認識しました」
という感想もありました。
「なんとなくどの役も似た感じになってしまうことで悩んでいる方、もっと深く役と作品を理解したい方におすすめ」
と紹介してくださった方もいます。
これは初心者だけの問題ではありません。
一通り演技を学んできた。現場経験もある。
そういう方ほど、
自分がどこで「分かった」にしてしまったのかが見えにくいことがあります。
実際の参加者が台本読解で何を感じ、どんなところでつまずいたのかは、こちらの記事でもご紹介しています。
演じるために台本を読めると、何が変わる?
演じるための読解が進むと、
どこを整理したら人物や場面が膨らむのかが見えやすくなります。
一人で同じところをぐるぐる考え続ける時間が減ります。
「どういうふうに言うか」だけを考えなくてよくなります。
台本から拾ったものが、声や身体、空間、相手とのやり取りへつながりやすくなります。
そして、短いシーンだけを渡されるオーディションや、準備時間が限られた現場でも、
自分は今、何を見る必要があるのか。
その入口を増やすことができます。
私の演技指導では、
台本から人物。
身体からの声。
相手と空間。
想像力…このように書くと当たり前ですが、別々に扱っていません。
すべて最終的には、演じるためにつながるものだからです。
ただし、具体的に何をどの順番で見ると、今回の作品で効果があるのか。
どの情報を優先するのか。それはなぜなのか。
あなたの役だと、どこで人物の目的を絞るのか。
この作品の場合、どの問いを立てるのか。
いつ身体や声、相手とのやり取りへつなぐのか。
そこは台本や俳優本人の状態によって変わります。
その具体的な部分は、実際の少人数のクラスや個人レッスンで扱っています。
よくある質問|俳優の台本読解について
Q.台本読解とは、5W1Hや人物設定を整理することですか?
必要な要素の一部ではありますが、それだけではありません。
情報を整理できても、それが役の人物にとって何を意味し、相手との間で何が起きるのかにつながっていなければ、演技になった時に使えないことがあります。
またよくある間違いも、この整理の仕方に由来しています。実際のクラスや個人レッスンで通年で切り口を変えながら、また異なる題材を使って、ひも解いています。
Q.台本を何度も読めば、演技は深くなりますか?
読む回数だけでは決まりません。同じ見方で何度読んでも、すでに気づいている情報を何度も確認しているだけになる場合があります。また思い込みが強化されることも。
「何を読むのか」「どこを見るのか」が変わることで、初めて見えてくるものがあります。
複数の視点を持つこと、異なる切り口を与えられることが、深めるために役立ちます。
Q.台本は読めているのに、どの役も似てしまうのはなぜですか?
人物をラベルや感情で早く決めたり、「どう演じるか」を先に作ったりすると、自分のいつもの選択へ戻りやすくなります。
特に、現代の、生き生きとした、当事者として行動する演技では、台本から立ち上げた人物、相手、身体、声へどうつながっているのかを「具現化」して、かつ「個人化」する必要があります。
この実際のプロセスは、少人数制のクラスや個人レッスンでも一人ひとりに合わせて行っています。
9月20日|オンライン「演じるための台本読解」
2026年9月20日(日)18:30〜22:00
オンラインで「演じるための台本読解」を行います。
参加費:10,000円
今回扱う中心テーマは、
役の目的を、台本の言葉から具体化すること。
「もっと台本から拾えるものを増やしたい」
「読んだつもりなのに、演技になると浅くなる理由が分からない」
「一人で同じところをぐるぐる考え続けたくない」
「現場やオーディションで、限られた準備時間でも自分で考えられる入口を増やしたい」
という方に向いています。
詳細・お申し込みはこちらです。
2026年9月 演技クラス|9月20日「演じるための台本読解」詳細・お申し込み
9月21日|読んだことを少人数制スタジオで実際に試す
9月21日(月・祝)13:00〜15:45には、少人数制スタジオ実践を行います。
こちらは9月20日のオンライン台本読解受講者が対象です。
20日に読んだことが、実際に立った時にも使えるのか。
相手役から予想していなかったものが返ってきても残るのか。
声や身体、空間の中では何が変わって、シーンを面白くできるのか。
「分かった」で終わらず、実際の芝居まで試したい方は、9月20日+21日の参加をご検討ください。
9月の日程が合わない方へ
9月の日程が合わない方で、今後の台本読解クラスをご希望の場合は、
「10月以降の台本読解クラス案内希望」
と添えてお問い合わせください。
また、
オーディションや撮影・舞台本番が近い。
今扱っている台本について個別に整理したい。
自分の演技で実際にどこが止まっているのか確認したい。
という場合は、個人レッスンでも台本読解から実際の演技まで扱っています。
台本を読んで、考えて、覚えて終わるのではなく、
その言葉が本当に必要になるところまで。
もうセリフは言わない、私たちはしゃべります。
演技や歌をブラッシュアップしたい方へ
俳優の方、歌手の方で、
- もっと感覚を磨きたい
- 身体から演技や歌を見直したい
- 現在持っている力をさらにブラッシュアップしたい
- 役や作品が変わっても、自分の選択肢を増やしていきたい
- 舞台、映像、ミュージカル、歌など、ジャンルを超えて活躍を続けたい
- 身体、声、台本読解のどこから見直す必要があるのか整理したい
という方からのお問い合わせを歓迎しています。
個人レッスンでは、決まったメソッドを一律に進めるのではなく、ご本人の現在地、仕事、目的に合わせて、必要な課題を見ています。
演技、歌唱、身体や声の使い方、台本、オーディションや本番に向けた準備など、具体的な課題を持ち込んでいただくこともできます。
新しい知識を増やすだけではなく、自分の中に実際に使える感覚と選択肢を増やし、これからも更新し続けたい方へ。
個人レッスンをご希望の方は、現在の演技経験、今気になっている課題、今後の活動予定などを添えてお問い合わせください。
自分は、これまで何をできるようになったのか。
そして、
次の現場で、何を自分で判断し、受け取り、変えられるようになりたいのか。
そこから一緒に見ていきます。
現在取り組んでいる台本、出演予定の作品、オーディション、動画提出、撮影や舞台稽古など、今ある具体的な課題を個別に扱いたい方には、個人レッスンがあります。
時間を自分の課題に集中して使えるため、
「台本を読んでいるのに、演技につながらない」
「同じ注意を繰り返し受けている」
「一人になると、何を準備すればいいのか分からない」
「現場やオーディションの前に、一度整理しておきたい」
という場合にも利用していただけます。
初回は、現在の活動や困っていることを確認し、台本読解、身体と声、相手とのやり取りなども含めて、今どこで止まっているのかを見ていきます。
芸能事務所・教育機関・制作関係者の方へ
所属俳優への演技指導、モデルから俳優へ活動を広げる方のサポート、芸能事務所や映画スクール、学校等でのクラス開催、講師招聘も承っています。
地方・海外でのワークショップや出張レッスン、団体向けのクラス開催についてもご相談ください。
公式LINEについて
次回のクラス情報や募集のお知らせを早めに受け取りたい方は、公式LINEもご利用いただけます。
こちらから最初のトークを開始することができませんので、登録後に一言メッセージ、またはスタンプをお送りください。
安全な学びの場づくりについて
当クラスでは、俳優同士がその場の流れや即興判断で、急に身体接触を行うことを禁じています。
身体的接触を含む可能性のある場面は、台本上の必要性、目的、手順、同意、境界線を事前に確認した上で扱います。
安全とハラスメント防止に関する詳細は、以下の固定ページをご確認ください。
この記事を書いた講師
鍬田かおる
演技コーチ/STAT認定アレクサンダー・テクニーク教師/IDC認定インティマシー・コーディネーター(ディレクター)。
英国Goldsmiths, University of Londonで演劇・舞台芸術を学び、Royal Central School of Speech and Drama大学院を修了。
20年以上にわたり、俳優、声優、歌手、ダンサーなどの実演家を対象に、演技指導、身体と声、台本読解、人物理解、相手とのやり取り、オーディションや現場前の準備を指導しています。
新国立劇場演劇研修所の創設期からムーヴメント、アレクサンダー・テクニークの指導に携わり、演劇研修所・オペラ研修所をはじめ、バイリンガルの映画スクール、各種教育機関、芸能事務所、舞台・映像の現場でも指導を行ってきました。
2006年頃から、専門であるラバンやアニマルスタディーを俳優のトレーニングに取り入れ、身体だけで終わらせず、モノローグ、シーン、台本読解、人物、声へとつなぐ指導を続けています。
現在も、特定のメソッドを一律に当てはめるのではなく、その方に今何が必要なのかを見極め、身体、声、台本、人物、相手との関係を一続きとして進めることを大切にしています。
目指しているのは、先生がいなければできない状態ではなく、俳優や歌手自身が現場で受け取り、判断し、選び直し、更新し続けられることです。
他にもこのような記事を共有しています。

演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching



