役の設定、「ちょこちょこ」足していませんか?
台本を受け取って、人物の過去を考える。職業や生活習慣を調べる。どんな服を着て、何が好きで、どんな経験をしてきたのか。
ノートに書き込んだり、資料を集めたり、役のイメージを膨らませたり。
役作りのために、できる限り準備しておきたい。その気持ちはよく分かります。
ところが、準備にはかなり時間をかけたのに、いざ稽古や撮影で演じようとすると、思うように動けない。
相手とのやり取りが生まれない。考えた設定はたくさんあるのに、それが実際のセリフや行動につながらない。
そんな経験はないでしょうか。
私自身、このように周りから攻めていくような取り組みをしていた時代があったような気がしています。
ここで一度、考えてみたいことがあります。
自分が良かれと思って最初に集めているものは、本当に今、優先して取り組むべきものなのでしょうか。
小さい石を先に入れると、大きい石が入らなくなる

「大きな石と小さな石」のたとえを、どこかで見聞きしたことがある方もいらっしゃるでしょう。
容器に小さな石を先に入れてしまうと、後から大きな石を入れる場所がなくなる。一方、大きな石を先に入れれば、その隙間に小さな石を入れることができます。
大切なことを先に、という優先順位の話です。
ところが、これを役作りに置き換えてみると、もう少し厄介です。
自分が一生懸命集めているものを、小石だとは思っていないかもしれません。むしろ、役のために必要な準備だと思って、真っ先に取り組んでいることもあるでしょう。
調べたこと、考えたこと、書き留めたこと。その一つひとつが無駄だとは限りません。細かな設定が役を豊かにすることもあります。
ただ、準備の量と、準備の質は別です。
気づかないうちに小石を集め、先に容器へ入れてしまう。準備を進めるほど中身はいっぱいになるのに、後から大きな石を入れようとしても、もう入らない。
役の準備でも、似たことが起こります。
役作りでも、周りから攻めているうちに時間切れになる
役の準備を始めるとき、取り組みやすいことから手をつけたくなるのは自然なことです。
調べれば分かること、考えれば設定を増やせること、ノートに書けば目に見えて積み上がること。こうした行き来には、準備が進んでいるという実感があります。
その一方で、作品やシーンの核心に関わる問題は、簡単に答えが出るとは限りません。台本に何度も戻る必要があったり、仮説を立てて実際に演じてみなければ分からなかったりします。
難しいことほど後回しになりやすい。
気づけば細かな設定が増え、準備に使える時間は減っている。
いよいよ稽古が始まってから、もっと根本的なことに向き合う必要があると気づく場合もあります。
周りから攻めているうちに時間切れになる。
だから、最初から本丸を狙う。
ただし、ここにはもう一つ、見落としたくない問題があります。
それは、自分では「大きな石」だと思って最初に入れたものが、本当にそこに置くべきものなのかということです。
第一印象、思い込み、ステレオタイプ…
台本に十分な根拠がないまま決めた人物像や、作品全体とのつながりが曖昧な解釈を、役作りの中心に据えてしまうことがあります。
例えば、登場人物を最初から「冷たい」「弱い」「支配的」などと決めつけてしまったら、どうなるでしょう。
その後に読むセリフや行動まで、最初の印象に合わせて解釈し始めるかもしれません。別の可能性が台本に示されていても、見落としたり、自分の設定に合うように説明したりすることがあります。
しかも、大きな石だからこそ、容器の中で占める場所も大きい。
その前提に合わせて細かな設定を増やし、セリフの言い方や動きまで決めていけば、準備全体が最初の思い込みを補強する方向へ進んでしまいます。
稽古で相手から思いがけないものを受け取っても、演出によって新たな可能性が見えても、すでに決めたことが邪魔をして、なかなか変えられない。
一生懸命準備したことが、後から自分自身を苦しくしてしまう場合もあるのです。
小石を先に入れてしまうこと。そして、根拠の乏しい大きな石で容器を埋めてしまうこと。
どちらも、準備をしている本人には気づきにくい問題です。
最初から本丸を狙う
では、何を大きな石として、何から準備すればよいのでしょうか。
ここで、誰にでも当てはまる「大きな石の正解リスト」を作ることには慎重でありたいと思います。
作品が違えば、役も違います。同じ作品であっても、シーンによって向き合うべき問題は変わりますし、俳優が今どこでつまずいているのかによっても、優先順位は変わります。
さらに、重要そうに見えることが、台本や作品全体に照らして本当に妥当なのかも確かめる必要があります。
だから私は、役作りにおいて、何を準備するかと同じくらい、何を先に準備するか、何を根拠に重要だと判断するかを大切にしています。
これは、最初から唯一の正解を決めて動かなくなる、という意味ではありません。
むしろ、核心に関わる問題を避けずに向き合い、仮説を持って試し、必要なら見直す。
長年、俳優の演技を指導してきて感じるのは、知識や方法を増やすこと以上に、今の自分に何が必要なのかを見極める力が重要だということです。
私のクラスでも、俳優それぞれが今、何を重要だと捉えているのか、実際にはどこで引っかかっているのかを見ながら、必要に応じて個別にコーチングしています。
何を使うかだけでなく、何を使わないかを判断する。
せっかく集めた設定でも、今は使わない方がよいことがあります。最初に抱いた印象を手放したことで、人物やシーンの新しい可能性が見えてくることもあります。
全体を捉えているから、部分を教えられる。
私自身も、個々のセリフや動きだけを切り離して見るのではなく、その俳優が何を捉え、何を前提に準備し、実際の演技で何が起きているのかを大切にしています。
台本を読み込んだつもりでも、演じる段階で何かが噛み合わないと感じている方は、以前の記事「台本を読んでも芝居にならない理由|俳優のための「演じる」台本読解」も、あわせて読んでみてください。
分かったつもりで終わらず、演じられるところまで
ここまで読んで、「準備の順番を見直してみよう」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
ただ、頭で理解したことを、限られた時間の中で自分自身が判断し、実際の演技に使えるようになるには、体験とトレーニングが必要です。
私がオンラインで「演じるための台本読解」のクラスを行っているのも、台本について知識を増やすだけで終わらず、読解が演じることにつながる過程を体験していただきたいからです。
さらに身体や動き、感覚を通して理解を深めたい方には、少人数制の実践クラスを行っています。
実際に試す機会を増やし、相手とのやり取りの中で感じ、しゃべり、動く経験を重ねていくための場です。
具体的な作品や役、オーディションなど、ご自身の課題に合わせて集中的に取り組みたい方には、個人レッスンもあります。
私が目指しているのは、クラスの中で一度できたことを、その場限りにしないことです。
別の作品に取り組むときも、異なる演出家や共演者と仕事をするときも、限られた準備時間の中で、自分で考え、判断し、試せるようになっていただきたい。
そのためにも、準備の段階で何を大切にするかは、演技そのものと深く関わっています。
準備が変わるから、役が変わる。演技が変わる。だから、シーンが動く。
次に台本を開くとき、少し考えてみてください。
あなたの役作りは、何から始まっていますか。
そして、最初に入れようとしているその石は、本当に大きな石でしょうか。
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著者プロフィール|鍬田かおる
演技コーチ。20年以上にわたり、俳優の演技指導に携わる。
英国ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ(Goldsmiths, University of London)で演劇の学士号、英国ロイヤル・セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマ(The Royal Central School of Speech and Drama)で修士号を取得。演技、演出、ラバン、教育学などを学ぶ。
俳優養成所、大学、映画スクールなど、さまざまな教育現場での指導経験を重ね、現在は台本読解、役作り、身体や感覚を用いた実践を通して、俳優が自ら考え、判断し、演じられる力を育てるためのクラスや個人レッスンを行っている。
詳しい経歴・指導実績は、鍬田かおるの公式プロフィールをご覧ください。
舞台・映像作品におけるインティマシーの専門業務については、インティマシー専門サイトでご案内しています。

演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching


