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監督や演出家の指示を受けても演技が変わらない理由|言葉を翻訳できていますか

監督や演出家の指示を受けても演技が変わらない俳優に向けて、言われた通りにやっているのに演技が浅く見える理由を解説するブログ記事のアイキャッチ画像

演出家や監督は、「こう見えて欲しい」「こういうイメージにしたい」「このシーンはこういうつもりだから」と仕上がった上での、結果を言うことがあります。

ですから、ただそれを一緒に願うのではなく

俳優は、具体的に、そうなるであろう原因を掘る必要があります。

「もっと切なく」

「もっと怒って」

「もっと自然に」

「もっと相手を好きに見せて」

こうした言葉を受け取ったとき、俳優が準備するのは、ただ切ないを作ることでも、短絡的に、ただ自分の思う怒った声出すことでも、なんとなく、自分が普段目に触れていると言う意味での自然そうな雰囲気でもありません。

なぜ、その切なさが必要になるのか。

何を守ろうとして、怒りが生まれるのか。

何が不自然に見えたのか。

相手に何をしたいのか。

その言葉が、いつ、どこで、何を見て言われたのか。

そこを掘らないまま指示を再現しようとすると、演技は外側の調整で止まってしまいます。

「自分らしさを出したい」

俳優にとって、それは大切な願いかもしれません。

けれど、現場や稽古場でまず求められるのは、自分らしさを押し出すことではありません。

監督や演出家の言葉を受け取り、作品の中で必要な形に調整できることです。

つまり、調節するスキルです。

映像の現場やリハーサルでは監督から。

舞台の稽古場やリハーサルでは演出家から。

俳優は、さまざまな言葉を受け取ります。

こうした指示を、きちんと聞いている。

メモもしている。

言われた通りに直そうとしている。

それでも、演技が深まらないことがあります。

その理由は、指示を軽く見ているからではありません。

むしろ、言われた言葉をそのまま再現しようとしているからです。

演技の指示やダメ出しの受け取り方に迷う俳優ほど、言葉をそのまま実行しようとして、かえって演技が浅く見えることがあります。

監督や演出家の指示は、俳優の演技を縛るためのものではありません。

ただし、その言葉をそのまま外側に貼り付けても、演技にはなりません。

結果を説明されたからといってわかった気にならず、そのような声や言葉が出る理由、そのような表情や相手との距離になってしまう原因を、掘っていきませんか。

つまり俳優に必要なのは、ただ指示を守ることだけではありません。

その言葉が、いつ、どこで、何を見て言われたのかを読み解き、役の人物の目的、相手への働きかけ、身体、声、動きへ変換することです。

今回から、「現場の言葉を、演技の準備に変える」シリーズとして、監督や演出家から受け取る言葉を、俳優がどう稽古や準備に変えていくかを扱っていきます。

 

自分らしさより先に、作品の中で調整できること

俳優にとって、自分らしさや個性は大切です。

ただし、それは作品や相手役、監督や演出家の意図と切り離して出すものではありません。

現場や稽古場では、自分の解釈を持つことと同じくらい、相手から受け取った言葉に応じて調整できることが求められます。

自分はこう演じたい。

自分はこう感じている。

自分としては、この役をこう捉えている。

もちろん、それらは準備として大切です。

けれど、作品は一人で成立するものではありません。

監督や演出家が見ているもの。

相手役との関係。

場面全体の流れ。

映像であれば画角や編集。

舞台であれば空間、客席、転換、リズム。

そうしたものの中で、自分の準備を調整できて初めて、演技は作品の中で機能します。

個性は、協働を無視して押し出すものではありません。

むしろ、作品の中で必要な方向へ調整できる俳優ほど、その俳優ならではの魅力も見えやすくなります。

また、「自分らしさ」なるものは、実際、役の人物を掘り下げるプロセスで、にじみ出ることが多いです。

様々なジャンルで多くの作品に取り組んでいても、共通してる部分があるはずです。

そこがおそらくその方の「自分らしさ」と他人は評価するでしょう。

監督や演出家の言葉は、完成形を示していることが多い

監督や演出家は、俳優に対してさまざまな言葉をかけます。

もっと切なく。

もっと怖がって。

もっと怒って。

もっと距離を縮めて。

ここで振り返って。

そこで泣いて。

もっと相手を好きに見せて。

こうした言葉は、決して間違った指示ではありません。

監督や演出家は、作品全体、画面、客席、場面の流れ、編集、観客に届く印象や連想してほしい結果を見ています。

そのため、俳優本人が内側で何を感じているかよりも、最終的にどう見えているか、どう届いているかを伝えることがあります。

つまり、「もっと切なく」は、俳優への感情指定というより、結果として切なさが見える状態を求めている言葉かもしれません。

「もっと怒って」は、怒りの表情を作れという意味ではなく、相手に対してもっと強く働きかける必要があるという指摘かもしれません。

つまり、言葉の意味を考える必要がある。

「そこで振り返って」は、単に首を回す指示ではなく、その瞬間に何かを受け取った、判断が変わった、相手との関係が動いたという意味を持たせたいのかもしれません。

俳優が見るべきなのは、言葉の表面だけではありません。

その指示によって、監督や演出家が何を成立させたいのかです。

同じ方向を向く必要があるのです。

演出家や監督は結果を言う。俳優は原因を掘る

演出家や監督は、結果としてどう見えてほしいかを言葉にすることがあります。

もっと切なく。

もっと相手を好きに見せて。

もっと自然に。

これらは、俳優がそのまま再現するための答えではありません。

むしろ、俳優が掘るべき問いの入口です。

なぜ、そこで切なさが必要になるのか。

なぜ、怒りが生まれるのか。

何を失いそうなのか。

何を守ろうとしているのか。

相手に何をしてほしいのか。

なぜ、その瞬間に振り返る必要があるのか。

演出家や監督が示した結果に対して、俳優はその原因を掘る。

ここが抜けると、演技は「言われたことをやっている」だけに見えます。

ただ意味を与える、そして質を伴わせることが要求される場面も多々あります。

逆に、原因を掘ることができると、同じ指示でも、役の人物の行動として立ち上がりやすくなります。

「もっと切なく」は、切ない表情を足すことではなく、相手に届かないかもしれない状況を掘ることかもしれません。

「もっと怒って」は、怒鳴ることではなく、相手を止めなければならない理由を掘ることかもしれません。

「もっと自然に」は、力を抜くことではなく、目的や相手への働きかけが見えなくなっている原因を掘ることかもしれません。

だから、俳優は指示をそのまま飲み込むのではなく、文脈の中で翻訳する必要があります。

この翻訳機能、備わってますか?

監督や演出家の言葉は、そのまま感情を強める合図ではない

監督や演出家から「もっと切なく」「もっと怒って」「もっと怖がって」と言われたとき、俳優はつい、その言葉をそのまま強く感じようとしてしまいます。

もっと怒りを強めよう。

もっと心配そうにしてみよう。

でも、それだけでは演技の準備としては足りません。

大切なのは、その言葉がどういう意味で使われたのかを考えることです。

いつ言われたのか。

どの場面で言われたのか。

何の直後に言われたのか。

相手役との関係のどこで言われたのか。

監督や演出家は、その瞬間に何が足りないと感じたのか。

作品全体の中で、何を成立させたかったのか。

こうした文脈を見ずに、言葉だけを受け取ると、俳優は感情の量を増やそうとしてしまいます。

けれど、「もっと切なく」は、悲しそうな表情を足してほしいという意味とは限りません。

相手に届かない苦しさが見えていない、という意味かもしれません。

「もっと怒って」は、怒鳴ってほしいという意味ではなく、相手を止めようとする力が弱い、という意味かもしれません。

「もっと怖がって」は、怖い顔をしてほしいのではなく、その場から逃げたいのに逃げられない状況が見えていない、という意味かもしれません。

つまり、監督や演出家の言葉は、そのまま感情を増やすための合図ではありません。

その言葉が、どの文脈で、何を見て、何を変えるために出てきたのか。

そこを読み解く必要があります。

俳優に必要なのは、言葉をそのまま飲み込むことではなく、翻訳することです。

監督や演出家の言葉を、役の人物の目的、相手への働きかけ、場面の変化、身体と声の使い方へ置き換える。

この翻訳ができるようになると、指示は単なる注意ではなく、演技を深める手がかりになります。

台本を読んだつもりでも、感情や雰囲気に寄りすぎてしまう場合は、こちらの記事も参考になると思います。

台本を読んでいるのに、演技の準備がブレる理由|参加者の声から見るオンライン台本読解クラス

言われた通りにやっているのに浅く見える理由

真面目な俳優ほど、言われたことをそのままやろうとします。

「もっと切なく」と言われたら、切ない顔をする。

「もっと怒って」と言われたら、声を荒げる。

「もっと距離を縮めて」と言われたら、相手に近づく。

「ここで振り返って」と言われたら、決められた場所で振り返る。

もちろん、まず試すことは大切です。

現場では、すぐに反応する力も必要です。

ただし、そのまま外側だけを変えてしまうと、演技は薄く見えます。

なぜなら、動きや表情や声だけが変わっていて、役の人物の目的や相手への働きかけが変わっていないからです。

たとえば、「もっと切なく」と言われたときに、俳優が切ない表情を作ったとします。

見た目は変わるかもしれません。

けれど、役の人物が何を失いそうなのか、相手に何をわかってほしいのか、なぜ今その言葉を言わざるを得ないのかが整理されていなければ、切なさは表面に貼り付いたものになります。

観客やカメラは、意外とそこを見ています。

顔が悲しそうかどうかではなく、その言葉や行動が必要になっているかどうかを受け取ります。

結果的に顔も悲しそうになっていく、小手先ではなく、中身と一緒に、変化へつながっていくのです。

俳優が準備するのは、結果ではなくプロセス

俳優の仕事は、「切なく見せること」ではありません。

「好きに見せること」でもありません。

「怖がって見せること」でもありません。

俳優が準備するべきなのは、その結果が生まれるまでのプロセスです。

ただ、そのように見えるためには、何をしたらいいかを理解している必要があります。

その上で、

どうしたら、そのセリフが必要になるのか。

なぜ、今その相手に言わなければならないのか。

何を手に入れたいのか。

何を避けたいのか。

相手に何をしてほしいのか。

その場で何が変わったから、その動きが起きるのか。

ここを整理しないまま、結果だけを作ろうとすると、演技は説明になります。

「私は切ないです」

「私は怒っています」

「私は怖がっています」

「私は相手を好きです」

そう見せようとしていること自体が、外側に出てしまいます。

それでは、本末転倒です。

演技として必要なのは、気持ちのラベルではありません。

役の人物が、相手に向かって何をしているかです。

 

「もっと切なく」と言われたとき、準備するのは切ない表情ではない

まず見るべきなのは、役の人物の立場です。

この相手は、私にとって誰なのか。

この場で失いたくないものは何か。

言わなければならないことは何か。

でも、言ってしまうと何が壊れるのか。

相手に何をわかってほしいのか。

相手がわかってくれなかったら、何が起きるのか。

ここを整理すると、「切なく見せる」ではなく、「相手に届かせたいけれど、届かないかもしれない」という行動とそのリスクが見えてきます。

すると、セリフの言い方も、呼吸も、身体の向きも、相手を見る目も変わってきます。

その結果として、必要とされた切なさが見えることがあります。

大切なのは、ただ直接的に自分の理解できる範囲での切なさを作ることではありません。

その作品の世界で、その役にとっての、切なさが必要になる状況を、役の人物の立場から準備することです。

ここをはき違えていると、違和感を感じたまま、ただなぞる、説明するだけになってしまいます。

「もっと怒って」と言われたとき、声を大きくするだけでは足りない

「もっと怒って」と言われると、声を強くしたり、表情を険しくしたりする俳優は少なくありません。

もちろん、場面によっては声の強さが必要なこともあります。

しかし、怒りを声量だけで処理してしまうと、演技は単調になります。

見るべきなのは、なぜ怒りが必要になるのかです。

相手が何をしたのか。

何を無視されたのか。

何を奪われたのか。

何を守ろうとしているのか。

相手を止めたいのか。

謝らせたいのか。

認めさせたいのか。

黙らせたいのか。

離れさせたいのか。

同じ「怒る」でも、目的が違えば演技は変わります。

あなたの思う「もっと怒る」と演出家や監督の意図した「もっと怒る」を重ね合わせて欲しいのです。

単純にわかりやすい形で、声を荒げることが目的ではありません。

役の人物が、相手に何を起こそうとしているのか。

そこが変わると、怒り方も変わります。

現場で必要なのは、怒りの量を増やすことではなく、怒りが向かう先を明確にすることです。

結果的に、声が大きくなること、距離が近づくこと、口が大き書くこともあるかもしれません。

 

動きも、言われた場所で動くだけでは成立しない

演出で、「ここで振り返って」「ここで立って」「ここで近づいて」と言われることがあります。

このときも、俳優は動きだけを覚えると浅くなります。

もちろん、決められた動きを守ることは大切です。

舞台でも映像でも、立ち位置、画角、照明、相手役との距離、カメラの都合があります。

問題は、動きそのものではありません。

その動きが、役の人物の行動として成立しているかどうかです。

なぜ、そこで振り返るのか。

何を聞いたのか。

何を見たのか。

何に引っかかったのか。

相手をまだ見ていたいのか。

何かを確かめたいのか。

動きに理由がないと、俳優はただ段取りをしているように見えます。

逆に、役の人物の立場から理由が整理されていると、同じ動きでも見え方が変わります。

振り返ることが、ただの振り返りではなくなります。

立つことが、ただ立つことではなくなります。

近づくことが、ただ距離を詰めることではなくなります。

動きに、相手への働きかけが生まれます。

このようにして、シーンは進んでいきます。

指示を受け取れる俳優は、従順なだけではない

演出を受け取れる俳優というと、言われたことにすぐ従える俳優をイメージするかもしれません。

もちろん、現場で柔軟に対応できることは大切です。

しかし、本当に必要なのは、従順さだけではありません。

言われたことを、自分の準備に変換できることです。

監督や演出家の言葉を聞く。

その言葉が求めている結果を理解する。

自分の準備のどこを変える必要があるかを考える。

役の人物の目的、相手への働きかけ、状況の切迫度に接続し直す。

身体と声に落として試す。

ここまでできて、初めて指示が演技に入っていきます。

ただ「はい」と言うだけでは足りません。

ただメモするだけでも足りません。

ただ反省するだけでも足りません。

現場の言葉は、次の行動に変えてこそ意味があります。

監督や演出家の意図を汲み、一緒に作る力はトレーニングできる

監督や演出家の意図を汲む力。

相手役とやり取りしながら、自分の演技を調整する力。

作品全体の中で、自分の役割を見つけ直す力。

こうした力は、生まれつきのセンスだけで決まるものではありません。

継続的なトレーニングによって、磨いていくことができます。

音楽家が、耳を育てるように。

ダンサーが、身体の感覚や空間の取り方を磨くように。

俳優もまた、監督や演出家の言葉を受け取り、相手役と交わり、作品の中で必要な行動へ変換する感覚を育てていく必要があります。

筋肉と同じで、使っていない感覚は働きにくくなります。

一度わかっただけでは、現場で安定して使えるとは限りません。

稽古やレッスンの中で、何度も試し、修正し、身体と声に落とし込むことで、少しずつ反応できる範囲が広がっていきます。

監督や演出家の言葉を、頭で理解するだけではなく、実際の演技の中でどう変えるのか。

相手役の反応を受けて、自分の準備をどう更新するのか。

言われた動きやセリフを、ただの段取りではなく、役の人物の行動としてどう成立させるのか。

これは、まさにトレーニングの領域です。

だからこそ、俳優には、台本を読む力だけでなく、読んだことを相手とのやり取りの中で試し、調整し、作品の中で機能させる時間が必要になります。

ダメ出しを保存するだけでは、演技は変わらない

稽古や現場で言われたことを、ノートに丁寧に書く俳優は多いです。

それ自体は良いことです。

ただし、メモが増えているのに演技が変わらない場合があります。

その場合、ダメ出しを「注意された内容」として保存しているだけかもしれません。

「もっと怒って」

「距離が遠い」

「相手を見て」

「セリフが届いていない」

こうした言葉をそのまま書いても、次に何を変えるのかが見えていなければ、準備にはなりません。

必要なのは、言われた言葉を問いに変えることです。

なぜ、切なく見えなかったのか。

何に怒っているのかが曖昧だったのか。

距離が遠く見えたのは、身体の距離なのか、関係の距離なのか。

相手を見ていないのか、相手に働きかけていないのか。

セリフが届いていないのは、声量なのか、目的なのか、身体が止まっているのか。

この問いに変えられる俳優は、次の稽古で試すことができます。

問いに変えられないままだと、同じ指摘を何度も受けることになります。

せっかくやる気もあって、一生懸命なのに、もったいないです。

監督や演出家の指示を守ることと、演技を深めることは別の作業

監督や演出家の指示を守ることは大切です。

ただし、守ることと、演技として深めることは別の作業です。

「ここで振り返る」と言われたら、振り返る。

それは必要です。

でも、なぜ振り返るのかを準備しなければ、ただの段取りになります。

「もっと相手を好きに見せて」と言われたら、相手を見る時間を増やす。

それもひとつの試し方です。

でも、相手に何を求めているのか、何を受け取りたいのか、なぜ離れられないのかが整理されていなければ、ただ見つめているだけになります。

演出を守る。

そのうえで、役の人物の行動として成立させる。

この両方が必要です。

ここを分けて考えられるようになると、俳優の準備はかなり変わります。

「言われた通りにやったのに変わらない」と感じたら

もし、監督や演出家の指示を聞いているのに変わらないと感じているなら、見るべきところがあります。

自分は、結果をそのまま再現しようとしていないか。

感情の名前を演じようとしていないか。

表情や声だけを変えようとしていないか。

その言葉が、いつ、どこで、何を見て言われたのかを考えているか。

動きの理由を、役の人物の立場から準備しているか。

相手に何をしたいのかが明確か。

そのセリフが必要になる状況を作れているか。

ここを見直すだけでも、指示の受け取り方は変わります。

監督や演出家の言葉は、俳優を縛るものではありません。

うまく受け取れば、準備の方向を示してくれる手がかりになります。

ただし、その手がかりを演技に変えるには、文脈を読む力と、翻訳する力が必要です。

現場の言葉を、演技の準備に変えるために

演技の準備とは、セリフを覚えることだけではありません。

感情を決めることでもありません。

人物設定を増やすことでもありません。

台本を読み、状況を整理し、相手との関係を見て、目的と行動を仮に立てる。

そのうえで、現場や稽古場で受け取った言葉を、さらに具体的な行動へ変えていく。

これが、演技を深めるための準備です。

監督や演出家の言葉を、そのまま外側に貼り付けるのではなく、役の人物の立場から必要にする。

セリフが必要になる。

動きに理由が生まれる。

相手とのやり取りに集中しやすくなる。

その積み重ねが、現場で使える演技につながります。

台本をどう読み、現場や稽古場で受け取った言葉をどう演技に変えていくかについては、こちらの「演じるための台本読解シリーズ」でも詳しく扱っています。

よくあるご質問

台本を読んでいるのに演技が深まらない方へ|演じるための台本読解シリーズ

 

よくあるQ&A

監督や演出家に「もっと自然に」と言われたら、どうすればいいですか

まず、「自然に見せよう」とする前に、何が不自然に見えたのかを考える必要があります。

セリフが相手に向かっていないのか。

身体が止まっているのか。

感情を見せようとして、行動が弱くなっているのか。

段取りだけを追っているように見えるのか。

「もっと自然に」は、自然な雰囲気を作る指示ではなく、役の人物の目的や相手への働きかけが見えにくいという指摘かもしれません。

そもそも、その作品の特定の雰囲気が何でできているのか、よく分解してみませんか。

ダメ出しを受けても演技が変わらないのはなぜですか

多くの場合、ダメ出しを「注意された言葉」として保存しているだけで、次に何を変えるかまで整理できていないからです。

「声が小さい」と言われたら、ただ声量を上げるだけでは足りない場合があります。

誰に届かせたいのか。

なぜ今、届かせる必要があるのか。

相手に何を起こしたいのか。

身体のどこで止まっているのか。

そこまで整理して初めて、ダメ出しは次の準備になります。

ダメ出しを覚えているのではなく、その原因や理由を想像して埋めていく、そこが腕の見せ所です。

 

監督や演出家の指示を受け取る力は、トレーニングできますか

できます。

監督や演出家の意図を汲み、相手役とやり取りしながら、自分の演技を作品の中で調整していく力は、継続的なトレーニングで育てられます。

音楽家が耳を育てるように、ダンサーが身体や空間の感覚を磨くように、俳優にも、言葉を受け取り、文脈を読み、身体と声に落として試す時間が必要です。

演じるための台本読解クラスと少人数制・演技実践について

演出やダメ出しを受けたとき、何をどう準備に変えればいいかわからない。

言われたことは理解しているつもりなのに、次の稽古や本番で変化につながらない。

そんな俳優にとって必要なのは、ただ反省することではなく、言葉を具体的な準備に変える練習です。

演じるための台本読解クラスでは、セリフや状況を、役の人物の立場から整理していきます。

少人数制・演技実践では、読解したことを、相手とのやり取り、身体、声、動きへつなげていきます。

監督や演出家の意図を汲み、相手役と交わりながら、自分の演技を作品の中で調整していく力は、継続的なトレーニングで育てることができます。

音楽やダンスと同じように、俳優にも、感覚を磨き続ける時間が必要です。

5月30日(土)のオンライン台本読解クラスと、5月31日(日)の少人数制・演技実践については、こちらの記事で詳しくご案内しています。

5月30日(土)・31日(日)開催|台本読解と演技実践をつなげる少人数クラス

個人レッスンでは、現場やオーディションで実際に言われたことを、次に使える具体的な準備へ変えるサポートも行っています。

「ちゃんと聞いているのに変わらない」と感じているなら、必要なのは、努力の量を増やすことではないかもしれません。

現場の言葉を、演技の準備に変えること。

そして、その変換を身体と声に落とし、相手とのやり取りの中で使えるようにすること。

そこから、演技はもう一段深まり始めます。

この記事を書いた講師

鍬田かおる

指導歴20年以上。俳優、歌手、声優、ミュージカル俳優、映像や舞台で活動する俳優に向けて、台本読解、身体と声、相手とのやり取りを統合した演技指導を行っています。

桐朋学園芸術短期大学演劇科、新国立劇場演劇研修所・オペラ研修所、劇団青年座研究所などでの指導経験を経て、現在は大学、芸能事務所系スクール、映画スクール、個人レッスンなどで指導しています。

ロンドン大学ゴールドスミス校卒。
Royal Central School of Speech and Drama 修士課程ムーヴメント科修了。
イギリスSTAT認定アレクサンダー・テクニーク教師。
日本演出者協会会員。
IDC認定インティマシー・コーディネーター(ディレクター)。

俳優や歌手の技術、身体の使い方、台本の読み方を切り離さず、現場で使える「相手との交流のある演技」へつなげることを専門としています。

個人レッスンでは、一人ひとりのキャリア、現在の課題、現場やオーディションでの手ごたえ、今後目指したい方向に合わせて、必要なトレーニングを組み立てています。

これまでの演技メソッドや単発の学びに違和感があった方へ

演技の学びには、さまざまな方法があります。

特定のメソッド、短期の講座、単発のイベント形式の学びにも、それぞれ役割はあります。

ただ、プロとして継続的に力を伸ばしていくためには、ひとつの方法だけを繰り返すのではなく、台本の読み方、相手とのやり取り、身体と声、現場での修正力をつなげて育てていく必要があります。

私が学んだイギリスの演劇学校では、映像、舞台、コメディ、劇作、演出など、幅広い分野で活躍する表現者たちが、複数のアプローチを横断的に学んでいました。

また、アメリカの演技スタジオでも、基礎となる知見を共有したうえで、作品や俳優ごとの課題に応じて、必要なアプローチを応用していく形が取られていました。

演技は、知識を知っただけでは現場で使える形になりません。

同じエクササイズを繰り返すだけでも、実際の台本、相手役、演出、撮影や稽古の条件に対応できる力にはつながりにくいことがあります。

必要なのは、学んだことをその場限りで終わらせず、台本、身体、声、相手とのやり取り、現場での判断へつなげていくことです。

私のクラスでは、月ごとに切り口を変えながら、台本読解、身体と声、演技実践を扱っています。

個人レッスンでは、俳優や歌手の現在地に合わせて、継続的なブラッシュアップや中長期的なトレーニングを行っています。

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