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「〇〇らしさ」について-役と期待から演技や演出へ

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もうすぐ2024年度が始まりました、それだけでドキドキしてしまう、演技コーチのくわたかおるです

先日のオンラインでの台本読解のクラス、そしてスタジオでの演技のクラスにご参加くださったみなさん、ありがとうございました

そして、長時間にもかかわらず、ぐんぐん進んでいって楽しかったですね、お疲れ様でした

公演が近い方も、ご参加くださり、さらにパワーアップしたことと思います、実際の公演も楽しみ!

 

さて本日は、日常でも、そして台本に描かれている作品の世界でも気になってしまう

「らしさ」についてです

 

◾️「投影しているのは自分の記憶や価値観」

私たちが映画やテレビ番組をみているとき、そして舞台公演等で、実際にその場に、その時間に居合わせて、役の人物たちが動くのを見て、喋るのを聞いていると、どうして信じることができるんでしょうか

例えば「ああ、この人は医者だと信じられる、あり得そうな父親…」とか「この時代のアメリカだったら、あり得たのかもしれない、クリスチャンだろうし…」など…

 

理屈では、フィクションだと理解していて、そこにあるのは画面であり、大道具のセットであり、あえて当てられた照明であり、当事者のバックグラウンドに音楽がかかっているはずは無いのに…

「らしさ」として認知して、信じて想像の世界に進んでいっているのを、

ちょっと考えてみてください

 

というのも私、先日も(通常営業ですが)、映画関連の集いに行った際、数名の方々から

「あなたは、なんだか、日本人らしくないですね」

「なんかわからないですが、今まであった日本人とは違う感じがします」

「日本の女性っぽくないですね」

と面と向かって言われました!

 

 

ここで笑い話で済むのもまた良しと思うんですが

 

せっかくなので、やはり残念な演技に関する違和感と突き抜けない方にありがちな取り組みを整理しようと思いました

(↑これ自体が、オリエンタルな見た目の日本語を母国語にする、都内在住の妙齢?の女性じゃないのかもしれませんが)

 

私たちが「らしさ」と言う時、自分たち側の「期待」や「これまでの経験や知識による推測」が含まれていますよね

例えば、私たちがミュージカルや映画などで登場人物たちに

「子供らしさ」

を求めるのはなぜなのか

 

実際、何をみたり、どう聞こえたりしたら

「ティーンらしさ」

があると納得するのか

 

それこそ、オーディションやキャスティングで話題になる

「中学生らしさ」

はどこから来てるんでしょうか?

 

元気に走り回っている、大きな声ではしゃいでいるのが子供らしいのであれば(かつての私のように)静かに座って何10分も1人で本を読んでいる子は子供らしくなかったんでしょうか?

だから、周囲の大人たちは「まだ小さいのにえらいね」とつぶやいていたのでしょうか?

当事者の子供には、半ば関係ないというか、その場に合わせた大人自身の価値観の押し付けですよね

これを「役の人物」に作品の中でもやっていないかを、演出的な効果とは別に検証する必要があると感じます

これは、観客も似ています

 

「フィクションという枠組み」の中で

「役の人物と言う他人がいろいろな決断をして、様々な体験をし、悩み、苦しみ、ときには喜び、笑い、怒ったりする…そこに共感しつつ、味方になってみたり、疑問を呈したり、同調するわけですが、

実際に問われているのは、自分の思い込みや既成概念、想像の穴ぼこでもあるわけです

 

「自分が子供の時は、外で泥んこ遊びして、転んで膝擦り向いたり、友達と喧嘩したり、自転車でみんなで公園行ったなぁ」という自分固有の事実とその感覚や感情の記憶と、

「いやいや、世の中には確かに、自分のクラスにもいつも静かに本を読んでいて、楽しそうに嬉しそうにしている子もいたよね」の間を意識的に行き来できると、

様々なライフスタイルや今話題の多様性も、尊重できるようになると思うんです

 

◾️HOWからスタートする俳優や演出がやらかしがちなポイント

気をつけたいのが、20世紀でもドン引きだった鼻パテ問題ー

国籍や人種をそこで!?と驚く21世紀です、いまや…

同時に、安易な「日本人らしさ」は日本語母国語の方に多いアクセントで英語をしゃべれば解決するのか、言葉だけなのか…

「イギリス人ぽさ」は存在しえないのか、もしあるとしたら、傾向(確率)なのだろうが、なにが顕著なのか

個人的に、一人一人が日常生活で「アメリカ人の良いところ」を身内で語るのと、演出や役作りで集団で合意して特徴として「取り入れよう」とするのは別問題な気がします…

笑い方や歩き方、口調(抑揚やトーン?)やジェスチャーを取り入れたら、「らしく」みえるんでしょうか?

それこそ、ちまたに溢れる「フランス人あるある」は面白くて楽しい内容で、個人的な嗜好が合ったとしても、好きだったらいいのか?ネガティブな感情だけが問題ですか?

あゝ、尽きぬ議論の余地!

 

◾️いかに、個人を描くか

いかに1人の固有の感覚や感情を持つ人間としてみるか、がさまざまな国籍や時代の、多様な属性の役を演じる歌手や俳優、その世界をつくりあげるスタッフにも問われると思いますが、

私たちが「らしさ」と言う時、自分たち側の「期待」や「これまでの経験や知識による推測」が含まれていますよね

しかも、舞台や映画などのドラマなフィクションの世界(事実を基にしてあっても脚色/演出されています)では、

例えば、私たちがミュージカルや映画などで登場人物たちに、設定としての「子供」と伝わることは必要とされているけれど、

実際、子供「らしいとは言えない」苦境や苦役にあったり、子供「にもかかわらず」親が親の役割と放棄している物語など、たくさんあります

 

実際、何をみたり、どう聞こえたりしたら「ティーンらしさ」があると納得するのか、

その上、ティーン「とは思えない」哲学的なセリフを語らせたり、ティーン「らしからぬ」大恋愛や歴史事件に巻き込まれていく作品もみなさんも多くご存じと思います

 

そうよね

だって優れた台本で「ドラマ」だから、さらにそういう「対」が際立った構造なんですもの

 

◾️WHYで考える

ということは、オーディションやキャスティングで話題になる

「お母さんらしさ/お父さんらしさ」の判断や、無邪気に発している「先生っぽい!笑」とか「いかにもエリートじゃん!」のレッテル貼りはどこから来てるんでしょうか?

難しいですよね…

元気に走り回っている、大きな声ではしゃいでいるのは結果であって、子供「らしさ」から直接くるのではない

静かに座って何10分も1人で本を読んでいる子も子供「らしく」あるのだから、その原因を考えてみたら、大人との違いがあるのではないか?

「まだ小さいのにえらいね」とつぶやく大人は(仮)でそのこどもの動機や意図を何を想定したでしょうか

 

あら、演技みたい!

そうなんです

HOWではなくて、WHYへ切り口が移せたら・・・

価値観の押し付けの少ない、自分も拓いていくような、役との出会いになると思います

きっと他人と出会うというのは、そういうことも含まれるでしょう…

 

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