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一生懸命やっているのに「一人でやっている」とダメ出しされたら

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季節の変わり目が増えすぎて、よくわからなくなってきました、私も寒暖差にめげないよう、日々ぐっすり寝て、もりもり食べてます。

もちろん、毎週土曜日の身体のミニクラスも欠かさずやってます!https://kaorukuwata.com/2023onlinezoomgoodbodyuseclass/

 

さて、本日は1年に数回はいただくお悩みのお話。

俳優さんだけではなく、歌手の方や演出家、それこそ現場に関連する方がぼやきがちな、

「1人でやってる」!!

 

問題についてです。

自分はそうでなくとも、「1人でやらないで」と指摘されている方が稽古場にいたり、撮影等の現場で、「1人になってるよ」とダメ出しが出ているのを小耳に挟む場面もあるかもしれない。

どういうことなんでしょう?

 

だって、身体はそこにあって、本人は(往々にして)、一生懸命やっている。

 

周りからも見えてるし、音だって聞こえてる。

それでも「なんで1人でやってるんだ」と言われてしまう。(指摘する側もやむにやまれずかもしれない)

「1人でこもっている」ということではなくとも、どうも会話になっていないとか、交流が欠けていると言うような意味で使われる表現なのです。

複数名でいるのに、1人でやっている。

こんなおかしなことって、あるんでしょうか。笑!

 

はい、私は真面目です。

でも、一人でやっている人が6名舞台上にいた、というのも目撃してことが多々あります。(ごめんね、それが狙いでないなら解決しよう!)

 

 

まず、演技以前の事から。

人前で歌ったり、踊ったり芝居をするような方でなくとも、「1人でやってる」は散見されます。

例えば、「「どうも一緒にいるのに、一緒にいて会話をしている気がしない」と言うのは、親しい間柄でもあり得ます。

学校時代に多くの方々が体験しているかと想像しますが、「なんか一方的にことが進んでいく」、もしくは逆に「みんな何もしてくれない」とか、極端に言えば「なんだか置いてけぼりかも…」と言う場面も…

こういった感覚や、心のつぶやきには覚えがないですか?

もちろん意図の善し悪しはさておき、です。

 

私自身もうっかりやってしまったことがありますし、やっている人を前にどうしたらいいんだろうと考えあぐねたこともあります。

それこそ仕事柄、「お一人様になってるよ」をきっかけに、具体的な対処方法やその状態から脱する提案をすることもたくさんあります。

 

では、何が起きているか?

 

◾️「1人でやっている」が疑われる時のチェックリスト

 

1 相手(たち)に与えたい影響が具体的か

演じ手の仕事は、影響を与え、そして影響されることです。

もちろん、いわゆる作品のシーンの状況においてですが、状況がセッティングされてるところにいれば、自然と影響を受ける事はあったとしても、影響いわば外へ向かって与えることにはなりません。

相手のおかげで影響受けることができて、自分が動いてる可能性はもちろんありますが、自分が周囲に働きかけるつもりがなければ、受け身になってしまいます。これだけでシーンが進むこと、物語が展開していく事は少ないでしょう。

1人になってるように見えてしまっているのは、与えている影響の少なさかもしれません。波及したいんです、ドラマが展開するためには。

 

2 注意を向けている内容や方向が、自分ばかりになっていないか

物語、劇と言うものの性質上、どうしても役の当事者たちは、自分の心の葛藤や、気持ちの変化に夢中です。

本来の自分らしくないような選択肢を迫られたり、それこそこれまで体験したことのない状況にさらされます。

 

ということは、頑張れば頑張るほど、ともすると自分がどうなっているか、何を感じているかに注意が向きすぎてしまうもの。

ましてや、その気持ちの変化やそれによって起きている自分の様子の変化をコントロールしたいと願えば願うほど、「探る」ようになってしまい、相手やお客様は「探っている人」を見ることになります。

あらら!!

 

そうですよー

探っている、自分の状態を。

内向きですよね、影響を与えるどころか、影響がないかを確かめるのにも似ています。

セリフの音を確認するなんて、もってのほか!

 

もちろん耳に問題がなければ音としては聞こえるのですが、わざわざ注意を向けて検閲するほどのものじゃない。

いちいち確認したい癖が頻繁に出れば出るほど、より周囲に与える影響、せっかく準備したはずの動機や意図、隠された願望や欲求などは、バックグラウンドに回ってしまいます。

だからこそ、私たちは、日常の世界でも、同じように「置いていかれた」、「何か話聞いてないな」と感じるわけですよね。

意図的につかう場合はさておき、交流で感覚体験や対話をつかって物語たい場合、オススメはできません。

 

3 目的がない、または具体的ではない

これが日常生活と違って、少し違和感があるところでもあります。

この後の展開や結末がおおよそ決まっているからこそ、そしてテーマや問題が絞られているからこそのドラマ。

にもかかわらず、その時、その場所での目的をぼかしてしまったり、とても広い範囲に設定してしまうと、当然、その場でやらなければならない事は曖昧に、またやけに数が少ないか、逆にやたらめったら多いものになります。

また、目的に、周囲の人々やその影響が含まれていないと、どうしても、独り言になりがち。

ご自身の心象風景が、極端に自分(訳)だけの世界になっていないか、ちょっと振り返ってみてください。

日記が自分中心だけになっていないか、これも一つの指標になるかと思います。(ナルシス指数?も兼ねる)

 

というわけで、

どうしたら「1人でやってる」傾向を防げるか、そしてその場で要求されている感情の体験なり、相手との交流なり、物語ることを進められるかに今回はフォーカスしました。

 

あ!

 

最後ですが、おまけのもう1点。

 

もちろん私もさらに飛躍してほしいなと願うのですが、「一人でやっていると言われます」という方は、残念ながらそのメールやメッセージ自体が、ぐるぐるループしているパターンが見受けられます。

もったいない!

例えば、相手に向けての質問というより、自問自答が続いているような感じ、とでも言うのでしょうか。

様々な疑問に、自分が必ずしも答えをいま持っていなくても良いと、少し開けておいたままにすることも、プラスに働きます。

遊びをもたせる、ってことですね。

会話をつうじて、相手を理解し、相手にも自分のことを少しづく理解していってもらう…

(邪悪な場合は除く)

素敵なことです

 

本日の

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感情はみんなのテーマです

 

語彙がないから、わかっていないだけで、ホントはたくさん体験していた、ということもあります。

「名付ける」ことで、急速に腹落ちする方も多いです。

チラ見、してみてくださいね!

 

 

 

 

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