「本当の自分」が分からなくなったら…

いつの頃からでしょうか?

「自分の中では○○なんですが」、

「本当の自分は▽▽って思ってるんですが」とか

「本当の自分じゃない気がするんです」などという不可思議なフレーズが、

健康とみられるふつーの人々から頻出するようになったのは。

一体、何のこと?!

うるさいねん!

「自分、自分、自分」て!

 苦笑

10年ほど前に日本に帰ってきて働き始めてからすぐに気が付いたことです。

そして、

その時の第一印象「?何のこと?」は未だに変わらない。

だって、自分、いるじゃん。(笑)  いま、ここに。

今、ここで、(ケガ病気はさておき)とりあえず、みえて、聞こえて、触れるよ?

じゃ、自分の「中」だの「外」だの言うな~!(笑)

意味は一応分かるが、まどろっこしいっ!怒😠

なぜ、複雑にしたがる?

なぜフツーに「私は○○と思います」、「▽▽と感じました」と言わないのか?!

私にはさっぱり分かりません、中だの外だの分ける目的が。

そして「自分の中では」とわざわざ前置きして、どんな良いことがあるのか?

…ないね。

キッパリ!☆ いいことありません!

特に演劇は、そして音楽やダンスも「今、ここ」を扱う芸術なのさ!

それなのにまるで自分が、自分の考えるちからや動く能力や想像する力を発揮しないでいるみたいに言う。

なぜ?被害にあっているのか?ただ傍観しているのか?これまでの癖や習慣を繰り返すだけで、無力なのかい?

ホントに~?(‘_’)

そんなはずはありません。意思決定の能力、あるでしょう?

ちなみに、「他者」が不在ですと、自分も「いなくなったように感じる」のは常です。

…なので、ニートではないのに、フリをするのはやめよう。

自分を確固と持ちたいとか、己というものの実感を持ちたいのでしたら、他者に興味をもって他者と交わりましょう。

「私とは誰かを決定するのは、私ではなく、他者である」とおっしゃった医学博士でもあった評論家の故・加藤周一氏。お見事!

そう、自我の確立には他者が必要なのです。

そして演じること、音楽やダンスや演劇に憧れるのは他者への尊敬の念でもあることをお忘れなく。

Kaoruのハロウィンは、アメリカ出身で今はドイツでホルン奏者として、そしてアレクサンダーテクニーク教師としても活躍する友人ケリンのお祖母ちゃんのレシピで、「パンプキンタルト」を作りました💙あ~、美味しいっ♪

IMG_1474

みなさんも素敵な週末を~(^^)/

 

『私』がいない「私たち」ー当事者性の欠如

今日も真面目に(?)指導者の立場から辛口に?!

斬捨てゴメン!きりま~す💙

クイズ:

個人レッスンでもグループクラスでも、自分や他人がやっていることを「観察する」という時、(国籍言語関係なく)往々にして問題になる最初の壁は何でしょう?(誘導尋問♡)

再現ダイアローグをご覧ください↓

お互いの歩く様子を観察するエクササイズ。

Kaoru「はい、じゃあ、みんな列になって~、廊下をつくるのよ。

はい、そしてその間を一人ずつあるくの。その間に観察して気づいたことを文章にしてみて~。批判じゃなくて、なにをどうしているかよ~」

がくせー達「はあ~い。(ガヤガヤ)」

ぞろぞろ動き始め、

Kaoru「あのね~、印象や感想じゃないのよ~。事実ね~。☺」と確認する軍曹。

ゾロゾロと、だらしなく、とりあえず動く若きがくせー達。

がくせー達「…えっと~。あ、肩上がってる!」

がくせー達「首出てる、前に出てる」

がくせー達「ドスドスしてる」

がくせー達「右手の方がうごいてる!あ、左手止まってるじゃん!」

と思い思いのつぶやきタイム。なかなか変わらない。

…だから言ったのに。。やれやれ。(-_-;)

はい、ここまででポイントにお気づきの方おいででしょうか?

なんか変ではありませんか???

Kaoru「あのね~、描写じゃないよ~っ!事実ね。『空が青い」みたいな形容じゃなくて~」と再確認する軍曹。😡

とりあえずやってみる、がくせー達。

がくせー達「え~、わからな~い。」

がくせー達「ん~、あ、フラフラしてる~」

がくせー達「腰が揺れてるっ」

がくせー達「なんか曲がってんだよ。内股?」

Kaoru「あのね~、勝手になってるんじゃないでしょう?『なにをどうしているのか』着目してみて」

がくせー達「わかんない~」

Kaoru (怒)「…よく考えて (-_-;)」

がくせー達「つま先が~、上向いてる~、でなんかね~、こうなってるの~、キャハハハァー(笑)」

Kaoru「つま先『を』どうしてるって?」

がくせー達「え~?!」

はい、みなさん、お分かりですね 💛

「肩が勝手に上がった」り、「膝がひとりでに内を向いた」り、「腕が止まった」り本人と関係なく、勝手に動くの?怒!

ホラーかい?!

「ブラブラしてる」って形容だし!「上がってる」って状況だよう。行動ではないじゃん!こら~っ!説明聞いてろ~い~!😠

わかりますよ、言わんとすることは。

無意識とか癖とか、わざとではないとか、意図してないとか、そういうことですよね。

はい、その通りです。

でもね、「私が自分の頭『を』後ろに引き付けている」とか「自分で自分の腕『を』固めている」という発想が大事なんです。(;^ω^)

癖でも無意識の傾向でも、なにはさておき、自分がやっているのだと認めないと変えることは難しい。事故や病気や菌の感染じゃあるまいし、

学習は治療ではありません。

個人レッスンでも、

Kaoru「はい、今週、自分のつかい方を観察してみて、どうだった~?どんなことに気が付いた?」

せーと「…やっぱり肩があがってますね。気づくと背中も反ってます。首が固いです。」

Kaoru「?」

なんだって~え?!怒

(^^ゞ

これが、気づかないんだな。

病気やケガでもないのに、自分のからだなのに「自分のせいじゃない」という幻想。自分がやっていることなのに、自分は悪気がないから、仕方ないという傍観している状態。

この傍観者の「へ~」「ほ~」「ふ~ん」の態度を変えない限り、学習は難しいっ。

個人レッスンが2年経っても「背中が縮まっている」とのたもうた方。(-_-;)

目覚めろ~! 笑

自分が(無意識に癖でも)背中を縮めているのを「やめる」とか「防ぐ」という思考から学習が始まります。

被害にあっているていで、なんでもイスや靴やせりふのせいにしたり、治療を希望したり、ただの傍観者の立場から無関心に誰かが何かしてくれるのを待っているだけではせっかくの歌も、ダンスも、芝居も変わらないよ。

学習は「主体で」お願いします。

「当事者」の立場からしか、納得して、目的に近づいて、愉快に満喫することはむつかしーです。

写真はボートが私「を」マンタに会いにつれていってくれている途中の図。

私がボート「を」運んでいるんじゃ、ないよね。苦笑

本当の意味で「主人公は自分。」

これをモットーに愉快に練習、訓練!お稽古いたしましょう!

 

 

 

 

 

愉快な会に学ぶ、日本の演劇七不思議。後編

さあ、波紋が広がった(?)今回のブログ。

さっそく続きです ☆

④ 体系立てて、具体的に、「仕組み」を教えてもらったことがない。

これ、いつも老若男女、いろんな俳優さんから、またWSホっピングしている人々やら養成所の卒業生からも言われるんですよね。

しかも、文句っぽく(笑)。少々、残念そうに。

分かります、私もそうでしたから。

特定の様式やこだわりは習っても、構造については言われなかった…ははは 笑

とりあえず、みえて、きこえるもの(だけ)をマネすることが主な学習法だったからだと今だから分かります。

みなさん仰ります。

「今まで誰も、こんなこと教えてくれなかった」

「誰もそんな風に言葉にして説明してくれなかった」

「そんな仕組みがあること知らなかった」等と。

たぶん、指摘されたり、課題にはなってきてはいるんだけど、「結果」についてだけじゃなかったかな?と。

話題にしたり、解決法は探してみたものの、「結果」を変えるための「方法」について細かくガイドされたことがないのかな…と。

仕組みに則った一貫した「成功体験」が必要なんですよね。

また「結果」については合意していたが、「共通体験とそこからの共通言語」がないために、意思疎通に問題があった場合もあるな、と。

意図は良くても、「できるようにならなければ」、やる気があっても実らず、残念なことです。

…(^^ゞ

反対に好奇心からお聞きしたいわ、(いぢわる、笑)

「じゃ、稽古場でな~にやってたんすか?」と。(笑)

とにかく苦しんだ、大変だった、とにかくやってみるしかない…みたいな根性と試行錯誤の連続なんでしょうか?

嗚呼!大変すぎる!それじゃ、深めること、継続することが辛いよ。

もっとお互いにそれぞれの得意なこと、魅力を出し合う方法って、シンプルでカンタンですよ。

エクササイズや練習方法もたくさんあるので、ぜひクラスへご参加ください&ご相談くださいね~。

と宣伝はさておき。つづき。

⑤「分からないのに、できないよぉっ!」という心の叫び。

(+実際の叫び 笑)

じゃあ、解決しましょうよ?笑

そう。確かに「成功例」を毎週面白い舞台で魅力的な俳優が実践しているところに「感電」したことがないと、難しく感じるかもね。でもね、「できるから分かる」の。

これはプロもヒヨコも同じなの。「感電体験」ってすごく早いんです。もうね、ニューロンレベルで変化が起きてますから、確かに素晴らしい体験です。

でも、諦めないで~!「できるようになる手順」がたくさんありますので、これらを利用して疑似体験は稽古場で出来ます!

カンタンです💙

⑥演劇に技術は要らない!という「密かな願い」が蔓延し、結果、撃沈していること

何を技術とするかにもよりますが、日常の動作と一応ヒトとしての感情や思考があるからって、演じられることにはならないのですね。

私達、一応、健康で、関節も曲がって、骨も筋肉も神経もたぶん問題なく過ごせてますが、オリンピックに出られないのですよ、急にオーケストラで演奏できないのですよ!

それと同じなんです。

特殊技能(声も含めて運動など)を使わないでスポーツやダンスや演劇してるなら、一体なにをつかってやってるんだい?

ま、まさか!「気分(ノリ)」、「感じ(自分だけの)」??

(T_T)

最後の7つ目は11月に公開いたします!お楽しみに♪

 

愉快な会に学ぶ、日本の演劇七不思議。前編

現役で活躍なさっている俳優さん、若手で活発な活動をなさっている俳優さんのクラスは格段に早く、深く、充実して、愉快に進みます。

とても楽しい!(^^♪

しかし…プロならでは、売れてる俳優ならではの悩みというのは、実際にはあまりなさそう。

というのは、根本的には技術レベルの差だからです。

ほとんどは適切な訓練をすれば(時間との戦いは別だが)どうにかなるもの。常に課題とされるのはプロ様もヒヨコたちも同じこと。

例えば…

①身体と声の基礎の(初歩ではない)問題。

善悪ではなく「身体(声・顔を含む)全体のつかい方」についてなんらかの方法論を習ったことや定着させる文化があまりないため、具体的に自分がやっていることに(度合の差はありながらも)無頓着またはちょいと鈍感。(T_T)

実際に起こしていることとやっていると信じていることのギャップが減ればみんなもっと快適になるのに…

② 超!魅力的な相手役および憧れの大御所俳優たちに触れる機会が少ない。

パイの大きさの問題もあります。演劇愛好家、実演家のレベルと数から、必然的に一種の競争の原理がうまく働いておりません。切磋琢磨したいが相手がいない。

ヒヨコのうちにみて分かるような(未熟であまり見えず聞こえずでも)強烈でビビッドな参考になるような先輩が少ない、そしてそういった先輩の活躍の場も少ない。

悪循環です。もうね、ここまでくると義務教育の問題までさかのぼります。

③「教えられる」演出家が少ない(ようです)

元来、演技のコーチや演技基礎やさまざまなメソッドを教える指導者たちと演出家が「演出」のために受ける「専門の内容」は違う部分があります。俳優も演出家も指導者もみんな基礎は同じですが、その後それぞれの特殊技能や専門知識を磨くのが快適に仕事をするための必須条件。

歴史的な背景もあり、なかなか演出や作家の為の演劇学習まで手が回っていないのが実情かな、と。演出家は演出に夢中になるほど俳優をのびのびさせておけず、かと言って俳優は指導なしに提案できるほど確固とした自立はそれほどしておらず…。

難しいバランスだな、困ったね、こりゃ。

7不思議のうち3つはこんな感じ。

知ってはいたけど改めて逆カルチャーショックです。(^^ゞ

残り4つを当ててみてね!

楽しみにまってま~す♪

写真は昨年2月のロンドンにて。虹が出てゴキゲンの私。

 

 

虎の巻:第2回 願書や応募書類のミソ 後編

小学生の時の記憶が鮮やかに蘇ったKaoruです。(^^ゞ

引き続き、大切な書類チェック!

⑤ 趣味・特技

④と似ていますが、ここで学歴や経歴とあまりにも矛盾しすぎる「ウケ狙い」のような「リリアン」とか、どうにも良い予感のしない「お笑い芸人○○の真似をしながら▽をする」みたいな「面倒くさい」ことを書くのはやめましょう。ほぼ「不遜な人」と思われます。

趣味も「走ること」と書くと「マラソンではないのね?」と疑われ、「人間観察」と書くと「何もしてない」ってこと?とツッコまれます。

真摯な内容をお願いします。つまり日常が出ます。

普段から書いてプラスになることをしておきましょう。

誇張してもバレます、正直申告しても問題ないライフスタイルを送るしかありません。

⑥ 最近みた公演(観劇)など

ときどき、こういう欄があります。

もし劇団など特定の集団の募集でしたら、何本かは(直近でも)観ていなければ怪しまれます。みてないのにどうして「出演したい」と思えるのか、謎。

聞かなくても不思議に思っています。自分が興味がなかったものにどうして出演したいのか?自分がお金を払って観てもいないものに出ることで、なぜ自分に報酬が発生すると思うのか…?冷静に考えれば分かるはず。

真摯な付き合いをしましょう。のちのトラブルや誤解も防げます。

家が遠いといっても関東甲信越内で公演があるのに観ない場合でしたら、熱意がないと思われます。

地方でも旅公演はありますし、交通手段も発達していますので、言い訳しにくい時代です。覚悟しましょう。

⑦志望の動機

こじつけはバレます。会社のエントリーシートではありませんが、正直に書きましょう。

「○○座のオーラに惹かれて」のような摩訶不思議な発言や「本当の自分を発見したい」のような勘違い発言をすると怪しまれます。「布教」は要りません。

社会人の意識で、一般的な大学で知性を疑われるような発言は×です。「ウケ狙い」は書面ではほぼ通じません。逆にやる気がないとか不遜と思われます。

その他の注意点

敬語、漢字の間違いは最小限に。-不注意な人、知性に問題がある人と思われます。

現実に即して書くこと。-実際と書面が違いすぎる場合、ブラインド・デートのように振られます。

恋愛と同じです。(笑)

正直に書くこと‐「事務所の人に言われたので本当に受けたくないけど、仕方なく出しています」と書く必要はない!(笑) でも経歴などの詐称はバレます、やめましょう。

一般の書類と同じです。相手のためを思って、相手の読みやすいように、他人が読んでも見ても理解しやすいように、想像力を働かせて準備をしておきましょう。

「やる気だけはあります」とか「一生懸命さは負けないです」「とにかく好きです!」など部活みたいにゴリ押しする文章はやめましょう。

元来、好きなことを極めたり専門的に学んで働いている人が多い業種です。

やる気があって、一生懸命で、好きでいろいろ工夫して、仕事をやっているのは(ほぼ)当たり前なのです。

年末にかけて、オーディションの虎の巻②へ続きます。乞うご期待!

写真はこれからの季節に嬉しい「火鍋」。これはマレーシアで食べた本格的なもの♥

 

虎の巻:第2回 願書や応募書類のミソ 前編

あくまで参考例ですが、これまで書類を出してきた側(懐かしい)、書類を毎年みる側としての経験から「あり!OR ナシ!」を整理したいと思います。

2016年に備えて充電期間中の方々や新年度に怯える(?)学生さんの参考になれば幸いです。先生方は…「あるある!」「そうそう!」をお楽しみクダサイ。

①基本的及び重要な記載事項

名前や連絡先等は指定通り、相手が読みやすいようにはっきりと書きましょう。略式表記や俗称はいけません。トンチンカン、またはふざけていると思われます!

②プロフィール写真!

これが問題!演劇に限らずバレエやオペラ、声の仕事でも問題になる重要な写真。まず、サイズは守ってください。以前、写真欄の中心に小さなパスポート写真を張り付けていたナマケモノがおりましたが、

当然、落ちました。

世の中まだ捨てたもんじゃありません。

とにかく、はっきりと顔や全身なら姿がみえるものを。

サングラス、帽子は禁止…って書いてて、アホらしくなってきたぁ…しかし、前髪が邪魔な写真、おしゃれ用サングラスがヘアバンド替わりになっている写真、おしゃれをきどった禿隠しと誤解される帽子、カラーコンタクトで目の表情がなくなっている方たち、もったいないです、やめましょう。

最近多い、デジカメでセルフィーやタイマーで撮った写真もどことなくバレます、やめましょう。

また背景も自分の髪型や顔の輪郭を考えて取りましょう。髪の毛と後ろの黒いバックが同化していると、モノクロコピーをとったとき、まるで「貞子」です。( ;∀;)

男性のオシャレ髭もコピーを撮ると、ほぼ「泥棒化」します。(-_-;) 損です。

流行より清潔感を出し、自分の姿を露わにしてください。あえて不潔風な人と仕事をしたい人はほぼいません。

押入れの前や仏壇や階段など、よくわからない自宅のどこかで撮ったものも変です。

笑いをとる必要はありません。仕事の場はユーモアがあっても笑いが目的であっても方法については真剣です。簡潔に自分の姿がすっきりとはっきり見える写真を。

服装も「自分の写真が先に面接にいく」と考えてください。面接いくのにジャージとかよれよれのシャツって、ないでしょう?=それらはダメなのです。

③学歴・職歴

詐称はバレます、やめましょう。また日本では学歴や職歴の間が空いていると疑われがちです。正しく書くだけでなく、間はなんのための間だったのか、聞かれたときに説明できるよう心得ておいてください。カルチャーセンターや習い事を並べる人もやめましょう、プロの書類に(極めていない)趣味の記載は要りません。

演出家の名前や作品名などは正確に。敬語を間違って使うと失笑をかいます。

④特技・特殊技能・資格

ないなら書かないでください。

適当にかいてもバレます。「英検3級」のような「ふつうじゃん!」と却下される程度のものも書く必要ありません。

さて、ここで、ワタクシが小学生のときの衝撃的な記憶をご紹介。

↓ 事務所所属の俳優(&タレント)養成所のある授業にて。

○○テレビのディレクター「はい、次。▽さん。特技はなにかありますか?」

クラスメイトの女性(25歳)「はいっ!歌が得意です!」

ディレクター「じゃ、歌ってみて。」

メイト女性「えっ?!…今、ですか?」

ディレクター「得意なんでしょ?」

メイト女性「…えっ、なにを歌えば…?」

ディレクター「得意って言うなら、いますぐ歌えなきゃ。歌えないなら得意とは言えない」(きっぱり)

メイト女性「…じゃ、じゃあ…(モジモジ)歌いますっ」

おおっ!とクラス全10数名が緊張した瞬間、

聞こえてきたのは「ドナドナ」!!!

ああ、やっちまった。。

大人に混じった小学生の私は、いたたまれない気持ちに。(生意気、笑)

ディレクター「もういいっ!うまくない!下手!(怒)」

小Kaoru(えっ?そこ?!)

という訳で、不特定多数の方々が公に相当ほめるレベルでないと特技とか得意とは言えません。日本舞踊なら名取りレベル、クラシックバレエなら10数年以上ですかね。

近年あるYoutubeから盗んできた漫談やえせダンスや手品や話芸もおやめください。

審査員は目を細めつつ、心で泣いています、はやく終わりたいな、と。(笑)

平和が一番です。よく考えて準備しましょう。

後編へ続く~。

「実力」とは?

真剣な話題。「実力」。一体、何でしょうか?能力?なんの力?気合い?練習?意図?

オーディションや舞台などで「実力が出せなかったァ~泣」「実力が分かってもらえな~い」「いや、実力がまだ足りない」など。みる側も「実力が分からない」「実力出して!」「実力の差だよね」(笑)など。演劇、ダンス、音楽では特に話題になる「実力」…。(;^ω^)

演劇の指導の現場での面白エピソードがあります。

有名演出家であり指導者でもある某氏。

いつも通り明るく和やかな雰囲気のもと、広々とした稽古場でいくつかの愉快でためになるエクササイズをして、からだも温まり気分もほぐれた後、それぞれの役を振り当てられ、練習用の衣装を着て、みんなすぐに台本をもって、立ち稽古。

みんな楽しそう。

大御所「じゃあ、やってみよ~か~♪ 最初のチームから~」

ヒヨコ俳優たち「は~い♥  」

と朗らかに始まった芝居のシーン稽古。

あれっ?!

大御所の様子が…あ、ああっ、大御所っ!だいぶ前に乗り出して…熱心に見ている、おお、真剣なのね~。

と感心したワタクシ。

しかし…あらっ?!腕組したぞ?!あっ、呼吸がっ…もしかして…ご不満??? (-_-;)

シーンの方はというと、お世辞にもあまりうまくは行っておらず、目的が不明瞭だったり、ここがどこで誰なのか、状況や人間関係もあいまいな動きやせりふが目立ち、声や姿勢の癖も邪魔になっているし、…

「私だったら、注意するよな~(T_T) 長くやってみても変わらないし」と内心苦笑いしてしまったワタクシ。

しかし、大御所はその後、何組も何組も同じシーンをみる、みる、みる。とても熱心に。そして身を乗り出しつつ、引きつつ(泣)、目を見張りつつ、肩を落としつつ(笑)。

大御所のおおらかで朗らかな様子と優しい口調に、ヒヨコ俳優たちも陰気にならず、一生懸命、舞台に出て行って、いろいろうまくいかなくても、笑顔で戻ってきていた。ヒヨコなりに、学ぶ環境としてはいい時間のはず。

そして、90分が経とうかという頃、

大御所「さて、おつかれさまでした~、みんな~ありがとう。」

と言う温かな感謝のあいさつとともに、一通り全チームが終わり、大御所は言い放ったのです。

大御所「これがね、今のみんなの『実力』だから」

一同。シーン。。。

気まずい沈黙。。

やはり、そう来たか。。ガクッ。。

大御所は手綱を緩めなかった。。。(-_-;)

大御所「1回目に、初めてやってできること。それが実力です。」

大御所「たくさん練習して、ひとにいろいろ言われてできるのは、当たり前。」

ヒヨコの動きが停止。

(-_-;)

大御所「コーチがついたり、演出家が指導したりね。それは実力じゃない。最初の1回目に自分でできたこと、これが実力。長い時間稽古して、リハーサルしてそれでみんなで作っていけば、できることは増えるけど、それは公演のための創造の積み重ねを集団でした成果。」

嗚呼!

チーン。。

そうなのです。レッスンでも、生徒側が1回目にやったこと=現時点での実力。イスのせいでも扉のせいでもな~い。オーディションも試験も初めの様子が実力と思われて致し方ない。稽古初日でも。。

いわゆる本番を前提としてパフォーマンスを伸ばすのですよね?なら、実際に自分が今やっていること=実力とするのが現実的なんです。

そう。ときどき、「いやぁ、あと2日あれば~、○○もできたし、▽▽もできたはずなんだけど~」という話を耳にする。が、そこで2日増やしてみたところで、○○も▽▽も実ったのを私はこれまでみたことがありません。(やってみました、何度も)

それは2日分の練習やリハーサルが無駄なのではなく、2日分程度では、さまざまな能力は「他人に伝わるほど」そして『人前で緊張している状況でも発揮できるほど定着はしない』というです。

大御所の不意打ちに倒れたヒヨコたち。。

お、おつかれさまでした。。

その後、笑顔で私に「そうなんだよ~、ははは 笑 『実力』ってそういうもんでしょ?」と恐ろしい例をいくつも出して説明する大御所。

そしてヒヨコたちが、これまで以上に注意深く毎日の課題をやるように、日々の取り組みに真剣になったことは間違いない。

結果、オーライです。

2015年もあと少し、実力を発揮して愉しく過ごせるよう、毎日の時間をつかいましょう!

写真は外乗でまったく私の言うことを聞かなかった美馬の奔放な姿。(T_T)

あるある in グループクラス③ 気をつけよう!「役割」に。

演劇の基本でもある「役」を引き受けること。

これって、演劇だけの特殊な状況だけでなく、日常でも無意識に行っている自然な(笑!)社会動物である人間の特徴の一つですね~。でこれが「無意識」なのが、時として難しい。なぜって、無意識の傾向を目的に適切なよう変えるには「意識」が関わってくるから。

誰に対しても子どもの役割のままいる人、困るよね~。(笑)

いつまでも母親気分でいる人、困るよね~。(苦笑)

そう、私達は、その時、その場所、その相手(達)に合わせて、自分の役割を選んでいいのです。

グループあるある③「役割分担しない人(又は役割を無視する人)」

例1 :先生じゃないのに、先生の役割を担い、なぜか他人を助けようとする人。

他人を助ける前に自分を変えましょう。ほら、飛行機の緊急時の救命案内でもありますよね?「まず自分が酸素マスクをしてから子どもや自分でつけられない人につけましょう」って注意。まさにあれ。

あれを最初にみたとき「あ、そうだよね、なるほど。ふむ。だって、自分が死にかけたら、周りを助けるどころじゃなくなっちゃうもんね」と妙に納得した10代の私が懐かしい。(笑)

解決法:ここはどこで、自分は誰なのか、はっきり意識しましょう。専門のこと以外はやらないくらいのつもりで。親切心も本人が問題の解決をしなければ、過保護以外のなにものでもない。

アレクサンダーのグループクラスに来ておいて、自分のからだを意識するどころか、腰痛を訴える隣の人に、自分の知っている整体やカイロの先生を紹介することに夢中になる人々…。

自分たちだけで解決しないから専門家がいるという事実をお忘れなく。

例2:当事者のはずが「傍観者」になっている『お客様』然とした方々。

俳優のための実技クラスに来ておいて、なぜか稽古着も適切でなく、汗をかくことを嫌がり、腕組したり、ノートとるだけの見学する態でいる謎な存在…。だいたい体重が後ろにいっていて、頭が後ろに引かれている(笑)そんな引いてて、あなたは「傍観者」なのですか?!記録取る係なの?!座ってる時間、長すぎ!

怒。

解決法:やるしかない。(笑)!やらせるしかない!(笑) 実践あるのみ!を納得し、納得させましょう。

例3:学んでいるのは仮の姿。

実は…「自分の正当性を証明したい!」方々「褒められたい」だけの方々。

一種の攻撃、ですよね。今までと違う教え方の先生のところ、慣れていない流派の教室や新しいタイプのクラスに来ておいて「それは違う!」とか「違うやり方もある」「もっといいやり方があるんですよ~」とか「こういう考えもあるけど…」「○○先生(別人)が言ってたけど~」などと熱心を装って(?)いちいち指摘する方。それなら来なくていいのに…(苦笑)

先生のフリもお客様然も過剰な防衛も…

一体なにをしにきてしまったんだろうか?(-_-;)

場面ごと、人間関係ごと、時間単位で役割は変わるのがフツーです。くれぐれも前日やさっきまでの居た場所、普段慣れている役割にこだわりすぎませんよーに。

軍曹は軍曹を捨ててから(笑)、師匠ズには会うようにしています。 おかげで別の役割もまたリフレッシュ。着替えるせいもあり、同じ人だと気づかれないことがあり、駅前で生徒に偶然あっても声もかけられず…(T_T)。チーン。

みなさん、私をみかけたら、ちゃんと名乗ってね。お願いしま~す♪

写真は某有名スタジオの招き猫の役割を果たす美女猫さま。🐈

 

観劇日記「オイディプス」-ルーマニア国立劇場@東京芸術劇場

先日はルーマニアの歴史あるルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場の来日公演「オイディプス」を拝見してきました。

http://www.geigeki.jp/performance/theater101/

全身で感じて、動いて、しゃべる、生き生きとしていて、迫力のある俳優たち。男女ともに、しなやかで屈強な肉体と伸びのある声の持ち主たち。

シンプルながら美しい美術、照明、簡潔ながらもストーリーが際立つ演出と独特の世界観の音楽と映像の融合、確かにとっても素晴らしいです。

…でも、私の個人的な観劇や鑑賞歴のせいかもしれませんが…モジモジ 汗 (;^ω^)

どことなく、クリスチャン・ボルタンスキーの美術作品(インスタレーション)と、

ヨーゼフ・ボイスの美術作品(インスタレーション)と、

イリア&エミリア・カバコフ夫妻の美術作品(インスタレーション)と、

とても似ているっ!似すぎ!

シンプルで線や色が際立つセットと肉肉した俳優たちと、明るい照明によって付けられる陰影と衣装の古典的なデザインと妖艶な色合いと、とにかくとても似ているのだ。そして使われていたビデオ映像も90年代に流行っていた多くのビデオ作品ととても似てる。こういうビデオ作品、ニューヨークでもロンドンでもベニスでも、90年代後半に世界中で流行っていたな。。。(^^;

とにかく作品全体がこれまでみてきた美術作品たちにとっても似ているのです。

東欧やロシアはお互いにもちろん影響し合って、美術史や演劇史をリードしてきたこともあり、影響力あるアバンギャルドなアーティストを生み出してきたこともあり、当然、、似たような美学や発想、アーティストの生まれ育った年代によっては特定の衝撃的なアーティストに強く影響を受けることもあるでしょう。照明や色調のせいかもしれませんが、物語の切り取り方や表現方法の選択基準が似ていると言ったらいいのでしょうか、さらにピナ・バウシュの作品にも似ているのです。(^^ゞ 女性の裸体や衣装のつかい方も似ているなぁ…。

…でそうなると、だったら、もっと近い距離でギャラリー内でカバコフのインスタレーションに実際に歩いて入って、音も自分の耳で直接聞こえて疑似体験できた作品みたいに感じたいし…でも額縁舞台劇場ではそれは叶わず。(T_T)

そうなると、ボイスやボルタンスキーのように政治的な、宗教的な、民族的な主張があっても良いし…でも、それはあまり私には感じられず。(´;ω;`)

…と考えると、ピナ・バウシュのようにユーモアがあるかと言えば、無い…

会話劇なので、言葉もそれは美しく、みごとに明瞭に語られているのだが…どうも内臓の叫びというか、腹の底からの音は感じられない。

イギリスの劇団「Punchdrunk」のように、観劇する側が自分の意思で建物中を歩き回ってダンスも芝居も間近で体験する体験型の演劇だったらうまくいったのかもしれません。去年、ニューヨークで観た「Sleep No More」がシェイクスピアのマクベスを基にしながらも、俳優の吐息が聞こえる距離で共有できた感覚が本当に素晴らしかったことを思い出し、しばし…Kaoruちゃん、ホームシック。(苦笑)

さらにロンドンでも衝撃を受けた同じくPunchdrunkの「Sleep No More」ではWoyzeckやヒッチコックの世界が陰影共にジャンルの違う音楽やダンスもうまく取り込まれて、一貫して美しく使われていたことを思い出し…さらに…Kaoruちゃん、ホームシック。(笑)

う~む。

結果、今回の公演は…消化不良。。スミマセン。

独特の世界観、美的感性、哲学があっても、それを十分に全身で生に感じられなければ、つらいです。ましてや、ずっと座ったままの、ただでさえ、字幕を見続けなければならない会話劇の公演で…(T_T)

私の体調が優れなかったのか、判断基準が厳しすぎるのかもしれませんが、そんな感想でした。

ガクッ。。

 

 

 

 

 

虎の巻:初回「試験」や「オーディション」の目的を考えよう!

試験やオーディションの多い季節(?)になりました。

どうしよう!?緊張する!受かりたい!心配だな、なにするんだろう、いや、困ったな!ま、いいや、ありのままで!でも、どうしよう…など(笑)

永遠のテーマの一つと思います。

オーディションを受ける側から、はやウン十年(笑)、今はちらほらと養成所などで、ちょいと審査委員することもあるので、実践的なアドバイスをいたします。

①「試験」や「オーディション」の『目的』を考えよう!

この前提なしには、まともなコミュニケーションはおろか、言動がトンチンカンになる恐れがあります。面接で見当違いな受け答えをしたり、場合によっては願書におかしなことを書いてしまう恐れも!ひー!

課題の歌やセリフ、ダンスや特技など、事前にせっかく準備をするにしても『目的』が腹の底から了解できていないと、その「分かってない」感じ、出てしまうんですよ。 涙。

オーディションの名目で資金集めや別部署の人員をあさるなどの怪しいところはさておき、今回は養成所や劇団の入試やオーディション。(現場編は後日♪)

目的はズバリ!あなたがおおよそどんな人で、どこの誰で、今まで何してきて、これからどうなっていきたくて、今はどんなこと考えていて、どんなこと感じているのか、です。つまり「Who are you?」=どちらさまですか?

なので、「自分が誰で、どうなりたいのか」に合わない言動や様子はほぼマイナス、となります。矛盾しているのも×です。(^^;

審査員はほぼ初対面です。(知り合いもいるが 笑)それでもオーディションでは自分がどこの誰なのか、どこから来て、どこに行きたいのかを明かす必要があります。(文学的な意味だけではなく)

ですから、例えば、顔もみえないような髪型や服装は基本的に×。

みてもらいたいからオーディション来てるのに、顔や姿がみえないようにしている、って矛盾しているんですよぅ。

前髪や襟なども流行やファッションかもしれませんが、自分が「明らかになる」よう、「みてもらいたい」態でいることは大前提。

ましてや人前に出る仕事を希望しているのですから、多少緊張していても恥ずかしくても、出しましょう。出ていないものは評価の対象になりません。

これは声やうごきにも言えること。自信がないからと会場でちゃんと聞こえないような声では判断できません。それどころか、失礼。相手に聞こえない声でしゃべる=聞いてほしくないのか?とこちらは思ってます。うごきもうろ覚えだからとモジモジしていると、あなたが存在していることすら、みてもらえない可能性大。

出ていないものは、対象外!なのです。

隠すことに時間やエネルギーを割くのをやめましょう。

己を出すために、出したときに何を、どう出したいか。そのために練習や訓練を積みましょう。

それにね…

見えないように隠されてるものをみようとするって…

とっても疲れるんです!!!(笑)

審査員も人間です。(´;ω;`)

真剣にみているのに隠されてると、悲しい。

そして見づらい&聞きづらい=判断しづらい=疲れる=あまり好印象でない=

…こんな連鎖です。

どうかお気をつけください。

お疲れモードの方々にアルゼンチンでのケーキ画像を送ります💙

次回はより複雑な「現場編へ」かな?