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役と自分を重ねるー①想像と類推を味方につけて

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春の舞台やコンサートなど生徒さんの活躍が嬉しい、鍬田かおるです、演技コーチです。

やはり日ごろから準備していらっしゃる方々は、みんな本番で燃え尽きず、またチャンスが巡ってきたときに、何を、どこを使ったらいいのか、すごくわかっている気がします。

そして、なんと!アレクサンダーテクニークの実は20年目の指導歴を迎えます。何か記念にできたらなぁとワクワクしてます。リクエストある方は教えてくださいね。

さて、演技のお話し。

本日は、役人物と自分と重ねると言う点についてお話しします。

時々、勘違いというか、幅広く誤解されているようなのですが、せっかく作家が書いてくれた役の人物を自分に近づけてしまうよりも、キャスティングされたからには何かあるはずで、そこを信じて、ご自身の中をよーくよーく覗いてみて、重なる部分を探すのが良いアイディアと思います。

重なる部分、です。似ている部分とは限りません。ここで類推が役に立ちます。

これは私だけの考えではなく、世界中のあちこちで言われている事でもあります。

とは言え、役も作家も他人ですから、よくわからない部分もあり、また自分の現状を考えるに、あまり想像のつかない部分も出てくると思います。

 

■そのための準備

日ごろから、感情が動いて、また、思考が働いて、自分が何か評価、判断、形容詞で描写したくなったときに、属性や環境を置き換えてみる練習です。

例えば、乗り物で移動していて、外の風景を見たとき

「あー、木々が青々としていてきれいだなぁ…日本はいいなぁ」とすがすがしく、嬉しく感じて、このような文章がちょろっと浮かんだとする。

そこで、もしここが、中国の何とか省だったとする。私は果たして、同じことを思うだろうか。もしインドの山奥を旅していたとして、同じように感じ、インドはいいなぁと思うだろうか。

同じく…

例えば、駅やお店などで並んでいて、中年のどなたかが割り込んできたとする。

「あら、嫌だなぁ。こっちだって急いでるのに、何なんだろう」と苦々しい思いで、少々腹が立ち、しかし仕方がないと、めんどくさくなったとする。

もし、あなたが、ヨーロッパのどこかの国にいて、通勤中だったとしたら、同じように思うだろうか。

もし、相手がご高齢の方や怪我をされていると外から見える方であったら、許すのだろうか、何歳までの子供だったら、自分もかつてそうであったとか、ほほえましく感じるのか、または親はどこいったなどと憤慨するのか。

似たような考え方で…

例えば、あなたの最近、新しく知り合った友達が、待ち合わせに2回連続して遅れてきたとする。

「あら、何かあったのかなあ、心配だなぁ」で済むのか。それとも、「この人の予定を優先するのはやめよう」と密かに決断するのか。

そして、もし性別や人種や出身地が違ったり、職業が違ったりしても、あなたは同じようにお相手を許し、いつまでも気にせず、次も会おうと思うだろうか。

こういったご自身との対話が非常に役立つと考えます。

無意識で性別や国籍、年齢や職業を置き換えている方もいらっしゃると思います。良いですね。時代背景や宗教もお試しください。

 

■役の準備段階

それでは、台本を最初の数回読んだときに、自分が感じたことのメモを見てみましょう。

メモを見てみましょう。

⬆️のように、職業や年齢、人種や出身地、場所や、時間帯なども置き換えて想像してみてください。違和感を感じますか?

何か共通してるところがあると思いますか。

自分の反応は妥当なものであった、または論理的に筋道の通った、矛盾の少ないものであったとを感じますか。

もちろん私たちは人間ですので、自分のこれまでの経験や知識に、そして現在、自分が置かれている状況や、過去の出来事や、それこそ、未来への展望にも影響されて解釈します。

そのことの良し悪しよりも、私が活用したらいいと思うのは、こういった置換で、重なる部分を探すことです。

 

つまり、直接的な職業が同じであるとか、年齢が近いとか、家族構成が似ているとか、そういったことばかりだけではなく、状況に対してどんな音をするのか、気持ちの変化や、物事の意味付けに自分でもありえた、もしくはあり得るかもしれないなと想像できるところがないかをチェックすると言う意味です。

実際の私とは異なっているが、私が、もしこの国に生まれていて、その時代を生きていたとしたら…

私が、もしこういった生い立ちで、似たような経済状況だったとしたら…

私が、もしこのような相手に、こういった口調で、この文脈でこのようなことを言われたら…

万が一、この時代に生まれていて、いまとは異なる性別で、●●歳だったら…?

 

私と役は、全く異なる生い立ち「にもかかわらず」、(例えば)順序や礼儀を重んじるところがある、と言うのはいかがでしょうか?

私と役は、受けた教育も、家族構成も全く違う「にもかかわらず」、(例えば)「褒められるとついその気になってしまうところがある」または「おだてに弱い」と言うのはどうですか?

今回の役の人物は、私がなぜキャスティングされたのかピンとこなかった(かのように)感じたが、よーく心の底/頭の中をのぞいてみると

「時間に関連したことには非常に敏感で」であるとか「肌の感覚がよく、チクチクした素材が苦手」であるとか、それこそ「どうしてもスッキリしたくて、深爪気味」であるとか…

身体のことはもちろん

声や目線、動きのリズムやテンポ

親子関係や上下関係への意識や優先度

気になる順番、例えば、何かをみたときに、色から形なのか、大きさから重さなのか、はたまた明暗や距離なのか…

など、大量にあります。

 

何かを言われたときに、連想してしまうつながりの傾向や、ついつい引っ張ってくる比較対象の似たところ

そして、なんといっても喜怒哀楽に代表される感情の癖、本人が(無意識かもしれないが)好んでいる気持ち、長い時間いる身体の状態等….

着目するところは、ホントにたくさんあるからこそ、面白く、役は他人と言えどもと思います。

 

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意外な視点も嬉しい一冊です。

 

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