演劇あるある!「自然」を勘違い

自然・・・

なんとも響きの良い、快適そうな、清潔そうな、安全そうな、

心地よい言葉。

しかし、劇、芸術、音楽、ダンス…

「自然の法則」にはのとっているかもしれませんが、

そして歌いたい、踊りたい、演じたい、共感したいなどの衝動は自然ですが、

人間がつくるものですから(w笑)

自然のもの、ではありませんよね?💦

劇って、そもそも、どういうルーツ(根っこ)なんでしょうか?

なんとなく「祭礼」やら「儀式」やら「ギリシャ劇」のイメージがあるかとは思いますが、

一般的に誤用されているように

自然=習慣的(自分にとって親しみのある、慣れている感覚のある、楽な範囲の、目新しくない)という意味ではありませ~ん!

「自然な演技をしたくて~」とつぶやいた時、

ちょいと胸に手をあてて(古い?)、自問自答してみましょう。

それは、一体どういう意味で言ってるのか?

と。

「いつも通りの」、「知っている範囲の」、「楽にできる方法で」

という意味ですか?😠

「自然がいいよね」とうっかり口にしたとき(笑)

誰にとっての「自然」かな?とちょいと考えてみましょうか?

まさか…

あなたにとって「だけ」の「自然」じゃないですよ…ね….? ^^;

🐈🐈🐈

例えば、劇や歌における感情の動きやそれが故の行動についても…

「自然かどうか」の自然を「自分にとって慣れていて容易に想像しうる、または自分にとっては共感や同調しやすい」という意味で定義してしまうと…

あるある!

な状況ばかり描くことになり、またいまゆるマジョリティーのみを相手に、数の原理で断罪および文学批判してしまうことになりやすくないですか?

「自然じゃない!」と俳優や演出家が個人的な事情や習慣との比較で決めてしまうと、

よく知らない人々、周囲にいない方々、異なった応答をする環境の方、異文化の事情など

「不自然」!ということになってしまう。

道徳や倫理の強制にもつながりやすいです。

これ、もったいないです。

本日のご紹介は古典😊

ルーツがヒントになることを願いマス~

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