分かれば「できる」?!かな?!

アレクサンダー・テクニークでも、ラバンでも、さまざまなエクササイズでも、はたまた戯曲読解でも…

多くの人がつまづいちゃうところは、

・理屈を「分かって」から、練習したい。

・仕組みが「分かれば」できるようになるのでは?!

と淡い期待♥

しかーし!

その甘い想い(笑)は打ち砕かれる⚡

なぜなら、

できないから「分からない」ことも「分からない」のです!

悲しい哉。。。

ツライ例① 鼻声になっている!と指摘されて….

当然、(ほとんどの方は)みな真面目なので、

「どうして鼻声になっちゃうんだろう?」😢「え!嫌だな!鼻声って何だろ?!早く変えたい」

と「考えて」しまう。

悪気はなくとも、「どうして?」と「何だろう(半ば本質的に哲学的に)」を考えてしまう傾向、強いです。💦

あのね、そこは…あまり長時間、深-く考えなくていいです。

逆に、しっかり考えて欲しいのは、

「どうやったら(方法)解決できるか」、「どのようにして防ぐか、変えるか(手段)」

のところ☆

変えるための「方法」の具体的な吟味が大事♥

実際に変化を起こすのは「手段」です❣

しかし、学校などでは、そこは先生が教えてくれたり、先輩の真似をすればいい、というような風潮が未だ強いので、つい自分で考えない癖がついている方が多いです。イカンね、基礎学力!😡

🐥🐥🐥

ツライ例② 肩に力入ってるよ!不自然だよ!とダメ出しされて…

もちろん、わざとやっているヒトはほぼ居ないので💦

ほとんどのマトモな方は、学校や家庭や現場で多くの方がやってきたように、これまでやってきたように、

「え~、おかしいなあ、やってる『つもり』ないのになぁ…」

と反省しつつ、しょんぼりしつつ😞

それでも尚、

「癖かなぁ…ダメだなぁ…気を付けよう!」、「よし、気を付けよう」

と前向きに(苦笑)

ただ「心を入れ替えて」しまふ。。。。。

役立たずぅ~‼

😢😢😢

心、入れ替えなくていいです。

理由も考えなくていい。

理由分かったら、何か変わるの?

理由分からなかったら、何も変えないのですか?

だって、変えたいのは、「今」。

少しでも早く、変えたい。解決したい。

そうそう!

解決するための「方法」を考えて、「工夫」して、繰り返し「実行」して欲しいのだ。

すでにやっていることの原因や理由を探して欲しいわけじゃない。

だって、それ….

要らないんですよね?

極端な例ですけど、

ゴミ捨てるとき、捨てる理由を考えます?ゴミがゴミである理由や、ゴミをゴミたらしめている原因…どうして要らないのか、いつから要らないのか、なぜ要らないのか、何と比べてどのように要らないのか、じゃ、何だったら要るのか….

苦笑 (-_-;)💦

だって、要らないこと、役に立っていないことは、もう決まっているのですよね?

じゃあ、どうして、改めて、繰り返しそこをほじくる?!

建設的な問題解決をお願いします~

ちゃん、ちゃん。

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