オカシナ演劇:①「クサい」演技のなぜ

辛口カレー🍛部 Kaoruです。リクエストにお応えして?!

巷にはびこるオカシナ演劇・演技について 解剖してみたいと思いマス。

今日はその①:演技がクサいのはなぜだろう。

うちのオカン(素人)曰く、

「わざとらしいのよ!」😠

ははは 苦笑 💦

そうです「わざとらしい」のです。

いかにも、という感じ。笑

では、「わざとらしい」とは何か。

意図が見えすぎている。決まった結果を予期しての言動が目立つ。新しくない。誇張してる(おおげさ)。

主にこのような点ではないでしょうか。

ですので、

①意図をみせようとせず

意図を②説明しようとせず

結果(台本の展開など)が分かってはいるのだが、③予期しているかのように動かずしゃべらず、

古くなく、

誇張(おおげさ)せずにやればいい、

ということになります。

爆笑!🐵

この①「みせようとしない」のが曲者。

だって、私たちはみせたい。理解してもらいたい、ストーリーを、状況を、関係性を!お客さんにみせたい、分かってもらいたいのだ!

つまり「みせようとがんばらなくても『伝わる』であろう」間接的な方法を編み出す必要があるということです。

実際に私たち人間が出来事の「渦中にいて」、いろいろと体験しているときに、それをわざわざ他者向けにみせてやろうというヒトは(ほぼ)いません。

どちらかというと「隠そう」とするけど、ついチョイ漏れ出ちゃう、という仕組みですよね?

=ということは、隠そうとしても漏れ出るくらい「満ち満ちている」状態でいる時間が劇中では長いはず、のことが多いのです。感情も思考もせめぎあい。

(往々にして)当事者は「説明したくない、みせてくない、誇張したくない」はずなのです!!!

☆☆☆

次の②「説明しない」のも、一般的な考えだけだとチョイむつかしい。。💦

私たちは分かってもらえるか不安なとき、説明したくなるから。

つい言葉をつくして、形で示したい。

人間関係やテーマが理解してもらえるか、視点や意見が受け入れてもらえるか心配なとき、なんとか「説明して」、解決したつもりになりたい、から。(しかも、実際に解決しているか、ではない)

すなわち「分かってもらえてるつもり」も「解決しているつもり」も諦める必要があるのね~。

そう、自分が感じたいことを(半ば)諦める。

わざわざ劇作に書いて、公演にしておいてナンですが💦 「諦める」ってこと。

言い換えれば、主義主張に直接的に「しがみつかない」。

観客が想像したり連想したり自分で考えたりする「余地」を残していく。

この「余地」で疑似体験や共感や感覚的体験の共有が行われたい、音楽やダンスのように。

=信頼が要りますね、いろんな意味で。。。(-_-;)

🌸🌸🌸

③「予期しているかのようには動かず、しゃべらず」では、一般の人間たちと同じようにその瞬間瞬間ごとに「感じて」「考えて」、「決断して」「意思表示して」そして行動していく、という丁寧(かつ早い)取り組みが大切😊

この「応答」のプロセスをはしょるとオカシナことになっていきますね……………

このためのエクササイズやトレーニングは昔からたくさん世界各地にあります。(皆さん一緒にやりましょう!)

🐶🐶🐶

④の「古くなく」は☝の延長ですから、刺激と反応のプロセスを「生きた人間」の仕組みに則ってやればいい。(と言うのはカンタン 笑 )

これも、たくさん練習する方法はあるので、基本的には大丈夫✌

🐈🐈🐈

最後の関門!

次の⑤「誇張(おおげさ)せずにやればいい」はどうですか?

①意図をみせようとしないために「間接的な方法」を工夫して編み出し(演出含む)、②説明しようとせず、自分の主義主張に直接的に「しがみつかない」で観客が想像したり自分で考えたりする「余地」を残して信頼し、劇構造に沿って人間たちの様子を実際にフィクションの世界で(疑似)体験していく….。

結果(段取りや結末)が分かってはいるのだが、③予期しているかのように動かずしゃべらず、

人間のやっていることを丁寧に「感じて」「考えて」、動いて、行動に起こしていって、目の前の相手と交流していく。

素晴らしい!✨

ここまでで、かなり「生き生きとした」人間らしい様子になっていると思います。

そして

古くなく、刺激と反応のプロセスを「生きた人間」の仕組みに則って選んで行く「過程」で俳優や演出家の「選んでいる」及び「選ばなかった」選択肢が浮かび上がってくるから、個性が出るんですよね~

うん、うん、ここまで好調☆ 😊

で、

最後の

⑤誇張(おおげさ)せずにやればいい

で、つまづいてしまう。多くの方々が。

ここまで出来ているのに、なぜ?!😭

………..①~④のプロセスを真剣に、ていねいに、繰り返し、ちゃんと練習してきて…

それを誇張せずに、おおげさにならないよう、アピールしない自制心が!!!

ありますか?!

苦笑

そう、本番なんてもっと興奮するけど、そこでも忘れず「自制心」。

特殊技能をアピールしない。練習の成果をみせびらかさない。リハーサルの努力をにじませない。がんばりを主張しない。仕事のためのスキルを軽々とやってみせる。

そういう謙虚さ、腹の底からの自分がやってきた積み重ねへの信頼。

そして他人の想像や考えへの「余地」と想像への信頼。

そう、ちょい人間不信だったり、日ごろの練習が甘かったり、

リハーサルの過程に自信がないと(苦笑)

コテコテに説明しちゃうよね~

演技でやってなくても、例えば

「無駄に分厚いパンフレット」💦

みればホントは分かるはずの人間関係図や教科書的な歴史的背景のスライドやテストのような図解 😿

これでもか!の文字情報!紙芝居か?!とツッコミたい時、ある。。

テロップ出たり、音楽で盛り立てて強調したり、装置で説明したり、飾ることばかり…

「感じてもらう」ことが目的だったはずが、

もうね~~~~~

しつこい!🍛 😠

「観客の知性や想像力を信頼していない感」、満載でございます。

だから、がっかりしちゃうんだな~

なんだかバカにされたような….自分に能力がまるでないみたいな….

そう。

クサい芝居は「がっかり」😢

がんばりに我慢に、自慢にひけらかしに、説明に強調に啓蒙に….とかく暑苦しい。

説明されたくないから💦

演劇で「実際に目の前でやっている当事者達」を目撃しに来たのに…

本末転倒です。。

🐤

みなさまの取り組みのヒントになれば幸いです。

11月の各クラスも引き続き参加者募集中です。

「生き生きとした」、本当に人間らしい、素晴らしい演技と演劇的体験のために♥

お待ちしていま~す♪

歌手、ミュージカル、ダンサーの方も参加OKですよ!

ご自身の課題や目標とともにご相談ください。

本日のお写真は説明いらずな「ウイーンの某:麗しい博物館」❤

ここから作家や画家や作曲家たちはインスピレーションを間接的にもらったんですね~

 

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