やめてみて、初めて感じ、分かること。

特定の感覚を感じるためにやっていること」をやめてみよう😊

今日のお題はこれ~

一般的な感覚からすると、

音楽やダンスや演劇の上達に「減らす」という考え方は、

最初は変に思えるかもしれません💦

多くの場合、学校でも部活でも習い事でも、多くは「足す」から教わりますね?

そのステップはこうだよ、とか。この音はこうやって出しなさい、など…

もっと練習しなさい」!との指示も (笑)…

🐕🐕🐕

しかし、多くの方が「ある程度のがんばり」をもってしても、頭打ちになっていて上達が遅い場合、そして客観的にみても「がんばっている」にも関わらず、イマイチ伸び悩んでいるとき、また健康を害さないとパフォーマンスが続けられない場合……

「すでにやっていること」

に問題があることが⚡多いです。

🐶

例えば、

・「ちゃんと立っている!」と実感したいがために「つっぱり過ぎている脚」

・「ここ大事なんだ!(歌詞やセリフや所作)」を実感するために入れている「喉や首の力」

・「やってるぞ!」感を味わうために入れすぎている「ムダな緊張の癖」

・「うまくやろうとしているよ!」を感じるために「構えている」腕や手………..

よくある一般的で善良な(一種まともな)動機なのですが、

「うまくいかない原因」を自分で作ってますわ。

😢

じゃ、どうしよう?!

ステップ1:自分がやっていることを変えずに、まず観察してみましょう。

ステップ2:「ちゃんと」、「大事」、「やってる(達成)」、「うまく」などの意味を検証しましょう。

*何のための「ちゃんと」であり、何の目的で「大事」があって、どういう風に「やってる(達成)」をしたくて、

**実際に「うまく」とはどういう意味であり、どういう現象であり、『行為』なのか…???

ステップ3:要らない反応、減らしてみてください。意図せずに習慣で足しちゃってる動き、減らしてみて?

=アレクサンダー・テクニークの第一歩、「防ぐ」「保留」ね、出てきましたよ!

ほら、カンタン!

🐑🐑🐑🐑

やめてみると……

・「ちゃんと立っている!」と実感している間は、相手や周囲を十分に感じられないこと

・「ここ大事なんだ!(歌詞やセリフや所作)」を実感するために入れている「喉や首の力」がない方が、実際にはうまく喋れ/歌え 、動き易いこと

・「やってるぞ!」感を味わうために入れすぎている「ムダな緊張の癖」は残念ながら、独りよがりの一種の自意識過剰であり、より鈍感さを促進していたこと

・「うまくやろうとしているよ!」を感じるために「構えている」腕や手のおかげで、実際、自分は筋肉の緊張と弛緩のバランスを調節していないから、意図していたことと違う結果を招いていたこと

などが、分かってくるさ。

✨✨✨

番外(?)編:

① Kaoruの家では最近、やわらか箱ティッシュが切れました。。お肌に優しいやわらかくん。なくなってみると、どれだけ自分がティッシュつかっていたか(^^ゞ

改めて「感じ」ますね~

どれだけ使っていたか(余計な力、ムダな緊張、構えなど)を見直すのも、これに似ています。

今日の一句:「やめてみて、初めて気づく、頻繁さ。」

②かつて各部屋にあったテレビを処分して、はや5年になります。

いざ、テレビがなくなってみると、今までニュースでもドラマでも、なんとなくつけてみていた時間があったことに気づきます。

し、静かだ~!!!笑

と最初の数日はやけに静かに感じたのを覚えています。

しかし、音楽やラジオを聴く時間も、本を読む時間が当然ふえました。嬉しい♥

もともとそれほどテレビ好きではなかったのですが(特定の番組以外)、一切みなくなると、たった1~2時間、週に2~3回でも、あまり意思決定をせず、「どれくらい」みたいどうかも吟味しないで、週に数時間+もつかっていたことに気づきます。

今日の二句目:「消してみて、初めて聞こえる、鳥の声」

🐦🐦🐦

みなさまも、減らせるもの、減らしてみてくださいね~!余力が生まれますよ~😊それを表現の内容へ、活動の質へつなげましょう♪

 

 

 

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