「全然リアリティーがない」、「…ちょっと…入れないな」
こんな時に確認してほしい、「自分ごと」についてです。
演技が動かないのは、台本を“自分ごと”として読めていないから
「もっとリアルに」とか
「もっと真に迫って」と言われても…
ちょっと困ってしまったこと、ありませんか。
状況は把握できていて、イメージもあるのに、なぜか演技が動かない。
相手とやり取りしている感じが薄い。
見ている側にも、何かが起きている感じが届きにくい。
こういう時、足りないのは根性でも感情の量でもありません。
多くの場合、足りていないのは、台本を自分ごととして引き受ける読み方です。
ここが抜けたまま読むと、言葉は並んでいても、演技の中で本当に起きていることが立ち上がりません。
にもかかわらず、つい何度も台本ばかりを読み返してしまう。
こうやってループにはまっていきます。
台本を読んでいるのに、なぜ演技が止まるのか
台本を読む時、内容を理解すること自体はもちろん大事です。
でも、演じるための読解では、それだけでは足りません。
出来事が書いてある。
関係性も書いてある。
セリフの意味もわかる。
そこまでは読めていても、
それが今この瞬間、自分にとって何なのか。
相手に対して何をしたいのか。
この場をどう変えたいのか。
ここまで引き受けられていないと、読解は演技に変わりません。
つまり、台本がまだ「情報」のままなんです。
そう、一つ一つの意味は間違ってはいないが、捉え方が、まるで国語です。
情報のままだと、演技の中で起きるのは説明です。
でも、伝わって欲しいのは、出来事と、その背景、いわば個人的な事情です。
お間違い、わかりますか。
“わかっている”のに動けない俳優が多い理由
経験を積んできた俳優ほど、ここで止まりやすいことがあります。
なぜかというと、台本について考える習慣はあるからです。
そして、セリフを入れたり、段取りを覚えるすべは身に付いている。
そして、イメージしたり、考えてたりはしている分、自分ではやっているつもりにもなりやすい。
でも実際には、
私は傷ついている。
私は裏切られた。
私は悲しい。
私は不安だ。
こうやって「自分の状態」だけで、つい止まっていることが少なくありません。
もちろん、こういう把握は必要です。
でも、シーンを展開させるのに必要なのは、相手に対して何をするのかです。
引き止めたいのか。それは何のため?
責めたいのか。いつまでに?
認めさせたいのか。さもなければ?
黙らせたいのか。その後どうするつもり?
許してほしいのか。「今、ここで」なくてはいけない理由は?
この行動まで入って初めて、シーンが前に進みます。
実際私たちは、期待していることと、全く想像もしていなかったことの間で、このように選択をしてはいませんか?
また、その時は、半分無意識のような感覚であっても、後で振り返ると、やっぱり何かを期待していたとか、予期していたのとか、御膳立てしていたなというケースもあるかもしれません。
さて、フィクションの世界ですが
当事者性とは、感情移入のことではない
ここで次に、誤解されやすいのが、
当事者性イコール感情移入だという考え方。
でも、そうではありません。
当事者性とは、ただ気持ちを強く感じることではなく、この状況を自分が引き受けている状態です。
言い換えると、
起きていることを人ごとにしない。
外からの説明で済ませない。
相手のせいだけにしない。
場を動かす責任を持つ。
ということです。
たとえば、相手が冷たい。
相手が裏切った。
相手が自分を見てくれない。
こういう読み方だけをしていると、演技は受け身になります。
ちょっと被害者ポジション、に近いかもしれません。
でも当事者性があると、
それでも自分はどう出るのか。
何を変えようとしているのか。
…にもかかわらず、今ここで何を選ぶのか、へつながります。
大げさに言えば、「何を賭けて」その一言を言うのか。
というところまで入っていきます。
ここが入ると、同じセリフでも急に密度が変わります。
当然、表情も変わり、「動く」必要も湧いてきます。
先に気持ちがあるのではないです。
自分ごとで文章から、実際の眩しさや暖かさ、息遣いや相手の声、目の輝きや自分の震える手を想像して動いてみた結果、
「気持ちが変わって」いくのです。
国語の読解と、演じるための読解は違う
ここはとても大事です。
国語の読解では、何が書いてあるか、登場人物がどう思っているか、場面の意味は何かを整理します。
でも、演じるための読解では、それに加えて、
その情報を使って、何をするか。
どこで押すか。
どこで引くか。
どこで関係が変わるか。
何を賭けているか。
を見ていく必要があります。
つまり、読解はゴールではありません。
演技の設計図に変わっていなければいけないのです。
ここが抜けると、読んでいるのに演技が浅く見える。
考えているのに、毎回似たような芝居になる。
気持ちはあるのに、相手とのやり取りが生まれない。
「もっと一緒にやって」、「ちゃんと絡んでない」「悪くないけど、ちょっと違う」
このようなコメントをもらうこともしばしば…。
“自分ごと”として読むために必要な3つの視点
1 これは今の自分(役)にとって何なのか
ただ出来事を把握するのではなく、その出来事が自分にとってどれほど切実なのかを見ることです。
失恋した、ではなく、この相手を失うと「何が」崩れるのか。
叱られた、ではなく、この一言で自分の「何が」脅かされるのか。
ここが曖昧だと、セリフの重みや必然性、動きに固有の事情が出ません。
注意してください。
決して、「どのように」では無いのです。
ここが、腕の見せ所。
個人的な意味を伴わせる部分です。
2 相手に対して「何を」したいのか
演技は、気持ちの展示ではなく、相手への働きかけです。
わかってほしい。
止めたい。
逃がしたくない。
謝らせたい。
信じさせたい。
この矢印が見えてくると、言葉が行動になります。
その次に、じゃあそれは「何のため」なのかと一段深くなっていけます。
楽しくなってきますよね。
スリルもある、想像の甲斐があったというものです。
再びですが、
注意してください!決して、「どのように」では無いのです。
3 この場で何が変わらなければならないのか
シーンには、変化の必要があります。
何も変わらないなら、わざわざその場面をやる意味が薄くなるからです。
だからこそ、この場面で自分は何を変えに来ているのか。
相手との距離か。
力関係か。
空気か。
自分の立場か。
そこを見失わないことが大切です。
しかも、ただそれが変わるだけじゃなくて、「何の意味」があるのか、本人にとっての意味の可能性を掘ってみてください。
当事者性が入ると、何が変わるのか
当事者性が入ると、まず目の動き、呼吸、そしてセリフが変わります。
きれいに言うとか、流暢で整っていることより、その世界で、
いわば「影響力がある」ことが優先される。
感情を整えて見せることより、相手に作用することが優先される。
結果として、リアリティのある演技、説得力のある存在近づいていきます。
受け取る側からすれば、それが「ありありとしていて」「信じられる」瞬間につながっています。
また、相手役との関係も変わります。
台本の中の相手を、ただの受け手として扱わなくなるからです。
この相手だからこそ、自分はこう出る。
この相手の反応によって、自分も変わる。
そうなると、やり取りが生まれます。
一方通行では無いのです。
何より、観客にとって「見ている意味のある時間」になります。
ただセリフが進んでいくのではなく、この人はいま本気で何かを変えようとしている。
その切実さが見えてくるからです。
だからこそ、一緒に怒ったり笑ったり、ときには反感を持ちながら、ときには疑問を持ちながら、ついつい気になってみてしまうのです。
この仕組み、映像でも舞台でも、記憶にありますよね。
素晴らしいスピーチやコンサートにも似たような作用があります。
ずっと伸び悩んでいる俳優や歌手ほど、ここを見直したい
ある程度やってきた俳優ほど、
読んでいるつもり。
考えているつもり。
感じているつもり。
になりやすいところがあります。
でも、その先で頭打ちになるかどうかは、
どれだけ情報を増やしたかではなく、どこまで当事者として引き受けたかで分かれます。
再びになりますが
「どのような気持ち」とか「どんな様子で」を、いくら膨らましても、深まってはいかないのです。
これは、私の独自な理論ではなく、私の先生方もそうですし、欧米の数々の巨匠たちも、この切り口の重要性を強調しています。
実際、映像、舞台にかかわらず、イギリスの演劇学校、アメリカのスタジオでもこのような指導と解説です。
台本を読む時に、この人物はどう感じているか、だけで終わらず、だから何をするのか、それは自分にとってどれほどのことなのか、まで踏み込めるようになると、演技は確実に変わり始めます。
台本を読んでいるのに変わらないなら、読み方を見直した方がいい
演技を変えたいなら、まず見直したいのは、感情の出し方より先に、台本をどこまで自分ごととして読めているかです。
今の自分に何が必要かを整理したい方は、こちらをご覧ください。
クラス選びのご相談も、受付中です。
初めてご相談される方は、自己紹介のほか、ご自身のプロフィールや活動の様子、近況などもお知らせください。
4月の少人数制グループクラス及びオンライン講座の全体像
台本は読んだのに動けない俳優へ|4月の各種演技クラス・個人レッスンのご案内
当事者性とは、自分の気持ちに浸ることではありません。
影響与え、影響受ける、この双方向の交流のことです。
演技は、感情の発散や説明ではなく「行動」です。
この前提が整理されるだけで、セリフの扱い方も、台本の読み方も、準備の順番もかなり変わります。
もしこれまで、もっと感じなければ、もっと深く入らなければ、と思い続けてきたなら、次は少し違う角度から見直してみてください。
その見直しは、きちんとやってきた俳優ほど効いていきます。
もっと活躍しましょう。
この記事を書いた、講師プロフィール 鍬田かおる
指導歴20年以上。桐朋学園芸術短期大学演劇科、新国立劇場演劇研修所・オペラ研修所、劇団青年座研究所などで長年指導。
ロンドン大学ゴールドスミス校卒。Royal Central School of Speech and Drama 修士課程ムーヴメント科修了。
イギリスSTAT認定アレクサンダー・テクニーク教師。日本演出者協会会員。
俳優や歌手の技術と身体の理解を統合し、現場で使える“交流のある演技”へ導く専門家。大学や映画スクールの講師を務める傍ら、個人レッスンで一人ひとりの強みを伸ばし、基礎力からアップさせる本格的なプロのトレーニングを中心に活動しています。
小学生から中堅、そして芸能の舞台や映像で活躍する俳優や歌手の方のアクティングコーチであるだけでなく、プロを目指す若手の育成も務める。
IDC認定インティマシー・コーディネータ(ディレクター)として映画や舞台の現場も入ります。
これまで触れてきた演技のなんとかメソッドや、〇〇式に疑問を抱かれた方へ
あなたの違和感は、もしかすると「役」にとってのリアリティーではなかったからかもしれません。
また文化的にも、ヨーロッパで過ごした20代がある私、そしてバイリンガルである私が言うのもなんですが、日本を中心に活躍してらっしゃる方、日本語を母国語として多くの時間を過ごしてる方に向き不向きという傾向はある気がいたします。
物語、演技と言うものが、文化に根ざしている以上、やはり言語の壁もあり、また生活様式や基本的なコミュニケーションのスタイルが大きな誤解をむこともございます。これはクラシックバレエやオペラの輸入、様々な業種での変遷を見ても、お分かりいただける課題だと思います。。
不可思議な単発ワークショップやらの誇大広告に疑問を持たれた方、なんちゃらメソッドばかりのプロモーションに違和感を持たれた方、ご自分のせいだと責めないでくださいね。
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演技コーチ/ムーヴメント指導・演出・振付/IDC認定インティマシーディレクター/STAT認定アレクサンダー・テクニーク指導者/スピーチ&プレゼンテーションコーチングActing Coach/Movement Direction/IDC qualified Intimacy Director/STAT certified Alexander Technique teacher, mSTAT, Movement Teaching/Speech and Presentation Coaching




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