学ぶためのコツ①○○○に置き換える

職業柄でしょうか、学ぶための「コツ」を聞かれます。例えば、オーディション対策、俳優修業、演技のあれこれ、語学、読書、旅行の秘訣(笑)…

そのコツとやらを私なりに、その時のベストでいくつか提案するのですが、矛盾しているとも指摘されます。(自分でも時折ツッコみます)

なぜかと言うと、その道の

①プロが

②不特定多数を相手に

③特定水準以上のの成果を

④決められた時間内に

⑤繰り返し出したい

とき、そういった場面では、私を始め、多くのトレーニングを受けたプロは、専門家ならではの視点から、とある「過程」を思い描き、(仮)にいろんな設定してからスタートするからです。

科学の実験に似てるね😊

その「過程」は(実は)特殊な病やケガなどの場合を除き、構造にあまり個体差(笑)はないのですが、学ぶためのコツを聞く側(学び手)は自分はなんとなく無意識だったとしても、ちょいと「特別・個別の事情あり」という立場からスタートしがちなのも人情?でしょうか?

例えば、私はこういう生い立ちだから….

ボクは初心者なので…私には●●がないから….

俺たちはそんなことをやりたいんじゃなくて、もっと○○な方がいいんだ….

前に▲▲してダメだったから….□□さんには逆のこと言われたので……..

こういった「屈辱体験」、「恥体験」を避けるための前置きは無限にありますね、亜種も…

しかし・・・

多くの極めつつあるヒトたち(軍曹含む💦)はそのそれぞれの事情をかなり鑑みた上で、それでも尚、これまでの積み重ね(個人だけではなく学問や歴史など人類の叡智に基づいた)を経ての、現時点でのもっとも有益であろう学習のプロセスを提案します。

つまり

「過程」(で能力をつかい試行錯誤することが本質であり体験する進歩と共に数々の失敗や間違いすらも)自体が「学びそのもの」であることを知っています

ここが「誤解・フラストレーション・すれ違い」のもと、でしょうか。

失敗しない方法「なら」やりたい学習者(俳優/歌手/音楽家/ダンサーetc)と

多少失敗してでも「体験しなければつかない力」のためのプロセスを提案する専門家と

絶対に失敗を含まない学習なんて有り得ません。自分にとっての「失敗」と相手の思う「失敗」も違います。

そもそも「失敗」とは何のことなのか、ただ「慣れてない」という意味なのか、「恥」という気持ちを感じたら「失敗」なのか、相手にダメと言われたら「失敗」なのか…。

熟考を要するポイントです。

そしてその道の専門家ほど、あなたが慣れてて得意なことでお茶を濁している「コンフォート・ゾーン」からあなたを引っ張り出してくれます、きっと。(そこが腕の見せ所でもある 笑)

それがズバリ!であればあるほど(苦笑)自分の本来の目的が大切と理屈では納得していても、感情的には「屈辱」や「不満」にしがみついて逃げたり攻撃したくなる場面も当然あります。

ここで

今日のお題「屈辱」や「不満」の代わりに ○○○です。

○に入るカタカナ3つを当ててください😊

そうです。

結果が出る百戦錬磨の餅屋ほど、専門家の見識で、ピンポイントであなたの盲点をついて(くれ)ます★

自分の目(や耳)でみていることが今、課題をみえなくしているのですから(台本もそう)、他人の目や耳を借りることが賢いんですよね、実は💛

できることを確認していても、できなかったことができるようにはならないので

目的が重要であればあるほど、緊急であればあるほど、本人が(無意識かもしれないが)つかってない部分もつかうように、より能力発揮するように….

そう、まるで…

ポカポカ快適ヒトをダメにする布団💤からあなたを引っ張り出すお母さんのように(笑)👹

あなたをぬるま湯ゾーンから引っ張り出します 笑

失敗や間違いと(今の)自分が感じても、すぐに「屈辱」や「失望」やと解釈せず

今日のお題○○○の答え「そっか」

に置き換えてみてください。

その道の達人に間違いを指摘されたら「クソ!」「チッ」ではなく、とりあえず「そっか」です。

明らかに学習が進んでいれば、失敗体験も「ヤダ!恥ずかしい、隠したい!」ではなく「ああ、そっか~」です。

その場は気まずいかもしれませんが、とりあえず声に出して「そっか」と和んでみてください、お試しで。

専門家に試行錯誤のプロセスで失敗を咎められた(とあなたが感じた)としても、とりあえず「そっか」です。

相手はリスクをとって専門家ならではの立場から指摘をしています。

優秀であればあるほど嫌な予感が的中するでしょうが、とりあえず「そっか」と保留してみてください。

「そっか」、そういう風にみえるのか、「そっか」そう聞こえたのか、「そっか~」そういう意味に取られるのか、そういう可能性もあるな…..のように、気持ち半分くらいでいい💦

(犯罪や理不尽すぎる、論理的に破綻している悪意あるものはもちろん例外です)

学習のプロセスでぬくぬく布団から出ると心細いこともあるでしょうが、動き始めれば、そして動き続けていれば、自分が温まってくるよね😉

試行錯誤で間違いや失敗を「屈辱」とひねくれて解釈せず

「そっか」

と前へ進んでいきましょう

🎅🎄⛄

今、大事な週です。私が愛用するKindleも?!🎄クリスマスのお買い物にもサイバーマンデーのセール!ご利用ください、今日で終了です!

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年末年始クラスのご予約開始しました。今回は待望の、経験者対象クラスを2種です。中日が入る余裕あるスケジュールなので、ブランクあった方もどうぞ。

初めての方のためのラバン入門クラスは明後日12月水曜夜から3夜間あります。あと2名だけ滑り込みできるので、スケジュールに変更が出た方、おさらいしたい方、ご連絡ください。

F.M.アレクサンダー自身が繰り返し書いて教え、こだわっていたこと②指揮/指示

みなさん お寒い中、お疲れ様です。

さて、

10月のパート①で、シェイクスピア俳優でもあり舞台で活躍しながらテクニークを確立していったアレクサンダー自身が言っていたアレクサンダー・テクニークは「防ぐアート」というイントロダクションでした。

そうです!「防ぐ」という方法が最初に来る、

「防ぐ」という視点が(20世紀前半当時に)画期的な『学べる技術』だ、というお話でした。(アレクサンダー自身の著作の中では「防ぐ」ではなく(さらに強い意味で)「やめる」と言っている部分も多々あります)

そうです、学べる「防ぐ技術」なのです。

例えば楽器演奏や語学、スポーツや武術のように「学べる」んですよー。

見逃していた方はこちらからパート① お願いします

https://kaorukuwata.com/oninhibition

改めて、私も考えてみましたが、「防ぐ」って、かなり先端を行ってたんじゃないかな?

当時の(保守的な)通例ではない、ちょっと😲びっくりな発想だったと思います。

なにせ、産業革命にダーウィンに!科学的な実験方法が確立されて発見が進んだものの、まだまだ足す文化、部分的に直す考え方、今で言う「根性論」や「神秘主義」も混沌としていた時代に….💦

そして改めて、なぜ俳優だったアレクサンダーが「防ぐ」という私たちにはちょっと「断捨離」にも似た(笑)発想を持てたのかと、ちょっと考えてみました。

それは、F.M. アレクサンダーが「俳優」だった

からです。

🐈🐈🐈

演じるとき、もちろん上演のための解釈や意味、演出的な効果を狙って行動を肉付けして、質を伴わせて…といろいろ足していくけど、それは俳優自身(演出家も?)が自分の余計なクセや役立たないこだわり、不要な思い込みや作品と関係のない偏見やエゴを(!)引いた後に、

ですよね?(もしくは足し引きをほぼ同時に?)

例えば、

役の人物自身は長い時間座っている職業なので(運転手など)、立ち仕事をアルバイトにしている自分とは違って、ことある毎に座りたい!という感覚は湧かない。

ということは、いったん自分の習慣的に「座れるときに座っておきたい~」という座れる椅子やベンチをみたときの自分にとっては当たり前だけど、違う事情で暮らしているヒト(この場合の役)として行動するためには、自分の慣れている反応=「ただちに座りたい」を「保留」する必要があるね。

=ここ、「防ぐ」=引き算の部分。

そして次が、じゃあ、上の「防ぐ」をした後、より一人称で言動する演技を継続するには、どうするのか?

です、ここが本日のテーマの「指揮/指示」にあたります。

いま、ここで、なにを、「どうしたいのか?」という方向を

いま、ここで、なにを、「どこから、どこへ、どんな風に向けたいのか?という内容を

を問います。

そう。

勘が鋭い方はお分かりですね?😉

そそくさと💦演じ手側のいつもの習慣で、つい条件反射で無自覚に座らない「代わりに」

自分の「全体をつかって」、なにかするよね?

😊

つまり、「自分の事情」の代わりに、自分自身のライフスタイルや優先順位やいま欲しい感覚や願望があるのと同じように(おそらく、それ以上に「緊急」で)、役の人物自身にも「彼/彼女なりの事情」があり、その人呼吸のライフスタイルや優先順位やいま欲しい感覚や願望があるのだね。

その他人の事情の内容を入れましょうよ=「足し算」の部分

例えば、

・どこから来て、どこへ行きたいか?

・なにを、どうしたいのか?

・どのように身体のあちこちや声や思考や感覚をつかいたいのか?

そして、それらは「何のため(目的)」なのか?

ほ~ら、演技の骨組み、できあがり!

応用して、組み合わせれば、演技がさらに進んで行きますね👊

🐥🐥🐥

というわけで、今日も具体的、現実的、ズバリ!が信条の英国アレクサンダー・テクニーク教師協会会員、アレクサンダー・テク二―クの正規の指導者:鍬田(クワタ)かおるでした、ちゃん、ちゃん。

あ、もちろん演技コーチですので、ムーヴメント指導者、ムーヴメント演出もやりますよ。

12月は明瞭な感覚体験のための「ラバン入門」クラスを12月11日、12日、13日で三夜間で開催します。久しぶりにありがたいレインボースタジオ参宮橋での広々クラスなので、背の高い男性たちも(笑)おもいっきり動けます。初めての方も、久しぶりの方も、おさらいしたい方も、元気にお越しください。

お申込みフォームはこちら https://kaorukuwata.com/labaneffort2019Dec

今日のスポンサードリンクは珍しく、すらすらすぐに読める新書

今ではもう聞けない貴重な名優たちのインタビューも、現在もあちこちでおみかけする日本を代表する俳優たちの赤裸々トークも、愉快でありがたい限り。

春日太一さんの語り口も映画、俳優という生き方への尊敬が感じられて、私はとても好きです。

他人の靴の……

文字通りの意味で、「他人の靴を履く」機会に恵まれてきたKaoruです👡

そう

本日は本当に他人の靴を履いたお話から….

その昔、私のダンスシューズがレッスン中に壊れて(確か紐がちぎれたんだったかな?💦)、そこに居た同じサイズのM師匠の普段の靴(代わりに使えそうなスニーカータイプ)を借りたことがあります。

あれっ?

履いてみると、

サイズが一致するのは想像してましたし、ありがたかったのですが、立って歩いてみると

❢❢

ものすご~~~~~~~~~~く!足がラクッ😲

そんな衝撃の記憶がいまだに新鮮に思出せる事件です。

そう。

軽い、体重がいい具合に分散する。バランスがとりやすい。足指がラク。力を入れ易く、かつ調節しやすい!

「自分のクセがついてない靴って、こんなに快適なんだ!😲」

と目から鱗でした。

そして、裏をみるとその靴のメーカーはとある有名な高機能で世界に知られる専門シューズメーカー。

さらに、足は軽く、足裏や柔らかく、かかとはラクに、ふくらはぎもソフトに、ものすご~く膝までラクで、びっくりしたんです。

まさか!

しかし、このメーカーの靴を買い始めたこっそりな弟子は私です、あはは👱

そうか、激しく踊り明かしがちだから、日ごろはオシャレを気にするだけではなく、もっと足を労わらなければ!と学びました。

そして、なんとなく自分が👡靴におかしなクセをつけていることも(職業柄もあり)、なんとなくは意識していました。

………..そんなこんなを経ての昨今、

再び2019年も、今度は親しくしている友人Vがスーツケースに荷物が増え靴がもう入らない💦という理由で、ありがたく今回は高級ダンスシューズ(2メーカー別ブランド)をもらいまして…….

試してみました、2足とも!

😲😲

数年ぶりの驚きでした❢

歩きやすい!

体重移動がラクチン✨

足首が疲れない~、かかとをしっかり下せるっ

方向転換がスムース!

………ということは…

「『靴をつかって』、私は何をしているのだろうか?」

と考える。

つまり、

靴のせいではなく、靴に対して「自分がやっていること」、さらに靴の如何に関わらず(そこまで酷い靴を自分が履いている訳ではないから)それでも「自分がやっていること」が結果的に、イケてないんだな、と。

また学び、深まる。

もう1足も履いてレッスン行きましたが、

わぁ~、ラク~、快適~、軽い~、動きやすい~、安定する~💦

嬉しいけど….ちょっと……しょんぼり。😞

ああ…….

またこの靴たちに「私がどんな癖をつけるかを選ばなければ」、この靴たちも遅かれ早かれ、いつもの私の役立たない癖のついた、上達の邪魔になる癖が染みこんだ、イマイチになっていくのだ!

うっ。

そう、活かすも殺すも「つかい方」次第………..

責任は自分にあるのです……

この①他人の靴だからこそ味わえる開放感(つまりは自分の習慣からの一時的な解放)、

②比較の対象を自分に取り入れることで差異をはっきり感じる機会(自分より優れた人達の文字通り『足場』を借りたからこそ感じられる)、

の2つの組み合わせは名優ジョン・ギールグッドの言うフィクションの世界で他人を演じているときに得られる

「我を忘れる至福」

に似てますね。

いろんな意味で学びに活かします。

みなさんもアナロジー、してみてください、ぜひ。

🐾🐾🐾

あっ、Kindle倶楽部(笑)の皆さん、読書部(!)の仲間たちも、どうかアマゾンのセールをお忘れなく!明日で終わりですよ~

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本日の本命のおススメはこちら。

一度は読んでおきたい20世紀の(アジアではヨーロッパほどは注目されてない?)天才のひとり。
もう新しいスタイルや奇抜な実験はないんじゃないか、というくらい、爆発的なパワーがあった巨匠の名作です。私はロンドン大学時代の教授の研究対象でもあったので、実技も理論もみっちり厳しく指導されました………….。しかもその教授はポーランド語もできる筋金入りで、

ともあれ、演劇や演技、芸術に関わるからには、ぜひ。

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12月11日、12日、13日の三夜間は初めての方も歓迎のラバン入門クラスを開催します。天井高の快適なスタジオなので、この機会にお誘いあわせの上、ぜひどうぞ。最寄り駅からも近いので寒くないですよ♪クラス記事はこちら↓

https://kaorukuwata.com/labaneffort2019Dec

うっかりお申込み時に連絡先のメールアドレスのお間違いがあると返信が届かないので、ご確認くださいね。

 

私の好きな美しいひとたち①和のマエストロ

前回は直接的なお話でしたので、ルドルフ・ラバンを教えているからには(笑)今日は「間接的」なお話です。

私は「目の前で」、「いま、実際に動いている」、「(個人的なレベルまで落としてある)専門知識や特殊技能を基に」、「実演で活かす」、「能力発揮に余念がない」、「細部にも注意を払い」、「相手の苦痛を軽減し」、「他人を喜ばせることが好き」なひとたちがと~っても好き💓です、へへ。

ですから、昔から職人や専門家と呼ばれる職業の方々はもちろんタンドール窯🍗(笑)や実演販売に張り付いている子どもでした。

そんな子が大人になっても、いまだ外ではことある毎にカウンターやオープンキッチンのあるお店や個人のお家みたいなお店を近年、選ぶことがますます多い日々です🍛

なんだかな~💦

こう書くと、上にあげた条件がどうにも「演劇」の特徴っぽい…。

意図せず、というのが恐ろしいですが。

さて、

私がかつてちょこちょこ通っていた某東京の四谷のお店も例にもれず。

まずお店がとってもキレイ(清潔)だった、明るかった、特化してた(和食)、綺麗だった(ひかえめな美的感覚)

そして、

お食事の味はもちろんなのですが、マスター(大将?)の動きが機敏で、無駄がなく流れるようで、しかし小回りも効いていて、視線も俊敏でよ~く目が届いていて、そんな職人(和食でもシェフ?というべきか?)氏をこっそり心の中で「マエストロ!」と呼んでいたのでした。

そんなある日….

アルバイト(パートというのかしら?)の女性が入れ替わり立ち代わり、交代して登場した月がありました。

私は毎回(密かに)、

「あ!もしかして、こちらの方が!今度こそあまりにも忙しいマエストロの敏腕アシスタントに!」

と思ってマエストロの負担軽減とお店の回転がよくなることを(よけいな御世話)期待していたのですが

なんとなく言動がう~ん…..ムリかもなぁ………..という(勝手な)印象で💦

こっそり予想を立てていました。

「来週、いるかどうか?」

(^^ゞ

そして、いなかったのよね~、何人もが…。

😢

そんなある日、マエストロが珍しくひそひそ声をちょっと荒げました(裏です、もちろん)。

私は耳が割と良いらしく(なぜかは不明)、はっきり聞き取れるのね~

「これじゃあ、出せないから」

😲

というような言い回しで、理由ははっきり発音しないけれども…不穏な空気が…

ということで、ここは私の地獄耳の出番です🐘

チラッと振り返ると、お茶碗にごはんがよそってあったのだけど、

残念なことに、

ぺったりと、つぶれおにぎりのように🍙

ごはんが….ああああああ

確かに、急いで食べてしまえば同じかもしれないけど……

「食感」台無し。「香りも、おそらく台無し」、当然みためもアウト。

しかし、ここは私の(勝手に)マエストロ。

「ほら、はいっ!」と

見本をよそった🍚の様子が…………

✨ふわ~💛 美味しそ~う!ほどよく、こんもり盛られたお茶碗の内側に品よく収まるごはん~🍚✨

なぜ、これだけのことが、こんなにも違うのか?!

恐ろしい限りです。

多くの方々がごはんくらい、給食でも、家でもよそっているでしょうに。自宅でも、お茶碗くらい、あるでしょうに。

しかし、

①「不特定多数の他人に向けて」+②「限られた時間内に」+③「お金も頂いて当然のレベルで」、④「いま目の前で」、⑤「繰り返せるように」となると

違うのですね、レベルが、質が、相手の期待が、判断基準が。

たかが🍚の一杯でも「能力発揮」せずにはいられない(半自動でスイッチ入るのだと思います)のがマエストロ。専門家なのだね。

ホッ。

なんだか安堵して美味しく頂きました。

職人つながり?で今日はちょっと変わった毛色のおススメコーナー

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上のリンクは私と同じiPhoneのバージョン。アンドロイドとiPhoneで違うので、アンドロイドのヒトたちはお間違えなく選んでクリック!してください。

ワイヤレスの最新版もありますが、いまの時点で5万円!😿ど、どうしよ~💦今年も皆さんのところへサンタさん🎅来るといいですね♬

…というわけで、3万円以下のこちらをおススメしておきます。

これがあるだけで、うるさすぎる地下鉄の移動も騒がしい長距離の移動もスッキリして音楽も教材を聴くことができます。耳あたりも良いパッド部分がサイズ別で3つついてくるので自分にあったサイズをはめればさらに快適です。特に今は聞きたくないけど、周囲の騒音を減らしたいときにもおススメです、よく集中できますし、周囲の雑音が減るだけで、かなり疲れがとれます。

余談ですが

BOSEの修理センターにはなんどかお世話になっているのですがこちらもマエストロがいて、有り難いです。

私が飛行機の座席でコネクターを台無しにしたときも、リモコンに不具合出たときも、電話とクロネコヤマトで数日で解決💛

ありがたいことです。

12月の初めての方、久しぶりの方もOKのラバン入門クラスのお申込み開始しました。自分の傾向と対策も分析できるので、現場で気があった方、先輩後輩、嬉しいお仲間とお越しになるとさらに嬉しい時間が多いようです。ペアや数名で来るの、おススメですよ。

クラス記事にもフォームがありますので、メールよりも便利なのでぜひお使いください。

歌、ダンス、演技、語学、楽器, スポーツ….なぜレッスンに行くの?

音楽やダンス、もちろん演劇でもそうですが、

レッスンやクラスは「出来ない」ヒト、「ヘタ」なヒトが行くと思いこんいませんか?

私はそうは思ってません。

もちろん、初めから他人が感心するほど踊れたり歌えたり、大勢に披露できるほど楽器が演奏できたり、仕事にして報酬を得るほど外国語や車の運転ができる人がいないように、

ある程度、時間がかかりいろいろな経験をして、専門の知識や知恵も得て、それらの活動中に「自分をつかう」モードに慣れないと、なかなかスムースには、思い通りにはできないのですが……..

それでも「出来ないからレッスン(クラス)」へ行く、「ヘタだから行く」という考え方を私は歓迎していません。

なぜって…

😲

「それ、ほんと?」と思うから。

確かに、いろいろな事情でケガや病気などで「一時的に」なんらかの機能が『欠けている』時間や状況はあると思います。本当に機能的に生活とその質に支障があるので「治療」や「介助」が必要です。そして災害や犯罪の被害者や病気やケガには誰でもなる可能性があります。つまり「本来の能力を発揮する」以前のエリア。そういう疾病や不調にはレッスンやクラスが必要なのではありません、医学による(緊急)治療、臨床で問題のない、実際的な専門の助けが必要です。

いま、私は治療ではなく「教育」の話をしています。

レッスンやクラスは「出来ない」ヒト、「ヘタ」なヒトが行くとするなら、歌にダンスに演技にと、何十年も足しげくレッスンやクラスに通うハリウッドスターたちはおかしいのでしょうか?

じゃ、じゃあ!オリンピック選手やコンサートピアニストは?……..ヘタなの?

初心者でもないのに、レッスンやクラスで学ぶ人達、研鑽を積んでいる方々は「出来ない」ヒト、「ヘタ」なヒトなのでしょうか。

もしかして、アカデミー賞俳優や名優たち、素敵なダンサーやカッコいい歌手が、「できない」ことの克服のために行っていると?!

😲

明らかに、違うよね

😉

本日のおすすめは古典はもちろん、近代の名作の解読にありがたい辞典!

気になるモチーフ、なぜだか繰り返し登場する象徴…

例えば「馬」とか(笑)

はたまた「椅子」など、ありふれている風なものにもいろいろな歴史や意味がありますね

ぜひ調べてみてください、面白いよ♪

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12月中旬あたりに初めての方も歓迎のラバンのたくさん動いて学ぶ、感覚づくりのクラスを久ぶりに開催しようか検討中です。ご希望の日程や現場のいろいろがある方、なるべく合わせますので、ご相談ください。休みが取りやすい年末年始のクラス開催も思案中です。

ちょっとした口癖チェック、してみませんか?

本日、中辛カレーの🍛Kaoruです

「なくて七癖」…

もちろん誰でもあってある程度は仕方がない、ただ意識できていると、いろいろ便利で、

自分に役立つ「好ましい習慣」に変えていけるのも事実。

自分で気づけないよ!😢

という方、ダイジョブです。

赤裸々な友達、同居人、家族、長い付き合いの先輩後輩に、率直に聞いてみましょう。

ちょっと注意したい口癖

第3位 「やってみます」

ポジティブなようで、実はこれ、率直な「やります」とは違うのよ💦 試してみますというお体裁は整えていながら、密かに実行するつもりがない場合も多々あります。軽い、ですよね、実際。

軽いから口にはしやすいけど、その裏には「ちょっとやってみるだけ」という隠れ蓑が責任回避の準備をしているのかも….

こころからのものか、自分自身に問うて欲しいです。

🐥🐥🐥

第2位 「….難しい…」

はい、イヤな予感がありましたか?(笑)真面目に取り組んでいても、こういった「感想」をなぜかわざわざ人前で口に出してしまうもの。教える側や創作の場でのこれの弊害は前にも書いた通り。(関連ブログ記事みてね)

自分がいまの段階で「難しい」と今日感じた、という事実を刻み付けなくていいよね💦

難しいから、とクッションを置くのは傷つきずらくする効果があるのかもしれません。場合によってはプライドを守る盾にしている状況もあります。

とバッサリ斬ったところで、これは私も社会的には必要であれば「お茶濁し」には使いマスよ(笑)

時と場合、そして自覚して使っているかがポイントね。

待望の第1位は

「どっこいしょ」または類似の「よいしょ」

です!

意外でしたか?!

😲

え~!そんなの年寄りだけだよ!荷物多い時言っちゃうな~、疲れてるとき出るよね~

と明瞭な記憶があって、はっきりとした言葉で説明できる方は重症ではないと思います

問題は、

①自覚がなく、

②息切れするような運動をしたわけでも(本当に身体に負担があったわけではない)

②激しい身体的にキツイ作業(重い荷物など)をした後というわけでもないのに(本当に苦労していたわけではない)

③わざわざ聞こえるように口に出して

④人前なのに言う

⑤初めてではない。隔週、毎月、毎年、繰り返しやっている頻度が多め。

というところ。

なぜこれが第1位なのか?!

と疑問に思った方、「受動攻撃」ってグーグル先生にお尋ねください♬

これ、学習や成長の邪魔でしかないんですよね💦

*番外編で危険なものに「ため息」があります。

なにごとも、自覚がなけりゃ、つかえない

byかをる

あ、一句でました。

🐈🐈🐈

さて

本日のおすすめは私が最近特に気に入っている春日太一さんの面白い新書たち

戯曲読解でつまづく方、ヘンテコな演出、もったいない作品が多い方は映画から学ぶのも大事です。

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映画を大量に見続けて、掘り下げつづけていくうちに「物語る」が秀逸になっていったのでしょうか。(笑) 春日さんの本は刺激的な構成、映画的な組み合わせで、愉快に読み進められます。下品でないのもありがたい。

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登場する映画をいくつかみてからでも、読み終わってから観ても、どちらでも楽しめること間違いなし!

知はちからなり。

 

ランチに学ぶ- 演じることの本質「相手の立場に立つ」のリアリティー

先日、某中華料理店に寄ったところ、根本を突いた応対に出くわしたKaoruです。

その場でこっそり、携帯にメモ入力しながら酸辣湯麺食べる私はアブナイ人に見えたに違いない….

お行儀悪い子!✖

さて、

その秀逸なやりとりが、こちら🐣↓

状況:

二人づれのお客さんがお店に入ってきました、明らかに食事のためといった様子。中年の娘さんらしく女性(以後娘さん)とその家族(おそらく父か叔父か)の老齢の男性(以後父)が着席します。

その中華料理店では普段はあまり配膳には出てこない風なおじさん(シェフ帽被ってるため以後シェフ)がメニュー、お手拭き、飲料水をテーブルに置きつつ、「決まったら呼んでください~」と言って去ります。

お店は8割がた埋まってますが、忙しいというほどではありません。

数分ののち、例のシェフがオーダーが決まった風な二人連れのテーブルに戻っていきます。

その時、なんとなくイヤな予感がした私です…。

娘さん「この『揚げ豆腐』っていうのは、どんなのですか?」

シェフ「豆腐を揚げたの」

❓❢😲

ここから、Kaoruのメモ取りがスタートです!

えええ!まさかの~💦地元では長く愛されているはずの老舗ではあってはいけないだろう会話!

よっぽど美味しいランチを食べたかったのか、常連と言うほどではないにしても、ローカルであろう娘さんは挫けなかった(笑)

ここからが恐怖である。

娘さん「ん~これは~……..どんな料理ですか?」

シェフ「豆腐を揚げてますっ、厚揚げを。」

言い切るおじさんシェフ。

❓😲

もう~、漫才かと!

しかし、ドン引く隣のテーブル、そしてその隣の聞き耳立てるKaoru….怪しい雰囲気が広がります。

ものすご~くモノトーンな言い回しで💦

娘さん「…………………じゃあ、このセットとこのランチのセットで、お願いします」

シェフ「はい」

🐤🐤🐥

私は….はやく食べ終わってお店を後にしたかった…….

この後、⚡雷が落ちるであろう予感がしたから…………

ウエイトレス含め、お店側の人達がキッチンやお会計に出払ったところで

娘さん「味を聞いてるんだよ!」

父「….(無言)…」

娘さん「醤油とか塩とかぁ、辛いのかとかさ~」

父「……………………….(終始無言を貫く姿勢らしい)」

娘さん「豆腐を揚げてることくらい分かってんだよ、そんなの」

そうです。

(おそらく)お店中のお客さんが同じことを思いました。

名前が「揚げ豆腐」なら、国語(日本語)に問題がなければ、豆腐を揚げたものであることは一目瞭然。

そうです、もしこれまで食べたことがなくても、漢字の性質上、子どもでも分かる名前だろう。

しかしお店側の発想(視点)は断固として、調理する側の立場から「豆腐をどうしたか」に終始しただけだった。

そうです。

ここはレストラン。(=二人がいたところは台所ではないのだ)

豆腐を前日に何かにつけていたとか、さいの目に切ったとか、先に湯通ししたなど….、

それらのことは調理する側の発想であり、興味の対象であり、行動である。

お客さんたちはもう店内に入っているのですから、「味」が最も気になるのは普通ではないでしょうか。(もちろん入店前であれば衛生や立地、利便性やお値段や評判も気になるでしょう)

しかし

シェフおじさんは頑固に自身の調理する側である立場から離れなかった。

お客さんはこれから「食事」をしようとしているのであって

「料理」をしようとしているのではないのだ!

例えば、ランチといえば、昨夜や朝のメニュー、果ては今晩のメニューともできれば被りたくないものだ(好物でなければ)

誰しも「自分が誰であるか」はこちろん大事だが、それと同様に大事なのが

相手は誰で=お客さん=食べる側の人=味わう人(料理する人、仕込む人、メニュー考える人、片付ける人じゃない)

ここはどこで=レストランの客席=味わうところ、食事するところ、人が来るところ=台所じゃない、裏の仕込みキッチンではない、 etc….

今はいつで=朝と夜の間でお昼時=食事の時間、ランチメニューが人気な時間帯=料理や仕込みをする時間ではない

そして、現実を形作っていくのは、

それぞれの人物の目的はなにか

です。

①自分(料理人、お店側、料理の提供側)例:美味しい自分の料理を食べて喜んでもらいたい、得意な料理で報酬をもらって生活したい、食材を食事に調理して売りたい…..etc….

②お客さん(食べる側、作らない側)例:自分で準備せず料理を食べたい、自分で買い物しないで今すぐ食べたい、自分で作れないものを食べたい、(相手と)自分が好きなものを食べたい、お金で食材ではなく食事を買いたい……etc…..

ということは、

みえるもの(気になる対象)も違う、

聞こえるもの(聞こうとしている内容)も違う

考えている内容も順番も違う

感じている感覚も違う(お腹が空いているか、早く終わらせたいか、嬉しいか、楽しみか、もううんざりなのか、飽きているのか)

=使う言葉も、ともなう感覚も当然、違う

したがって、上の事実が了解できておらず、お互いのことが想像できてないと(記憶にもないと)、

会話、不全!

😿

どちら側がいいとも悪いとも思いませんが、残念な結果でございました。

娘さんが「どんな味付けなんですか?」と言葉を選んで丁寧に聞いたって良かったが、それを言うならお店の人も「豆板醤で辛いソースだよ」とか「豆鼓醤を使ってます」とか(私の好み💓)言っても良かった。

お互いにつまらないこと、意味なく不快な時間を作った。

そして周囲がハラハラし、ちょっと不快になり、私にネタを提供した、ことも確か (笑)

リアリティー(現実感)というものは、

同じ事柄でも相手の立場からも想像し感じ、自分以外の人の視点からも多角的に想像し考え、実際に自分の言動を調節するという行動だろう。

だから、日常のよくあるやりとりではあったが、上の会話(とは呼び難いが)には

「リアリティーがなかった」

と思う。

ありふれた、日常生活で確率的にも多い、親しみの持てる、簡略で凡庸な(誤解)会話ではあったが、

「相手不在だった」

=リアリティーがなかった

🐈🐈🐈

本日のおすすめは名優のこちら。私の師匠の永遠の(?)ライバルでもある今も現役🌟の日本を代表する大御所俳優

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お楽しみください。あっというまに読めちゃいます。さらに映画がみたくなる、本がよみたくなる!嬉しい本でした。感謝!

11月の土曜午後のモノローグクラスは男女ともにあと1名程度で〆切ます。学びたい方、お早目にご連絡ください。

NT Live巨匠アーサーミラーの名作戯曲「みんな我が子」が!

「最高で感動した」、「超泣いたよ~!」、「わあ、すごかった~!」

と無条件に喜んでいる方は、以下、読まない方がいいかもしれません。

私はもちろん巨匠アーサー・ミラーの大ファンです。

20世紀を代表する天才的な洞察力★イプセンの系統(笑)からくる、メタファー、シンボル….戯曲の醍醐味というもの、物語の深さ、「劇構造そのものにも語らせる」面白さと、劇の仕組みの明瞭さ、言葉(タイトル含め)の的確かつ明瞭さにいつも感銘を受け、学んできました。巨匠のズバリ!感(笑)にも、学べば学ぶほど、毎回新鮮に(良い意味で)ショックを受けている一人です。

さて、今回の私の基本的な意見はこのイギリスの新聞インデペンデントに載ったレビューとほぼ同感です。

https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/theatre-dance/reviews/all-my-sons-review-old-vic-arthur-miller-cast-bill-pullman-sally-field-jenna-coleman-a8883966.html

英語が堪能な方、ぜひ、ありのままの調子をどうぞ味わってください。

結構、淡々としつつ、ちょいとスパイシーだよね 💦

さて、

スタッフのあまりにも生き生きとした、まっとうで期待できるいつもの前向きなインタビューから嬉しい予感とともに始まったNTライブでしたが….

期待したほどではありませんでした。

がっかりだよ!

その理由は、主演★と鳴り物入りでハリウッドの映画でかつて大活躍してきたお二人(父母役)が冴えなかったからです。

え~!?

素晴らしかったじゃん!なんで文句いうの?!あんなに感動したのに!

と脊髄反射される方は、以下は読まなくていいです 笑

好みの問題だと言って片付けることもできると思うのですが、

実は嗜好だけではなく、私は今回、非常に危惧しましたね。

ああいう日本にも未だ残っている

「巧みに感じているフリをする」演技風な取り組みとそれを許す風土!

「いかにも情感深そうに、意味ありげに、中身(感情&思考)がめくるめく劇のスピードで動いていないのに、そうだったかのように振る舞う」という(共感的ではない)態度とそれをありがたそうに褒める周囲!

この2つがガン!と思ってます。

私は演技の専門家なので、今回は演技についてちょいと書きたいと思います。

まず、父役の俳優さん、名優なんだろうけど、硬いです。

感じているサイズ以上にお客さんや相手に感じさせようと「がんばる」ことで、固まってるように見えました。きっと真面目で善い人に違いない……..しかし、ドラマを引っ張って行っていなかった。劇中での役割として、劇を展開させていくリーダーなのに。

そして、マーロン・ブランド辺りを意識している世代なんでしょうか….

なんか……ほんと書くのも申し訳ないけど

「決めてる」

瞬間がたくさんありました。

私のクラスなどでモノローグやシーンでしっかり感覚を磨いている目も耳も良い方はご存知でしょうが、

「感じてて、衝動もあって、動いていて、いっぱいなっているから、つい『漏れ出てしまう』ものであって」

先につくって、なぞりにいくような、「八百長」じゃないはず!

とちょっと腹立ちました。

なぜ、人間である私たちに、生き物として不自然な順番がばれないと思うんでしょうか…..?

ちなみに、アーサー・ミラーの演劇観、演劇論はこちらを読むと俳優も演出家も劇作家もスッキリ!すると思います

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そして肝心の台本はこちらね。ハヤカワが文庫で出してくれているので有り難いデス!感謝!

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さて、噂の(なぜか)大好評だった母親役ですが、こちらも映画でかなりの数の作品で活躍してきた実力派。

しかし…….

私が期待しすぎていたのか、アーサー・ミラーを好きすぎるのか….💦

これまた、「固めている」よね

内面が動くようにみて、きいて、感じて、想像して、交流して、その結果、感じながらの行動と言葉が必要になってたまらないから「しゃべる」になるのではなく、

いくつかの箇所で特に目立ったのが、

「決意→行動→しゃべりながら感じて行く」という

なんだか奇妙な順序。

あんな緊急事態に、心乱れる1日で、差し迫った問題があって、個人的な意味ばかりが溢れている心理的な現象が激しい状況で???

みて、きいて、感じって、欲しいものがあって、恐れがあって….

現実の人間たち以上に、人間らしい言動をしてしまう、という切り口なのに……

なんだかな~💦

どうにも「神がかっている風にみえる」様子を説明していた…….。

そういう劇だっけ?

この上演バージョンだと戯曲の構造はちっとも分からないですね。(私だけ?)

役の人物たちは「(書かれている)言葉がなぜ、いま必要になるのか」

が心象風景からは伝わりませんでした(私だけ?)

全集は解説があるので、とっても嬉しい場合がたくさんあります。専門家のみなさまありがとうございます。

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今回、なかなかいいなと思ったのがクリス役の北アイルランド出身のコリン・モーガンさん

「You can never know enough.(知りすぎるなんてことはない)」とインタビューでも語っています。

健全ですね。

「~then I read it again from an acting point of view – what would I bring to it?(その後、演じるために読んで、自分が(作品に)なにを持っていく(貢献)ことができるか」

を考えるそう。

うん、よかったわ。マトモです。「たくさん読んで、観察して、リサーチする」というコリンさんのインタビュー記事はこちらhttps://www.thejackalmagazine.com/colin-morgan-interview

俳優のみなさんだけでなく、演出家、劇作家の方もどうぞ。

もう一人、ジョージ役の俳優さんも良かったよね。もう休憩時にはジョージの登場に望みをかけていた状態だった私…。

ジョージさん役、良かったですよ。つかっている「方法」の繰り返しが多かったけども…。

一方のアン役は華やかできれいすぎましたね、あんな●~*爆弾かかえているのに…

ラリーを好きだったことも、クリスを好きなことも、兄を愛していることも………ワタシには分かりませんでした。

ああ、みんな振れ幅があと30パーセント増しだったら….よかったのになぁ….

😿

さて、今回の作品をみて思い出したのが哲学者 中島先生の名著

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意外なタイトル?!そうですか?

一つのこともいつも2方向からみると演技も豊かに、人物創造も立体的になります。

ブランドに惑わされず、目や耳とともに思考も感覚も養っていきましょう♪

名優と言われる人でも「ウソ泣き」はバレる。

嫌ですね。

もうウソ泣きをしたくない方(笑)、ぜひ11月の土曜日開催のモノローグ道場へお越しください。

そんな便秘みたいな苦しいことしなくても💩 笑

より人間らしく、衝動を感じて、実際に想像して動き、動かされる演技の仕組み、一緒に身につけましょう!

クラスのお申込みはクラスのブログ記事についているフォームをつかうと便利ですが、Facebookのメッセージ機能でも大丈夫です。どちらでもご都合の合うほうでどうぞ★

F.M.アレクサンダー自身が繰り返し書いて教えこだわっていたこと①抑制ー防ぐアート

アレクサンダー・テクニークは「防ぐアート」です。

はい、「防ぐ」という手法が特長です。

ということは、セラピーやすでに現れている症状に対しての治療ではなく(予防は治療の逆でしょ?)

「防ぐ」方法を身につける=「教育」の一種なんですよ~

と具体的に、ズバリ!書いた、英国アレクサンダー・テクニーク教師協会会員、アレクサンダー・テク二―クの正規の指導者、鍬田(クワタ)かおるです、改めて。

あ、演技コーチ、ムーヴメント指導者、ムーヴメント演出もやります。

というのも、(なぜか理由は知りませんが)まったく関係ないことをアレクサンダー・テクニークと呼んでいる方がいるらしく、ときどき苦情(?)や不満を耳にし、まあ、それくらいならいいのですが(よくないか?!)

どうも治療の一種や健康法だとか、さらには姿勢矯正だとか(そういうオマケ効果はあるかもしれませんが)、リフレッシュや気分転換、はたまたリラクセーションだと誤解している方がちらほらいるらしいんですよ~

困るね!

というわけで、新しい角度からのシリーズ。創始者F.M. アレクサンダーが繰り返し(しつこく)こだわっていた、テクニークの特徴・特長です。

第一回が核心のズバリ!

「防ぐ」というスキルが必須のテクニークがアレクサンダー・テクニークの強みであり、特徴であり、さまざまな分野で応用する際に有効である所以です

「防ぐ」という(当時珍しかった観点からの)手順がポイント。

アレクサンダーの強い主張と(しつこいくらい)繰り返されている観察からの分析に、

「最初の反応」を防ぐ

というのがあります。俳優だったF.Mらしい発想だよね😊

演技の仕組みやスポーツ、楽器演奏などで実を持って体感している方はご存知ですが、

そうなんですよね。自分がよかれと思ってやっていることでも(わざとヘタなままいたい人、あえて苦しくしたい人は少ない)

実際に結果を伸ばす段階にくると(他人に認められるレベルで、繰り返してもOKなレベルで)

どうにも①「感じている」ことと=主観的な習慣的な自分の感覚

②実際に他人にみえて、きこえていること=現実に自分が行っていること

がものすご~~~~~くかけ離れている。どうにもズレていて、かみ合わない。

そういう体験、たくさんありますよね?

頭では分かっている「つもり」だけど、楽器の先生に力を入れすぎ!と注意されているにも関わらずいつも通り「感じない」くらい慣れている力をこめすぎるクセを混ぜる。巧みに。必ず。毎回。

😿

落ち着いて考えれば分かることなのに💦

ビデオでみても、なぜそこまでコーチや先生が繰り返し指摘してくるのか分からないくらい慣れて違和感を感じなくなっているのです!自分の長時間やっている習慣的な反応の癖・パターンに。

😲

というわけで、自分には(すでにほとんど)感じられないくらい繰り返してなじんでしまっている習慣的な反応(とF.Mは言っているけど、実際には条件反射のこと)を「防ぐ」という発想が大事なの。

「感じられないのに、どうやって防ぐの?!」

とツッコみたいところですね。

そうです。

私も当時(約20年前?)そう思いました。心の中でツッコみました。

しかし、当時の先生方3名が共通して強調して言っていたのが、

「感じられなくても『防ごう』としてください。」(人によっては言い方が防ぐではなく「やめる」のこともあった、意味は同じ)

感じられてから防ぐだと、やっちゃってからやり直す✖になるので、防げてない。自分にダメな古い使い方を覚えさせちゃってる。

要は練習していることにカウントされるんです。

だから、「気づいたら防ごう・やめよう」という悠長な発想ではなく✖ 笑

感じられてないくらい慣れているのだから、自分には感じ取れなくても、

そこは「論理・判断力(目的に役立つ使い方になってるか)」で💛補うのだ!

F.M.曰く「本能的ではあるが、(目的には役立たず)建設的でもない防衛グセ」を防ぐために知性をつかうこと

なんだね。

「習慣的な『条件反射』は慣れていて、すぐにいつも通りの行動に移せるので早い気がするが、これまで学習してきた条件反射をやめてみる=

未知の失敗のリスクは上がるが未知の成功も可能性もあがる

なのです。

俳優らしい発想だよね。

パフォーミング・アーツならではの着目点と思います。

なぜって…

身体はひとつ。声も身体の一部。

同時にいくつもの相反することはできないでしょ?😉

自分のクセで、肩を持ち上げておきながら、喉周りの余計な緊張がない人の声は出せない

習慣的に(自分では感じないけど)、脚をつっぱっておきながら、「天にも昇る心地」の人を演じられない

本当はリズミカルに、軽やかにコメディーで嬉し💓楽し💔飛び回りたいのに、つい自分の慣れている身体の様子を繰り返して、どうにも重い、暗い、鈍い動きをしてしまう….

ほら!

同時にできないから、古くて役に立たない、建設的でない、「アカン」方を防ぐ必要あるよね😉

…..師匠ズはいつも正しかった、そして最適最速の方法をズバリ!教えてくれていたのだった。(疑ってゴメンなさい)

…で、

紆余曲折を経て私が行きついたのが、アレクサンダー自身が書いて4冊のうちの3番目の(やっと内容も一貫し、言葉遣いもF.M.にしては 笑)洗練されてきた3冊目のThe Use of the Selfの日本語訳です。

一番短い本だから、というのはさておき(笑)一番、実用的で一般の方が自分を重ねて理解しやすい本であることは間違いないです。

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なぜだか値段があがっている…。ご購入を希望の方は私に連絡くれてもいいですよ。今、数冊だけストックあります😊
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私は洋書が多く、英語がメインですが、日ごろは偏りがちなボキャブラリーの確認も含めて、さらにいろいろな第一言語の方の発音も参考にしつつ、自分の強制的なチェックもできて一石あたり、三、四鳥です!スペイン語は….中級….うっ。。

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私は電車や飛行機など長時間の移動のとき、ちょっと目を休ませたいけど、いろいろ読みたいとき、学習したいときに流してます。耳から聞いて覚えるのも良いなと思います。

お楽しみください!

11月のモノローグクラスのお申込み開始しました。10名以下の(たぶん8名くらい?)本当にじっくり取り組める深めるにぴったりの時間なので、お早めにカレンダーに入れておいてくださいね!

 

教えてもらってない!とわめく前に(笑)

先日、コンサルティング関連の記事で、本質をついている部分があって、フェイスブックにシェアさせてもらったところです。ありがとうございました。未だの方はぜひ最後まで読んでみてください。

さて、その中で一番私にとってドンピシャ!だなと思ったのは、この部分↓

「『いつも同じこと』『知っていること』『やったことのあること』『簡単にできること』は、安心、安全ではあるが、経験のバリエーションを増やさないからだ。『面倒だ』は、あらゆる意味で、人生を貧しくする。」(記事より引用)

というごもっともなお言葉…痛いですね💦

そうですね、量はもちろんですが、種類!いろんな切り口があったほうが嬉しい、楽しい、面白いですよね。

スポーツでも楽器演奏でも語学でも、もちろんダンスや音楽でも、学ぶ材料に制限は少ない方が良い。新しい刺激も定期的に求めたほうが、より現在の状態も最新の目で、より具体的に、「現在形で」チェックできる。

そして自分の能力もさまざまな方向へ伸ばして、コンフォート・ゾーン(安全で習慣的でクセが中心の部屋)から出ることができます。

一般の方が誤解しがちな

「方法を(まだ)しらない」「やり方を習ってない!」というHOWに関する問題ではありません。

知らないことが問題(という初歩のつまづきは論外)というよりも、

知らないことを知らないし💦

例え、知っていても「出来ない」ことが実演家には大いなる壁ではないでしょうか?

ただ慣れている感覚を選んでしまう防衛的な本能を「知性・理性」で補なえば

すでに知っていて、「今の自分」に想像がつく範囲で「好きだ」「楽しい」「面白い」と思いこんでいた事よりも、さらに「今、ここで、起きている」実際の現実に対して、いろんな方法をつかって応対していける….

その方が、スリリングかもしれないけど、愉快、そして多角的な人物に、シーンになりますね。

慣れている刺激(もはや刺激ではなく惰性、慣性)を防衛から、恐れから、不安から、心配から…(悪意はなくても)選び続けてしまえば…

当然、ブーメラン!戻ってくる‼

その時は心地よく、本能的な安心・安定は得られるけど実はぬるま湯….。

せっかくの現代人ですから、芸術、理知的な人間でありたいですね。

しかも「劇が扱うのは『変化』です」★

そう、視点が増えて、ボキャブラリーも増やして、さらに実際の体験の記憶を積み重ねて…

点が集まって線になって変化し、線が面になっていくように、さらに立体的して変容して行けます★

ペラペラな内容より、中身のないうすっぺらい人間より、

想像も感覚も記憶も総動員して「意思決定、行動」する人物像へ

劇も生活も変えていきましょう~♬

本日のおすすめは読書の秋に備えて

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こちらも恩師の

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「保身」から作った作品ではなく、「共感的な想像力」や「いきいきとした好奇心」から作品も生まれて欲しいです。

9月のズバリ!な演技のための戯曲読解クラスも後半戦。今シリーズは「リア王」という嬉しい傑作をつかって学ぶ、ますます熱心な展開にほくほく。次回は演出家の方も劇作家のかたもぜひデビューしてください★

今日はイラスト化してもらったプライベートショットを公開💓専門家って、こんなことができるんだ~!とびっくりな日々です。