演技のカラクリ:①自然な反応の仕組み

戯曲読解の回に、何回もしつこく(!)

① まず「事実」に基づいて台本を読む(ただの妄想や希望的観測や印象でなく!)、

② 事実と事実から想像できることを分ける(事実はセリフではなく、行動だ!)

③ その後、戯曲構造に矛盾しないよう戯曲に書かれている因果関係などを分析する、

と書いてきました。

で、その先はというと、

④ 役の人物の感覚、生活、行動の事実を捉え、そのあとに身体化、視覚化、具現化し、さらに膨らませよ!

というのが概要なんですが (^-^;

リクエストに応じまして(笑)サービス♥

本日はその先の演技の実際のお話を紹介しておきますネ。

演じるときの「事実」=役の人物が実際にやっていること(行動)をどう演じるためにつかったらいいの?という役の人物の「反応」のお話です💙

役の人物も私たち人間たちと同じように、世界は違えど(笑)いろいろな時間に、いろいろな場所で、さまざまな人間関係の中で、みて、きいて、感じて、考えて、交流して、行動しています。変化しているのだ。この「変化」が肝、大事。

その「みて」、「きいて」、「感じて」、「考えて」、「交流する」+「行動する」というのは、実際には(究極的には存在しえない)「事実(現実)に対して」ではなく、役の人物自身のいわゆる「内面世界・内的状態」を通しての「反応」です。

確かに、目の前で起きていること、みえているもの、きこえているものに対しての「反応」なんですが、反応が「どのように」(無意識でも意識的でも)選ばれて出てくるのかについては、内面からなんですね。そして、この反応の連続が役の人物の「変化」です。ついでに言うと劇の場合、たいてい何らかの「イベント」(出来事)が直接のきっかけになっています。(がその前に間接的な理由は多数あります)

そう、実際に生きている私たちとそこも同じなのです。

*戯曲の人物だからといって「美化」されないよ💦そこ、要注意。(^^ゞ

自分たちと同じように、

今はいつで、ここはどこで、

自分は誰で、そして誰と?いま誰に向かって?

何を?何のために?どんな風に?

過去の記憶と比べて、どうなの?

どんな気持ち?感情は?どんな考え?思考は?

心の、頭の奥底には何がある???欲求、願望、願い、恐れ、超目的……..

そ、そ。そうなのデス。😊

役の人物の彼/彼女自身の生い立ちや環境に由来する「信条」とか、

その時代や文化風習、教育や家庭内での役割や職業が故の「行動様式」やいろいろな行動の「優先順位」、行動の「価値基準」、

役の人物にだってある「偏見」や「感情のクセ」……

役の人物だって、完璧な人間じゃないんだ!😊 笑

役作りとかキャラクターと言うと、すぐ1人の人物像を「固定」してこれだ!と「保持」したがるヒトいるけど、そういう演技ってステレオタイプ。嘘で、浅く、一面的で幼稚、とにかくつまらない。(なんか人間をバカにしている感じなんですよぅ。)

何より、実際の人間の仕組みを反映していないよね。

実際の人間の「仕組み」を通して「演じる」と上手くいきます。

それが「自然」ってヤツ☆😉

簡略化すると、

刺激は「外」から来るけど、

反応は「内」から来る、

という仕組み。

だから「原因」は内にあって、外は「結果」なのだ。(哲学的には鶏と卵ですが^^;)分かったかな?そのため、逆をやっちゃうと失敗するよ、意味分かるカナ?

例えば…

初対面の人にあったとき、(勝手に)まだ特に話も深くしていないのに、なんとなく「このひと、いいな♡」とか「信用できそうだな」って思っちゃうことあるけど(笑)それは、現実世界での状況もあるけど、何より、自分が今、「あ、幼稚園の時の●●先生に似てる♪」と無意識に投影を始めていたり、(たまたま)相手が似たような趣味の服を着ていることで、同じようなグループ意識に「属している」と判断したり、その服の色や形から昨日みた映画のシーンや先週みた広告を思い出して、(自動的に)連想したり…….こうやって、イメージが出来上がっていっているのよねぇ。。で、自分の中で思い出している「記憶」からのイメージや想像に対して感じていることが「感覚」とざっくり呼ばれているのだ。

そう、直接、物質や相手や環境から感じているものではないのだ

「投影した」のも、「属していると判断した」のも、「イメージして連想」したのも張本人。そして刺激されて起きてきた「記憶」も本人のもの

=「解釈」という一種の手間がかかっているのだよ。(ほぼ無意識、習慣的なモノですが)

だから、

まるで自分の内からすべてのイメージや感覚が湧き上がってきているような「感覚」がするけれども、それは中継している感覚器官(目・耳・鼻など)が自分の身体だからであって、実際には、相手の服の色や形や相手の声や匂いなどの「刺激」は自分(俳優/キャラクター)の外から来ているのだ。

したがって、

ただ、舞台上(稽古場)にあるものを客観的な事実としてフツ―に「みて」、「きいて」、俳優自身が状況を「感じて」、ストーリーを「想像して」るだけだと…….

….

ただの「観察」

になります。

いや、ホント、文字にすると笑ってしまいますが、ホントです。いるよね、舞台上でウロウロして、ただなにかを見てるらしきヒト。。。

観察、してちゃイケない。ダメ、絶対!😡

それ、「傍観者」デス、「当事者」になってない!

さあ♪ただ「観察」してないで、「反応」しましょう。

前述の、刺激と反応の仕組みを思い出して(↑)、反応すればいいんです。

カンタン!

そう、勘の良い方々はもうお分かりですね。

「投影した」、「想像した、連想した、イメージした」、「思い出した」

の部分を

「役の人物(キャラクター)」を反映して、自分の「感覚器官を通じて」、

人間の仕組みを省かずにやればいいんだよ。😊

目の前で起きていること、みえているもの、きこえているものに対しての「反応」が俳優のままだと「自意識問題」も手伝って、苦しく難しいものなり易いです。俳優がただ「観察」しちゃってると、『個人的な感覚体験を伴ったもの』にならないです。(T_T)

反応が「どのように」選ばれて出てくるのかについては、内面からです。

そう、実際に生きている私たちとそこも同じなのです。

本日はここまででいかがでしょう?

とりあえずこの「刺激は外から、反応は内から」を整理整頓してちょーだい。

まずは自分が普段どうしているのかな、の分析がおススメ。

皆様、良い週末を~、ば~い✋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戯曲(名作)を演じ/演出するために読めないヒト達の共通点?

はい、シーンクラスもまっただ中のKaoruです。夜のエクササイズ・クラスは初めての旬なエクササイズお披露目♥あと2日でどこまで伸びるかワクワク♪

指導しているとき、つかう台本などは演技そのものを磨くためには、ジャンルはコメディーでも悲劇でもホームドラマでも良いのですが、やはり緻密に意味あるキャラクターたちが描かれていて、練られている、構造のしっかりした、古今東西の(国籍とわず)古典、近代、現代の名作・傑作と呼ばれる戯曲が良いと思っています。(演出の練習にも)

今回はみなさんよい方向へ進んでいるのでいないのですが、モノローグクラス、シーンクラスを教えていて常日頃思うことは、最終的には2つです。

一つ目は

「(セリフの国語的な表面の1つの意味ではなくて)実際の人間が『やっている』事実を認識し価値を受け入れて欲しいな」

二つ目は

もっと人間らしくなっていいよ!もっと人間の良さを、もっと人間のいろいろを信じようよ!」(綺麗ごとだけではなく)

ということ。😊

学歴、年齢、キャリアの長さや所属、関係なく、この2つは共通していつも感じます。

モノローグでもシーンのクラスでも、作品のスタイルも鑑みながら、しかし、字面の意味だけの「物語」にこだわらずに、いわゆる超目的や目的やら、サブテキストなどに取り組みことになるのですが、そこで気になるのが、ちっとも実際に役の人物たちがやっている行動の「事実」を認めない方々。妄想してたり、ただあらすじ考えてたり、セリフがすべてになっていたり、感情が動いてなかったり、目的がなかったり、自我の状態がいつもの自分のままだったり…。。(T_T)

例えば、セリフの言い換えさえできれば内容わかったつもりになっているなら、それじゃ普段、あなたは思っていること、感じていること、すべて口に出しているのかい?!と尋ねたい(笑)思考だけが、相手の前で口にできることだけが、あなたの中身なんですか?と。😠

「オトナ」になる過程でいろんな事情で、特に深い感情とかないがしろにしたり、隠す術だけうまくなっていったり、表面的な機能だけ優先したり…まあ、いろいろあるとは思います。

でもね、芸術は(演劇含め)、

「人間をより人間らしくする」

と思います。

勝手な意見かもしれませんが、「人間らしさ」の定義もいろいろで誤解もあるのかもしれませんが、私はそれでも構いません。

いろいろな人間たちが(フィクション内でも)、さまざまな時代や文化風習を越えて、普遍的な深い人間の感情や葛藤や人間の正体をサブテキストや超目的に抱えて、一生懸命、ほんとの意味でまるごと「生きている」とき、

素晴らしい!!!💮

……よく、物品のように(笑)硬くて、とてつもなく「殺伐とした心象風景」の俳優がいて、深刻に驚きます💦愛もない、許しもない、情けもない、恐怖も不安も幸福も希望もない。自分にも他人にも、何の信頼も友愛もない。(謎です、普段、どうしているの?!笑)

とってもあさ~い、その場限りの、自分勝手な思い込みと凝り固まった気分みたいなもの、そしてそれを体現しちゃってる残念な身体と、これまた浅~い思考….、癖だらけのいびつな心と体。

そんなものだけで、芝居はできないのです。

そんなものだけで、芝居しようとするから、「できない」のです。

そんなものしか信じてなくて、使ってないから、苦しいのです。愉しくないのです。

最近、ますます、この2点を改めて確信した日々です。

自分のたくさんの能力を捨てないで、諦めないで、見くびらないで、大事にしつつ、磨きつつ、「つかうこと」デスね。

もっと面白く、価値ある公演のために、もっと快適で、愉快な稽古場のためにも。

 

 

 

 

 

「戯曲(台本)が読めない」という由々しき事態

マジメな話題💛日々、痛感していることです。☆

「戯曲をよむ」ということが、一体どういう事なのか、戯曲とは何だろう?ということが、前提からして、すでに、どうにも分かってない俳優及び演出家(+スタッフワークも)現象がやけに目立つのは何故ですか?はて、はて?

戯曲を読めてないし、読めている人達の集団が指導したり、創作したりしていること自体も稀なようなんですが…気のせいでしょうか?

私はあちこちの客席で(悪い意味で)度肝を抜かれておりまっす!😡

そりゃ、若者が戯曲を読めないのは当然なわけで……

だって「良い見本」が身近にたくさん無いんだもの!!(T_T)

で当然、憂い、嘆いているわけです、特に長く生きてきたヒトや自力で勉強してきた人達は(私も)。

演出家「どうしてちゃんと台本読んでこないのか?もっと考えてこい!」

コーチ・指導者「しっかり読みこめば、分かるだろう?読解してきて」

先生方・現場人「最近の若者は本が読めない。最近の子は台本がちっとも分かってない」

…あのね、そりゃ、そーですよ!

若きヒヨコが夢中になるほどの「優れた見本」が周りにたくさん無いんです!(T_T)

映画にしろ、TVにしろ、舞台公演にしろ…まず、素晴らしい内外の「名作」と呼ばれるものの上演がとても少ないです。(あっても高い&都市部だけだ)もちろん映画やTVでしたらDVDもあるんですが、それを大量に観て来なかった、率先して周囲へも勧めてこなかった、そして若者達のそばにいつも名作たちを置いてこなかったのは、私たちとその上の世代の責任でもあります。

そして古典に限らず、近代・現代のものでも、戯曲読解や分析に耐えうるだけの(!)、作品にチャレンジしている現場や養成機関のいかに少ないことか💦中身のない台本や半分素人みたいなテキストや、テキトーな枠組みでお茶を濁したり、自分(指導側・演出側)の不勉強を隠すことはカンタンですよ。

そんな環境を選べずに生まれ、育ってきた若者たちに、

「ほら、もっと勉強しろ!」「台本を読みこめ!」「なんで戯曲読めないんだ?」

と憂い、嘆いたって、そりゃ~、酷ってもんですぜ、兄さん(姐さん)。(笑)

なんだか理屈は分からないけど(実際は綿密に作られているのだが)とにかく面白くて夢中になれるような、魅力的な名作の、かつ素晴らしい!と言えるレベルの上演もなかなか多くない中、どうやって夢中になれと?!

この世にきて、たった20年程度のアタシに(当時)どうやってこんな山を一人で、素手で掘り下げろと?!

そう、これはかつての私が日本で大学生だった時代に、何百本か芝居を観ていて(映画も大量に)、感じていたことでもあります。(それでロンドン大へ 苦笑)

古今東西の秀作・傑作をつかっての勉強の機会や、ましてや、それを根気強~~く、長~~い時間をかけて解きほぐし、演技の実際と演出の実験をたくさん丁寧にする、基礎からの指導もできる(しかもをそれを喜んでやる)演出家がとても少ない中(彼らも苦境から独学のことが多い)….

そう、若き演劇人およびそのヒヨコたちも、憂い、嘆いています。

「今まで誰も教えてくれなかった!」

「なにも、どこから始めたらいいのか分からなくて…本は好きですけど…」

「一応(養成所やクラスや現場で)やったけど、ホントは分かってないんで困ってます」

「国語の読解ですよね?えっ、できてるつもりです。えっ?できてませんか?」

「う~ん、読めてはいるはずなんですが、演じられないんです…」

😡

これ、みーーーーんな、今までに私が直接、言われた言葉です。

なぜ、こんな悲劇が?!💦

が~~~ん!

え~~っと、まず、確かに「国語」はできた方が良いです。

常に、歴史や生物や、いわゆるフツーのお勉強はできるにこしたことはありません。

でも「小説」などの文学とも違います。戯曲は上演されることを前提に書かれていますので、「上演のためのもろもろ」を鑑みて読まないと、さっぱりイメージの湧かない、この世に初めて生を受けた新しすぎる「発明品」の取扱い説明書のように「すべてが謎!」です。

そりゃ、そーです。赤の他人が、(多くの場合一人で)「言葉」をつかって作りあげて、「文字」をつかって伝えようとしている世界です。母国語だからって分かるわけではない。生い立ちも、時代も、往々にしてまったく知らんヒトが、「文字だけでは伝わらないから」演劇の上演台本であったり(元ネタの)戯曲を書いているのにも関わらず、「文字」をつかってるんだよ~~~ぅ。最悪、それがさらに別言語に翻訳されてるっていう…(-_-;) Orz…..

そう! そこに、すでに大きな哲学的矛盾が!(T_T)

文字だけで伝わらないことのために、文字をつかって記し伝える……嗚呼、悲しき哉…

さて、じゃ、どうしたらいいのかな?

ただ、たくさん読めばいいのかな?やたら芝居をみればいいのかな?

本日のアドバイス「まず、名作と呼ばれる古今東西の小説を読んでみましょう」

最近は、フォントが読みやすいものや、新訳と呼ばれるものも増えていますので、お試しください!で、1回読んでピンと来なくても、がっかりしないで、他のものもガンガン読んでみることです。で、気に入らなかったら、別の作家のでも構わないんです。とにかく、「文字」で伝えるというモードに慣れること。

「文字」という記号を自分の「想像力」や「記憶」をつかって脳内妄想モード(笑)へ切り替える練習をすればいいの。カンタン、カンタン♪

趣味や興味あるジャンル関連の小説なら一石二鳥!ですしね!(^^)!

おって、戯曲を読むための「上演のためのもろもろを鑑みて読む」のなんたるかについては、解説していきたいとおもいま~す。

 

 

 

 

 

戯曲読解のミソ「事実とは②」

新年度。…にも関わらず、できることを増やすための努力をしない人たちを日々みては、彼らと演劇と日本の将来が心配になるオカンみたいなKaoruです。

でウワサの「戯曲読解&分析」をカンタン♪にするコーナー(笑)

前にも書いたけど、

「事実」

これです。これにつきます。

クラスやら授業やら、はたまた外の企画などで老若男女(経験いろいろな)方々を教えたり、アドバイスしたりしていて気づくのが、熱心にメモしたであろう「事実」リストの中に、

「(本人が)○○したいと言っている」

「これは××のためだと説明している」

「▽▽のせいだから、仕方がないと●●が言っている」

という、「言った、言わない」問題に発展しかねない「発言」を「事実」リストに入れていること。

Orz…..

ダメ!😡イケナイ!ゼッタイ!

と覚せい剤撲滅キャンペーンを思い出したKaoruです。

そう、それくらい破壊力あるんですよ、この「言った、言わない」を事実に入れるという愚かな行為は💦

みなさん、弁護士や探偵や警察になった気分で考えましょう~!(T_T)

で、これの何がイケナイのか分からん方のために、下世話(?)な例をつかってご説明いたしましょ。(アホなコントです)

はい、ここにうら若き素敵な青年、Nくんがいる。

Nくん「オレさ、映画撮りたいんだ❣」

Aちゃん「え~、かっこいいね、私も映画好き~♪どんな映画好き?💙」

Nくん「ハリウッドのさ、ああいう子どもっぽいのじゃなくて、もうああいうの古いから。出尽くしてるよね、アイデアは。最近、フランス映画いいよね、落ち着いてるじゃん。俳優もうまいよね、映像が綺麗で~、よく観るよ。」

Aちゃん「そっか~、今度いくとき教えて~♪」

…….と若き二人の青春の甘酸っぱい日々ののち……

1年後、とあるミニ・シアターにて「いつもの」観劇の後…

Nくん「なかなか面白かったでしょ?でも俺さ~、こんなヤツじゃなくて、もっとすごいの撮りたいんだよね~」

Aちゃん「へ~、すごいね~、どんなの♪?」

Nくん「今は言えないけど、ああいう古いスタイルじゃなくて。もっとでかいことやるんだよ。K太とも話てたんだけど、やっぱ脚本が面白くないとね。映画で世界にさ、いろいろ問題提起っていうか?若い世代がやってかないと、じゃん?」

Aちゃん「そうだね、すごいね。そこまで考えてるんだ。がんばってね💙」

そして数年後。。。。

彼女は気づいた……..ただ映画をたくさん「観て」、映画に「ついて」ただ「話している」だけでは、「映画を撮れるよう」には誰もならないことを……(T_T)

Aちゃん「あんなに…映画好きだって言ってたのに…しょっちゅう映画、観に行ってたのに…いつも映画の雑誌もみてたじゃん!映画撮るんじゃなかったの…?!ビッグなことするって約束してくれたじゃ~ん?!」

アホ~!(笑)

あなたは騙されています、A子よ!😠 口先だけのオトコに。(笑)

そう、行動=事実

なんだな~。(^-^;

で、これはちと痛いです。(>_<)

行動=事実を考えると、実際の行動の「動機」が表面の言葉による会話と違っているのが多々見受けられます。だからドラマが生まれるのだが…(^-^;

……ということは???

Nくんは「ただの映画好き」です。ファンです。一般客です。(多少知識あっても)

作る側ではない。(笑)

いや~、だってね。ホントに映画撮りたかったら、映画学校行きなさいよ。(笑)映画史も美術史も文学史も学んだら?(笑)映画に関連したバイトしなさいよ。^^; 脚本やカメラや演技の勉強しなさいな~💦それから助監督めざしなさいよぅ、下積みして学びなさいよぅ(-_-;)、映画以外のことに時間やお金を使うの減らしなさいよぅ~~…….

はい、無限…キリがないので、やめます。キッパリ!

はい、本日のお題。

事実とは

「実際に、証拠があること。」

「客観的に、裏付けがとれること」

「通常、なんらかの行動を伴う」(=ただ「言った」はダメ)

「つもり」はカウントされません。

「つもり」を評価するのは親バカだけ、と覚えておきましょう。(笑)

本日、これにて~♪

お写真は「4人が同じソファー上に並んでいるという事実」を激写‼

 

 

ダマされちゃあ、イケナイ!-戯曲読解と分析における「事実」とは。

マスタークラス初日、無事におわりました。

…で、戯曲読解と分析には、とにかく「前提」とも言える「事実」の洗い出しが大事です!

これが分からん方、勘違いしてる方、いつまでも甘い方(笑)、あいまいなかた、多し!

日本語の文法通り、国語の意味通りの「事実」です。

「~~~したいって××が言ってる」

{●●するつもりらしい」とト書きに書いてある

はダメです!

証拠があるもの、根拠があるもの=「事実」

探偵(?)、警察(?)、弁護士(?)になったつもりで、事実だけを書き出してみましょう。そこから、自分が誰なのか、どこにいるのか、何が欲しいのか…など、戯曲読解と分析をしましょう。

ま、実際に(意識的無意識的に関わらず)やっている「行動」が主になります。(あとは時代や地理や自然現象などの変えられない事実!)

昔、「ポートピア連続殺人事件」というゲームがありました(笑)

私、子どもながらに大好きで、毎日証拠を集めては、事実を集めては、メモをとり、捜査に(笑)乗り出してました、テレビ画面の前で。(^^ゞ

まあ、それと似たようなものです。ミステリーも戯曲も、実際の現実世界と違って結末がすでに決まっていて、描かれているものがほとんどです。(例ズバリ!ではなく方向だけでも)したがって、事実からたくさんの行動の裏や動機付けや意図を手繰っていけるんですよね。本人が無意識的にやっているようなことまで….

というわけで、演劇人にはもっと戯曲そのものの中枢から、事実に基づいた読解と分析から交流へ、表現へ、つなげていってもらいたいと思っています。(それに値する戯曲の場合)

他、私のクラスでは、入門時から学んできたラバンの方法論を応用して、戯曲の構造分析、キャラクター分析もします。これまた愉し!

というわけで、つわもののみなさんとその予備軍の方々!

しっかり学習してくださいまし!(*^^)

 

 

勝手な足し引き、大きなお世話!戯曲読解&分析のワナ第3回「劇作家の血肉」

イギリス留学時代には出会わなかった(だけ?)、あらたな憂い。そして怒り。

それは、「戯曲の破壊」。(# ゚Д゚)

それから、役の人物の「一般化」、抽象化。

最悪なのは内容のない「ニートな台本」。まるで「中2の日記」ですぞ?!こっちが恥ずかしいわい!

そして他者の存在しないナルシストな、謎のひらべった~い劇世界もどき。登場人物たちがまるで一人の人のように似ている。うへえ~

…そしてマンガ化(笑)!

日本らしいって言われると 💦

そうです、あえての(としか思えない)、戯曲の事実を曲解するような謎の演出(?)、勝手なセリフやト書きのつけたし、一貫性のない矛盾だらけの行動の連続、シーンの編集、内容のない会話、肝心なセリフの分断、要らない説明の付け足し、ビデオや飾りとしての音楽…💢

横行しておりますね (-“-)

清潔でもないのに、ごちゃごちゃ飾り立てているダサいファッションのよう、恥!

理由はさておき(苦笑)、最終的に、それらの「破壊行為」が「何の役に立った」のか?

分からない。。。汗

したがって、上演の何の役に立ったのか、分からないまま…結局「何が言いたかったんだろう?」、「何をどう感じて、考えている人達だったんだろう…」、「どういう目的のために、何をしていた人達だったんだろう??」と取り残され感が残ります。

私は劇作家ではありませんが、作家という一人の人物が、血肉を(おそらく)つかって書いたもの、言葉を選び、人物を想像し、劇の構造を推敲し、文章を磨き…..そんなプロの惜しみない大変なお仕事をぶち壊す快楽がどこにあるのか、さっぱり分かりませんし、そういった破壊行為を「オリジナリティー」だとか「個性」だと勘違いして公に発表する人の気がしれません。

戯曲の構造が読み取れないとか、「いつ」「どこ」「誰」みたいな基礎構造がないパッチワークな解釈をしたり、はたまた戯曲に書かれている事実から推測ができないとか、戯曲のテーマや意味を本質的に掴めないとか….

そういったハンディキャップが「個性」や「ユニークさ」なわけないだろう!怒 😠

例えば、NTライブの「スカイライト」で舞台装置が「綺麗じゃな~い」とか「あんな家?アパートのセットなのになんか違う」といった人がいるけど(^^;)、その方は全く台本が読めないのだと思います。戯曲における「いつ」と「どこ」の設定の意味するところと他の要素との関係が分からないのだろうなぁ、と。あ~あ。デイビット・ヘアが聞いたら仕方なしに笑うんだろうなぁ。。。(T_T)

という訳で(?)なにはともあれ体感してもらうことが大事と思いますので、シーンをつかってのキャラクター作り、戯曲読解&分析の細かい(&厳しい)指導が好評なマスタークラスの開催を今後は増やしていく予定です。そしてそのためにも、他コースの開催も頻繁にしていきたいなと計画中です♪

お楽しみにっ❤

 

 

 

 

戯曲読解&分析のワナ第2回「前提:事実とは」

はい、先日アップした「戯曲が読めない!」という俳優たちの悩みにお答えしてのシリーズ第2回です。

「戯曲って難しい~」というヒヨコ俳優たちの訴え、そしてなにより「俳優が戯曲をホント読めなくて困ってるんだけど😠」という演出家や指導者たちのご心痛にお答えした新シリーズです。(T_T)

で、戯曲読解や分析に入る前にですね、大前提である「事実」とはなんぞや、を合意しておかねばならんです。

おそらく、ここ=「事実とは」がおかしいから、その後が崩れていくのかな、と。

たぶん、ここ=「事実と非事実の違い」が曖昧なんで、のちの作業はすべておかしな方向へ~ (T_T)

ですので、真剣に読んでね!

演劇における「事実」、それは辞書の意味通り!

「真実。実際に、本当にあった、現実のこと」です!

ラテン語の由来から哲学的に考えると、「空間と時間に実存」しないとイケナイらしいです。おおっ!こりゃ、的確な意味ですな!(^^)! (嬉しいっ)

したがって…

「こう言った」「ああ言った」という「発言という行為そのもの」は「事実」なのですが、言った内容が事実かどうかは「検証せねばならん」のです。

戯曲たちはさておき、まずは一般的なベタな例(笑)をあげて解説いたしましょう~

①あなたの友達(OR恋人)(22歳~25歳前後と仮定)が「映画監督になりたい!映画を撮るんだ!」と頻繁に発言し、意気込んでいる(ようにみえる)

②彼(OR彼女)は映画をたくさん観に行き(週1以上か?)、テレビでも映画を観て、DVDも借りてみている、映画雑誌も読んでいる(家にあった、持っていたなど)

③彼(OR彼女)が①と②を始めて、3~4年経つ。*①と②は変わらず継続の様子がうかがえる(実際に会話をした、その場に居合わせた、など)

さて、「彼(OR彼女)の『映画監督になりたい」は事実でしょうか、事実ではないでしょうか?」

一般的には「はい、彼(OR彼女)は映画監督になる夢をあきらめていない。映画を撮りたいと思っている=事実」

となると思います。

でもさ…

映画を通じて○○を伝えたい、▽▽な映画を撮ることで、××を描きたい

「目的」なら…

「手段」がなければイカンのでは???

「手段」が「映画監督になること」である場合、さらにそのための「手段」(方法)が必要ではないですか?

ということは…

そう!「映画学校に入る」とか「映画学科で学ぶ」とか「助監督になるための勉強をする」とか…

なんか行動をせねばおかしいのですっ!

そう、この「目的」と「手段(方法)」の入れ子構造をご理解ください。

有言でも不言でもいいのです。「実行(行動)」の方にフォーカスしてください。

これが上演に値する戯曲読解&分析を進めるための「事実の正体」です。

さらに詳しい解説と実例はシーンのクラスやWSなどで~(^_^)/~

戯曲が読みやすくなることを期待しています!

事実認識を誤ると、「ああ、きっと彼はいつか映画監督になるわ💛」とか「あいつはきっとビッグになるっ!」というような『何の根拠もない希望的観測』を抱いて、おそらく、何も起きずにおわります。(笑) はい、文字通り、終わります。(-_-;)

みなさん、言葉にだまされないように(苦笑)「事実の正体」を読み取ってください!

本日の写真は…世界のどこでも似たような背景になってしまふホテルにて。泣

ニューヨークだったんですが。。。(^^ゞ

 

 

 

戯曲読解&分析のワナ 第1回「事実が大事」

私が高校生のときから習っていた今は亡き恩師A(俳優)がいつも言っていたこと。

「かおちゃ~ん。具体的だよ~、具体的!おまえは観念的なんだよなぁ、なんかぁ。う~ん、俳優は具体的でなくっちゃぁ~、やれぇ、具体的に~!」

(T_T)

3年近く言われ続けた日々。

その後も私の留学先のロンドンまで達筆なお手紙をくれた温かい師匠。実の娘のように本当の意味で本気で叱ってくれて、信じてくれて、最期までかわいがってくださった先生。

そうです。

今になって、その後、ウン十年を経て、先生の有り難さと正しさが染み渡る冬の空。

苦笑

授業だけでなく、シーンのクラスや外の企画やWSなどをやっていても毎回感じること。それは、「戯曲読解&分析」が「事実」に基づいていない!

しかもまったく具体的でない!という恐るべき事態!

由々しき問題でっす!(# ゚Д゚)

伝統的な「いわゆる」戯曲読解&分析でも、スタニスラフスキー・システムでも、戯曲が文字に書かれた他人の生活の様子や言動である以上、ただ妄想してちゃダメだろ~!ただ観念的に分かったつもりになっててもダメだろう~!ただの調べものも足りないだろう~、博物館じゃないんだぜ~、演劇は~!!!(笑)

というわけでこのブログの「カンタン!戯曲読解&分析」コーナーでは具体例を出して、戯曲を読むにあたっての注意やポイント、分析の方法などをご紹介していこうと思います~。!(^^)!

戯曲を読むのに慣れているプロの方々、

戯曲を読み始めてまもないヒヨコの方々、

ご自身の俳優メモなりジャーナルなりノートなりが、具体的な読解&分析になっているか、まずはご確認ください。

例えば…

「あなたのキャラクター(役)は何ですか?誰なのですか?」というような問いに…

「不幸な女です」とか「綺麗な女性」と答えてないよね?!

まさか!

「この人(自分が演じる役、キャラクター)はどうしてこんなこと(セリフ)言うんだろう?どうしてこんなこと(行動)するんだろう?」

なんて、しょっちゅう思って…ないよね?!ないよね?!

思っていた方、お心当たりの方へ。

まずは戯曲読解&分析前にたくさんの世界の名作と呼ばれる時代と文化を超えて生き残る名作小説をお読みください!

その上で、

世界の名作といわれる戯曲を「事実」と「事実から推測できること」を分けてノートにお書きください。

ここがスタートです。

のんびりになりそうですが、まだまだ続くシリーズで~す~(^^)/

毒舌好きの方々、しばしお待ちくださいね!

本日の写真は最近読んで面白かった、己が何者かが具体的な方による、具体的な例がたくさんの面白い&読みやすいお気楽な良書。お試しあれ~!