「何もしてない宣言」する人々、システムの「破綻」。

春!💮コートを着ないだけで、こんなに楽!(笑)

…にも関わらず、自分で自分の身体をひどく窮屈に、継続的に役立ちづらく、難しくしている人がいるんだなぁ、ぽわわ~ん。。。

….というのがアレクサンダー・テクニーク教師としてのKaoruのぼやき。

毎週あちこちで聞くのが、

「気づいたときに、意識はしてます」、「直してます、気づいたら」、「気づいたときに、注意してます」

という、実際は「なんもしてない宣言」😠 怒(笑)

みんな真顔で、堂々と、正面切って、真面目に言います。。なんなの~?それ~!?

レッスンにて……

Kaoru「さあ、この間レッスンで練習した、首固めるのをやめるのと、頭を後ろに押し下げるのをやめるのと……防ぐのは上達してきたかな~?」

せーと「ああ。気づいたときに、固めないように、って思ってます。」

??

は?!

遅いよ~!それじゃ~!😡

Part II ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Kaoru「今週はどうだった~?」

せーと「また固めてるなって気づいたときに、力入れすぎてたな、って、気をつけてます。」

??!

はぁ~!? 何言ってんだ~?!それのどこが「気をつけて」んの~?!

Part III  ―--------------

Kaoru「…で、背中狭くしたりつぶしたり、膝つっぱったり、骨盤押し出したりしてる癖、やめる練習した?」

せーと「あぁ、気づくとやってますね~、ときどき、ハッとします~」

コラア!!!怒 ヽ(`Д´)ノ

…………

あのね (-_-;)

自分が、自分で首固めちゃってること、頭を後ろにしょっちゅう押し下げちゃってること、だから背中も短く狭くしていることを「やめる」から「気づく」のが上手くなるのです!因果関係に注意!

イコール=

「気づかない」くらい、頻繁に、無意識的に、脚をつっぱったり、肩を持ち上げたり、食いしばったりが「うまくなっちゃってる」ということ。

「癖・習慣」ってヤツです。(T_T)

ですので、すでに「気づかない」くらい「巧み」に「繰り返し」、ひどいつかい方が意図せずともできている、という訳で…

自分の感覚だけじゃ、気づけないくらい慣れてしまっていること自体が問題だろ~に~!

ですので、「気づいたら、やめよう」とか「気づいたときに直してる」みたいな人は、上達しません。「気づけない」のですから。酷いつかい方、故に気づけないのです。はい。だから、システム破綻してるよ。

「気づくか気づかないかに関わらず」どうもしょっちゅうひどいつかい方をしているらしいので(レッスンで言われた、指摘された、ビデオでみた、声で分かる等)、とにかくことある毎に、頻繁に「動く前に意識する!」のだ!

自分が「感じる感じないに関わらず」動作の前に方向づけする!

ってことが必要になってくるんでっせ。

わかる~????😠

初めから「気づけてる」なら、レッスン要らないでしょ。苦笑

「気づけない」から不便で、苦労してるんでしょうに。

「じゃ、気づけるようになるにはどうしらいい?」と考えなはれ!

「気づけない」ので、そんな曖昧で移ろいやすい感覚だけじゃなくて、「思考」が必要になるのさ~。

システムの破綻、禁止!😡

はい、みなさん、覚えましょう

①「できるから、分かる。」

=できるようになるため練習をする過程で、いろいろなことが分かってくる。

②「(間違った酷いつかい方を)防ぐから、気づけるようになる」

=防ぐ練習と方向づけの実践の繰り返しを通じて、違いを感じ取れるよう「感覚が育ってくる」。

③「無意識に勝つのは意識」

「無意識的」に理にかなわないおかしなつかい方を繰り返せるくらい感覚が劣化しているのだから、その不幸にも学んで身につけてしまった癖や習慣を変えるには、「意識的に」違ったつかい方を自分にたくさん体験させるしかないのです!

です!デス!です!そうなのです!!!

みなさん、F.M.アレクサンダーの本、読んでね。翻訳してあります。by Kaoru

自分のつかい方 単行本 – 2010/11で検索してね~ 演劇と教育で有名な晩成書房です☆

フレデリック・マティアス・アレクサンダー (著), 鍬田かおる (著)

 

アレクサンダー・テクニーク応用クラス始動!です

基本は個人レッスンで一歩一歩、先生と一対一で納得いくまで、時間をかけて、いろいな角度から、じっくり&しっかり学びたいアレクサンダー・テクニーク。

しかし、そうは言っても…

何のために「自分のつかい方」を改善したいのか?

より機能的に有利なつかい方が選べるようになったところで、どう演奏やパフォーマンスや演技に生かしたら良いのか?

を追求してこそ!

良い使い方は「手段」であり、「目的」ではないのですから、アレクサンダー・テクニークの本領発揮はやはりパフォーマンスに応用することなのデス♪

これを忘れちゃうと、「健康と美容」や「リラクセーション・癒し」と変わらない時間になってしまいます。。それって…アレクサンダーじゃないじゃん???苦笑 (-_-;)

私はケガや痛みからではなく、ダンス&演劇畑からアレクサンダー・テクニークに出会ったのですが、ちょこっとスポーツや音楽の経験もあったので、この「手段」であるはずの「技術(アレクサンダーや演奏法や発声法や演技メソッドなど)」が、「目的」にすり替わってしまっている人をみると、ホントに残念!!!(T_T)

そして、創始者F.M.アレクサンダーの言葉をなるべく忠実に、芸術を愛する勇敢な俳優だった彼らしく、音楽やスポーツや競馬(!)好きでも知られたアレクサンダーの意図や文章の特徴そのままに日本語訳にしたのが、こちら、F.M. アレクサンダー著「自分のつかい方」(翻訳はワタクシです)

http://www.bansei.co.jp/

こちらから買ってね💙

はい、読みにくい学術本です。翻訳で現代一般日本人用には読みやすくしてません。(笑) 気楽にちょっとだけ、一部だけどなんとなく表面的に知ったつもりになりたい、実際に自分で学び、考えるつもりのない方には向いてないです。分かりやすい印象を与える図柄や絵もあ、簡単な置き換え表現もありませんので。

あの時代のイギリス英語の言い回しです。しかもF.Mらしい長文の連続(笑)、決して、一般人が気晴らしに読んで気分がよくなるような生易しい本ではありません。(笑)言葉つかいもさることながら、彼の思考の展開としつこさ(笑)!そして内容の厳しさ、まさしく「現実主義者」のF.Mならではです。好みが分かれるところです。

しかしながら、ここを通らずして、アレクサンダー・テクニークの中枢には入り込めないでしょう。なにせ、創始者ですから。

内容はまさに、「良薬、口に苦し」です。^^;

で、応用クラス☆がスタートしました。

今日は背骨のうごきを中心に、うごきの始まり、緊張の解放の拡大、目的をもった全身のつらなった動き、そしてフルート演奏の例題💙

一緒に学ぶ仲間が増えるのも、他人が勇敢に自分のつかい方を見直し、方法を吟味し、良い方へ変化していく時間を目の当たりにできるのも、とっても嬉しく、勇気づけられる、建設的な時間ですね(*^^)

自分で自分の姿は直接はみられない。自分で自分の背中をみることはできない。そして自分の声も、演奏の音も、直接聞くのと実際はちょっと違います。これをサポートしてくれるのがグループ応用クラスの良さ💛

引き続き、応用、実験☆彡

クラスでは、みんなで健やかに、お互いの良いところ、本来の目的を追求する素敵な時間にしたいと思います。

輝け!本来の、最大限の自分!(*’▽’)

基礎は身を助くーモノローグクラスの様子

おかげさまでモノローグクラスも幅広い年齢と経験の方々の集った有意義な時間になっております。!(^^)! ありがたいですね~♪作品もいろいろ出てきて、愉快なり!

さて、基礎は身を助く、というお話。怖いけど、読んでね!(T_T)

① 立っていられる、歩ける、座れる。

いや、冗談じゃなくて。(笑) (^^ゞ 「余計なことをしないでも、立っていられる、座っていられる、移動ができる」ってこと。指をもじもじしたり、体重が無駄にフラフラしたり、あちこち身体を固めたり、ため息したり、腰を反ってみたり、からだを縮こめてみたり…これが邪魔な人のいかに多いことか?!それじゃ、感覚的には「もじもじ」や「フラフラ」や「カチカチ」や「ため息」が常にバックグラウンドミュージックの世界の住人ですよ…って悲しくない?笑

② 発声・発音に問題がない

朗々と歌い上げる必要があるとか、美声であるという意味ではなくて。💦

とにかく正しく負担ない構造的に適切な口の開け方ができる、息が前と外へ流せる、口の中で母音の形を正確に変えられる、舌や唇が正しく動かせる、スピードや強さの調節ができる..というような当たり前のこと。

癖に縛られている間は、どんなに「思いこみ」作戦を強行しても、役の人物はあなたの生い立ちと習慣の産物でしかありません。整理しましょう、練習しましょう。

③ 国語に問題がない

笑!!そうです。しかし、カンタンな国語的な読解につまづいたり、極端に語彙が少なかったり、母国語の文法がおかしいと、ろくなことないです。(外国語が母国語を超えることもないようですし (^-^;)という訳で、ドラマを考える前に、まずは国語から。ユニークやオリジナルもまずはスタンダードから。小学校レベルの文法からおかしいかたに演劇は無理です。

この3つはグループのクラスではどうしようもできませんので(というより、自覚してよね!!!)、①と②に関してはアレクサンダー・テクニークの個人レッスンをお勧めします。

③については……

知りません!苦笑

いくら芸術、芸能とは言え、最低限の基礎学力と知性は必要です。

(学歴という意味ではない)

実際、「やってできる」、「練習すればできるようになる」ことがほとんどですが、「何をやったらいいのか」、「どうしたらいいのか?」の意思疎通すらスムースに図れなければ、演劇に限らず本人も(周りも!)ツライでしょう。

日ごろの努力が花開きます。

春です!(笑)

花は内側から、自分で開きます。

外からの刺激はありますが、開くのは自らから、です。

ご覚悟ください!!!!(笑)

写真はアクロバティック・ヨガに挑戦したワタクシの図。

先生と友達がうますぎて、ご一緒できてとても嬉しかった💙またやりたい!!!

「善いヒト」になりたい!もほどほどに。

おかげさまで12月のクラスもほぼ満員。ありがとうございます 💙 愉快で充実した時間になりそうです。通年、嬉しい問合せに紛れて…不可思議な「つぶやき」(?)を受け取ることも多いのが、この職業の面白くも皮肉なところ…(^^ゞ

何回かメールやメッセージのやりとり、はてはレッスンをしていて気づくことが2つあります。1つは、

「自分以外の人やモノを大事にし過ぎちゃったね~」という残念な点。

自分がオーディションに受かるためのクラス、演技を磨くためのレッスン、演奏やパフォーマンスが上達するための練習時間や専門家にみてもらう時間が大事、健康管理、(建設的な)休息が必要といいながら、

「あ、そこは○○があるので~」、

「▽▽が入るかもしれないので…」、

「本当は行きたくないけど、××があって…」

とレッスンに来ない、クラスを休む、さまざまな成長と飛躍のチャンスを先延ばしに…。(T_T)

きっと、善い人なんだろ~な~ (^^;

人目を気にしての、表面上の快適ではない付き合い、

深い意味も気持ちもない、習慣によるヒマつぶしの娯楽、現実逃避…

果ては自分を大切にしてくれない人に、信頼と寛容をもって付き合い続ける…来週の、来月の、そして将来の自分にとって大事なレッスンやクラスよりも優先して。

あらら。。。

きっとみんな、善い人なんだろ~な~ (T_T)

でも、もったいないです!

自分の仕事、得意なこと、将来の自分のための時間を大事にしてください☺

レッスンも優先して、オーディションに受かったて活躍した方が周りも喜びます。クラスも続けて、質の高いパフォーマンスを少しでも多くした方が、自分も周りもハッピーなはず (^^♪

年末ですからね、この機会にライフスタイルのバランスを見直しましょう。

2つ目は、

「結局、学びたくないんじゃん」

ということ。がっかりです。

「ああ、学ばない理由を正当化したかったのね」

ということ。かなし~ですね~ぇ~。自分が学びたくないことを隠すために?苦笑

なんだかんだゴネて、結局、「学ぶことって難しい」と一般化したり。

「学習環境が整ってない」と探せがいくらでもある「ハンデの分析」に余念がない。。。で、分析した結果、やはり行動しないのであった。とほほ。(-_-;)

結局、「学ぶほどの価値はない」=だから、今のままでいいのだ、と感じたいだけ。

(-_-;)

結局、他力本願。本気じゃないデスね。

例えば…「あの先生のやり方は合わない」

…いや、他人ですから(苦笑)。多少やり方なんか、合わなくてもいいじゃないですか?!何か学べれば、役に立てば。目的が合ってないことの方が問題ですよ。(笑) そして本人自身の目的に向かう力が強ければ(犯罪や災害でない限り 笑)、細かなことはこだわらなくても良いはず。

例えば…「今は、そういう時期じゃない」

笑!

陰陽師ですかいっ?!平安時代の貴族なの?!(笑)

じゃ、お聞きしますが、その「時期」って誰が決めてるんですか? 逆に「今、そういう時期です」もあるんですか?あまり聞かないのですが…スピリチュアルもほどほどに願います。

2015年もあと12日です!

時間のつかい方、優先順位、根拠のない言い訳(笑)、先延ばし戦術の虚しさ・・・

自分の愉快な目的のために、ちゃ~んと吟味してみましょ♪

 

 

 

 

「『理由』なんかどーでもいい場合」 、有りマス

レッスンやクラスでよくあるんですが…

どうして、こんなに首固めてるんだろう?」

「私、なんで膝つっぱってたんだろう?」

「なぜいつも頭が後ろにいってるんだろう……?何でなんですか?先生?!」

「なんであんな声出したんだろう?どうしてあんなひどい動きしたんだろう?」

と言われるのです。まるでミステリーのように!

…なぜって…(^^;

そんなの、知らんわ!苦笑

自分のことでしょ~?!

…とツッコミはさておき。

「なんで?」とか「どうして?」とか「なぜ、なぜ~?」って考えてどうするの?

だって……理由を知ったとして……どうするの? 笑

理由が分からないと「何もしない」の?

自分に理由が納得できなければ「何もしない」わけ?

じゃ、始めから「変える」気ないよね、ホントは。😡

笑!

というわけで、理由を考えて何分も、毎日、毎週、毎回ウジウジしてるなら、

「今、とりあえず首、固めてるのをやめてみて」

「さておき、膝つっぱってるのをやめて」

「まずは、頭を後ろに押しているのをやめて」

「なにはともあれ、その変な声をやめる(苦笑)!そして声を出す前に、どう出したいのか考える。理屈はさておき、その役立たない動きはしない(苦笑)!動く前に、自分が今、何をどのようにしたいのか考えて」

ください。ぜひっ!

理由って、一つじゃない場合が多いし、理由なんて探そうと思えば、いくらでもある。いくつか理由や原因を探し当てたところで、自分にも周囲にも納得いく口当たりの良い理由や原因がいつもある訳でもないです。直接の原因も間接の原因もあるし…永遠に続きますよね、犯人探し (笑)!。理由があったとしても、結局…

「なにか『行動』をするんだよね?!」

じゃ、始めから「やればいい」じゃん。(笑) ☻

「首を固めていたという事実」に対応しましょう。

「膝をつっぱっていたという事実」に応じましょう。

「頭を後ろ押していたという事実」を受け止めましょう。そして変えましょう。

「目的に合わない変な声を出したという事実に反応しましょう。不適切なひどい動きを今したという事実」を認めましょう。理由は仮定でも、原因はおよそでもいいんです。

そして…「事実を解決」しましょう!(^^♪

***

日常でも同じ原理がありますよね☻

例えば、誰かの足を踏んでしまった場合。。。よくある例です。

理由、大事ですかぁ~?

「暗くてよく見えなかった」から、踏まれた側は足が痛くないんでしょうか?

「混んでいたのでうっかり」事故だったら、踏まれた側のつぶれた血豆はなんともないと?

「体調が優れなかったので」、踏まれた側は笑顔で我慢せねばならぬと?

「慣れない靴だったせいかなぁ」…慣れない靴だと踏まれた側はたいして痛くないとでも?

「となりの人がぶつかったから…」うん、でも踏んだのはキミよ。苦笑 💦

お分かりですね?

そう、理由の如何に関わらず、「謝る」よね、まず。(-_-;) 行動するでしょう?頭下げたり、相手の様子みたり、靴を汚してないか、サンダルの女性だったら血が出てないか確認したり、ご老人だったらすぐに歩けるか…。結局、行動するのだ!

という訳で、

理由を理解しようと努めることと、解決することは違います。

問題の原因を探すことと、実際に行動を変えることは違います。

大事すぎて、2回書きました。(笑)

++++++

前に、

「どうして遅刻するの?!」と叱ったら

「どうしてなんだろう…?」呟かれて、

(-_-;)

質問文をつかってのお叱りを質問と思わなかったらしい。面倒なので(苦笑)「遅刻するな!」と命令文に言いなおしてみました、ちゃん、ちゃん。

あくなき理由探し、犯人探しのような原因追及は、ほどほどに、ネ。あまり長く理由を思索していると、実際の行動を変えるのが遅くなってしまいます。

どうせやるなら、やりましょう。理由が大事でないこともあっていいのです。

本日の写真は「理由」は分からないが、美しい猫💙 原因は不明だけど、とにかく可愛い猫さま♡ 理由なんて、い~らな~いっ♪

 

 

本当に「難しい」のか?!ー昔々、教師養成コースにて

「難しい!」…それは思わず出てしまう便利な言葉。

「難しい」と言えば、いろいろ収まる…のかな?ホントに?

昔々、ロンドンのアレクサンダー・テクニークの教師養成コースにVという素敵な50代の元バレリーナがいましたとさ。可憐なバレリーナ引退後は、ジャズダンスなども踊れる先生になり、英語を教え、事務仕事をし、乗馬をし、才能あふれるスーパー・ウーマンとして2人の息子を(ほぼ)一人で育てあげ、アレクサンダーの先生になるために教師養成コースで研鑽を積んでいたのです。

私がVに会ったのはVが最終学年3年目のとき。

私はヒヨコでただレッスンを受けていることが多かった。^^;

そんなある日。

よき先輩であったVの査定があり、新しい一般の(学校外)生徒に初めてのレッスンをするという設定で、校長先生含め、みんなが監督する中レッスンを展開する、そんな教育実習課題の時間…(辛い?)

Vは緊張したのか、ピリピリしていた、おおぅ、元バレリーナよ!

「レッスンは一種のパフォーマンス」と演劇科出身でババクサい私は悟っていた。

(^^;

なんか嫌な予感したけど(笑)校長から厳しい目で査定されながらも、Vは生徒さんにレッスンの説明やテクニークの原理を解説し、アレクサンダーの個人レッスンが熱心に進んでいったんですね…

いや、そう見えたのよ!…けど…そうでもなかったの! 泣

先輩V「…はい、首の緊張を解いて。そうそう。あのね、こうやって自分の癖に気づいて、余計なことをせずに、じっと座っているのはとても難しいんだけど、こうやって自分がやっていることを観察して、からだの様子を…」

と生徒にレッスンを実地で進めながら、話をしていったV。

協力的な生徒(役)「オウ、イエス、イッツ OK。」と微笑。

素直にVの説明を聞いて指示に従う、有り難い生徒(役)の様子は平和にみえた。

でもね

ヒヨコKaoru(ああ、やっちまった!…チーン (T_T))

ヒヨコKaoruの悲しい予感は当たり、 いつもはおっちょこちょいの髭校長がイスの上で体重を移動し怪訝そうな顔でメモを取ったとき、

ヒヨコKaoru(こりゃダメだ!Vちゃんピーンチ!)(-_-;)

と心で泣いたのでした、ちゃん、ちゃん。

その後、Vが2階でみっちりと叱られている間、ヒヨコKaoruを始め、みんなは粛々とオヤツを食べて待った、そんな暗い記憶。(苦笑)

みなさん、おわかりでしょうか?

2階から降りてきた怒りの髭校長、着席するなり、

「あのね!怒 😠『難しい』って何なの?!『じっと座っていることが難しい』と言ってたけど、一体誰が?誰にとって『難しい』んだよ?!『余計なことをせずに、じっと座っているのがとても難しい』のはキミだろう?! 😡 あの生徒はそんなことなかったじゃないか?!ちっとも彼には難しくなんかないんだよ、そんなこと!見てないのか?気づかなかったのか?キミが難しく『感じてる』だけじゃないか?!何言ってんだ!怒ヽ(`Д´)ノ」

…ドーン ☇ 雷が落ちました。。

こんなに不味かったティータイムも珍しい。泣

そうです…(T_T)

Vは自分が苦手なことは生徒はもっと苦手に違いないと勝手に決めつけ、「難しいこと」としてレッテルを貼ったのでした。悪気はなかったはずですが、結果、生徒は自分がやっていること、そしてこれからやることは「なんか難しいと思うべきことらしい」と受け取ったのです。そりゃ、マイナスからのスタートだわな。

ヒヨコKaoru(お、恐ろしい。。。)

ダメじゃん、先輩っ!

そして

髭校長!怖すぎっ!

(普段、私にはかなり朗らかでヒョウキンで愉快なおじいちゃんなんですが 笑)

「難しい」と思ったとき、『誰にとって難しい』のか、考えましょう。「難しい」と言いたくなった時、「誰が?あ、これ自分の感想かな?本当に難しいことなのか?」それとも「難しいと感じているだけな?」とツッコんでみよう。

ああ、恐ろしかった。。(-_-;)

おかげで私は学べたので、結果、オーライですが。。。

その後、Vがウジウジしていたことも辛かった。。

主語を考えないと「一般化」してしまう危険を身をもって知った日でした。

プルプルッ。。

今日の写真は「難しくない」シュノーケリング@モルディブ💛

「自分のペースで」やりたい!は危険

「ご自分のペースで学べます」と言われるとなんだか安心する。そう書いてあるチラシやパンフレットをホッとしながら手に取っている。

それなら…私でもなんだか上達できそう…と胸キュンする♥…

そんなあなたは危険です。

「それぞれが自身のペースで学ぶことが大事」と悦に入る先生(指導者)。

「みんなちがって みんないい By 金子みすゞ」 を曲解して微笑む先生(指導者)。

そんなあなたは仕事してないぞ!

キッパリ☆

そう。かつて自分も「一人一人に合わせて、ご自分のペースで学べます」に安易に惹かれていた生徒時代。反省。恥ずかしい。懺悔。素人考え、甘ちゃんでした。嫌だ~!もっと学べばよかった~。後悔先に立たず。。。

あのね…「自分のペース」で上達する人は(ほぼ)いません

なぜなら「自分のペース」そのものが問題だから。

自分のペースを守っているが故に、あなたは○○が上達せず、▽▽がイマイチできず、××がイケてないのだから。そして何にも挑戦しておらず、過去であり、その延長にある日常を超えていないのだから。

ガーン (T_T) 彡

そう。自分のペース=自分の癖・習慣・日常・防衛

学習がなされるためには、自分のペースと一般的に言われる「コンフォート・ゾーン」=表向きの快適さを重視して現状維持、当事者性もなく、他人任せの領域、から出る必要があるんですね。

ご自分のペースはご自宅で。(笑)

練習や訓練など能力開発には「ストレッチ・ゾーン(ラーニング・ゾーン)」とされる領域に一定時間以上いる必要があります。ここでいろんな刺激を受けて栄養を養い、のびのび能力を伸ばしていくのだ。工夫や想像は迫られるけど、つかえる方法が増えるので愉しいし、できることが増えるので、みんなハッピー♪

かと言って、病になってしまうようなパニック・ゾーン(恐怖)はダメです。トラウマ(?)になります。稽古場で独裁演出家が何時間も1人の俳優に精神論を怒鳴りつけ続けるのもパニック・ゾーン。撮影所で隔離して説得という名の洗脳や布教もダメ。これもパニックを引き起こします。結果、誰も何も学ばないため、優れた作品づくりや能力開発などの「目的」が果たせません。不幸。。。

大切なのは「ラーニング・ゾーン」(別名:ストレッチ・ゾーン)

普段の考え方、習慣になっているやり方から離れて、癖に頼らないでも、新しく、今、自分で考えて、想像して「いくつかの異なる方法」を試してみる。慣れない方法でも、自分の能力が発揮できることを体験して、さらに自分の可能性を「ストレッチ」💙 楽しいです♪

ある日、モノローグをつかっての一般の演技のクラスで

Kaoru「このモノローグどう?課題に使ってみて~、ま、試しに~(*^^)v いいんじゃない?年齢も合うし~♪」

せーと「えっ?!こ、これはっ!難しすぎませんか?私には…」

Kaoru「ん?」

せーと「いや、ちょっと…私…もっと簡単なのが…」

Kaoru「は?」

せーと「えっ、で、できますかね?これ…えっと…」

Kaoru「ま、やってみて。とりあえず。別に内容深く分かってなくても、課題に使うだけだから。」

せーと「で、でも…(ウジウジ)私、ちょっと、これは難しい…」

Kaoru「やりたくないってこと?」

せーと「あっ、いや、そういう訳では…ただ、自分はまだ出来ないかな…と(モジモジ)」

Kaoru「…じゃ、いつ、できるようになる予定?」

…チーン!

(-_-;)

そう。できるようになるために、ちょこっと今より上のレベルの質を求められたり、ちょぴっと上の課題を与えられたからって、「おうち」に引っ込んでニートしていてはいけません。ぬくぬくと「おうち」に居ても、なにも新しい能力をつかう必要生まれないよ?「必要は発明の母」って言うでしょう。

私が英語を毎日人前でつかえるようになった時…それは毎日朝から晩まで毎日大学でしごかれていた時。自分のペースでノロノロやっていた時ではなかった。〆切があって、恥かいてでも何度でも繰り返し論文を書き、発言し、直され、やり直し続けたこと、大量の読書をせざるを負えなかったとき、セリフを覚えねばならなかったとき。そのとき、一番上達した。(毎日ご指導してくれた先生方と仲間はホントにありがたかったぁ!)

はい、辛かったです。でも、おかげで他学部の日本人集団や留学生より早く英語も上達して、いろんな友達もたくさんできて、芝居や映画をみたり、あちこちお出かけしても、英語には苦労しなくなりました。結果、とってもハッピーでいる時間が早く来て、ダンスなどの習い事する余裕も生まれました。ロンドン生活、一気に充実♪

いえ~い!(*^^)v

私が(ちょこっとでも)ダンスが上達したとき。それはノロノロと自分ができることを確認したり、出来ない理由を探して言い訳しているときではなかった。(T_T) 師匠ズの言うがまま、専門家(師匠ズ)の意見を自分の感覚よりも信じ、師匠ズの提案するエクササイズに屁理屈言わずに(笑)繰り返しやったとき。ちょっと疲れてても、ちゃんと身体を動かして、普段と違う内容を考え、想像し、行動していたとき。

確かに筋肉痛になり(笑)、少々息切れしましたが(笑)、自分一人ではできないことができるように、「結果」なっていたよ?!おかげさまで、一人で何がどうなっているのかを試行錯誤する時間が減って、何を練習すればいいのか分かったし、結果、みんな幸せ💙 良いこと尽くしです。

多分野に共通していますが、専門家の提案はいろんな基準と専門知識と体験からはじき出された一種の答え。根拠があっての提案ですよ。「素人の自分」がなんとなく感じている防衛や習慣的な反応より賢く、頼りになるんです。(^^;)

くれぐれも「自分のペース」はご自宅で。

またね~!♪

写真はボルネオ島の熱帯雨林ツアーにて。自然界では動物たちの掟が大事。人間のペースはダメよ。ゾウの親子のペースも尊重して。

 

 

 

『私』がいない「私たち」ー当事者性の欠如

今日も真面目に(?)指導者の立場から辛口に?!斬捨てゴメン!きりま~す💙

クイズ:個人レッスンでもグループクラスでも、自分や他人がやっていることを「観察する」という時、(国籍言語関係なく)往々にして問題になる最初の壁は何でしょう?(誘導尋問♡)

再現ダイアローグをご覧ください↓

お互いの歩く様子を観察するエクササイズ。

Kaoru「はい、じゃあ、みんな列になって~、廊下をつくるのよ。はい、そしてその間を一人ずつあるくの。その間に観察して気づいたことを文章にしてみて~。批判じゃなくて、なにをどうしているか、なのよ~」

がくせー達「はあ~い。(ガヤガヤ)」

ぞろぞろ動き始め、

Kaoru「あのね~、印象や感想じゃないのよ~。事実ね~。☺」と確認する軍曹。

ゾロゾロと、だらしなく、とりあえず動く若きがくせー達。

がくせー達「…えっと~。あ、肩上がってる!」

がくせー達「首出てる、前に出てる」

がくせー達「ドスドスしてる」

がくせー達「右手の方がうごいてる!あ、左手止まってるじゃん!」

と思い思いのつぶやきタイム。なかなか変わらない。

…だから言ったのに。。やれやれ。(-_-;)

はい、ここまででポイントにお気づきの方おいででしょうか?

なんか変ではありませんか???

Kaoru「あのね~、描写じゃないよ~っ!事実ね。『空が青い」みたいな形容じゃなくて~」と再確認する軍曹。😡

とりあえずやってみる、がくせー達。

がくせー達「え~、わからな~い。」

がくせー達「ん~、あ、フラフラしてる~」

がくせー達「腰が揺れてるっ」

がくせー達「なんか曲がってんだよ。内股?」

Kaoru「あのね~、勝手になってるんじゃないでしょう?『なにをどうしているのか』着目してみて」

がくせー達「わかんない~」

Kaoru (怒)「…よく考えて (-_-;)」

がくせー達「つま先が~、上向いてる~、でなんかね~、こうなってるの~、キャハハハァー(笑)」

Kaoru「つま先『を』どうしてるって?」

がくせー達「え~?!」

はい、みなさん、お分かりですね 💛

「肩が勝手に上がった」り、「膝がひとりでに内を向いた」り、「腕が止まった」り本人と関係なく、勝手に動くかっつーの!怒!ホラーかい?!

「ブラブラしてる」って形容だし!「上がってる」って状況じゃ!行動ではないじゃん!こら~っ!説明聞いてろ~!😠

わかりますよ、言わんとすることは。無意識とか癖とか、わざとではないとか、意図してないとか、そういうことですよね。

はい、その通りです。でもね、「私が自分の頭『を』後ろに引き付けている」とか「自分で自分の腕『を』固めている」という発想が大事なんです。(;^ω^)

癖でも無意識の傾向でも、なにはさておき、自分がやっているのだと認めないと変えることは難しい。事故や病気や菌の感染じゃあるまいし、学習は治療ではありません。

個人レッスンでも、

Kaoru「はい、今週、自分のつかい方を観察してみて、どうだった~?どんなことに気が付いた?」

せーと「…やっぱり肩があがってますね。気づくと背中も反ってます。首が固いです。」

Kaoru「?」

なんだって~え?!怒

(^^ゞ

これが、気づかないんだな。病気やケガでもないのに、自分のからだなのに「自分のせいじゃない」という幻想。自分がやっていることなのに、自分は悪気がないから、仕方ないという傍観している状態。

この傍観者の「へ~」「ほ~」「ふ~ん」の態度を変えない限り、学習は難しいっ。

個人レッスンが2年経っても「背中が縮まっている」とのたもうた方。(-_-;)

目覚めろ~! 笑

自分が(無意識に癖でも)背中を縮めているのを「やめる」とか「防ぐ」という思考から学習が始まります。

被害にあっているていで、なんでもイスや靴やせりふのせいにしたり、治療を希望したり、ただの傍観者の立場から無関心に誰かが何かしてくれるのを待っているだけではせっかくの歌も、ダンスも、芝居も変わらないよ。

学習は「主体で」お願いします。

「当事者」の立場からしか、納得して、目的に近づいて、愉快に満喫することはむつかしーです。

写真はボートが私「を」マンタに会いにつれていってくれている途中の図。私がボート「を」運んでいるんじゃ、ないよね。苦笑

本当の意味で「主人公は自分。」

これをモットーに愉快に練習、訓練!お稽古いたしましょう!

 

 

 

 

 

からだの「表情」ってなに?シーン発表 後編 「先輩、現る!」

先日、私の敬愛する素敵な先輩センセイをお迎えしました。私と同様にイギリスに留学され知り合ったご縁もあり、バレエや演劇が好きなこともあり、ときどき一緒にお仕事させてもらっては学ばせて頂いたり、愉快にお付き合いさせてもらってます…と先輩自慢はさておき…肝心の!!

シーンスタディーの続きを掘り掘り、掘り掘り…1作品、1シーンの冒頭1分程度を磨くのに、2時間かけてみましたっ!

うっ!(^^ゞ

な、長い…

でもね、こうやって、実際に、なにが、どうおかしいのか、どういう原因で、どんな関係性で、いろいろ素敵でないことや意図しない変なことが演技中に起こっているのかを具体的に分析して、「その場ですぐに『解決する方法』を身につける」こと、これが授業やクラスやWSやレッスンの醍醐味でもあります。あとはその原理を応用すればOKだから~♪

演技を磨きたかったら、さまざまなエクササイズやトレーニングを通じて、演技中の(自分の&他人の)問題点がみえるように、聞こえるようにならにゃ~、なりません。自分で気づけないものは基本的に変えられないよ、ま、だから教える側も学ぶ側も時々、苦しかったり、忍耐がいるのですが…(T_T) ははは。

という訳で、③フィリッパ・グレゴリー作「ブーリン家の姉妹」から。

スカーレット・ヨハンソンとナタリーポート・マンの姉妹役映画化されて話題にもなっていた、史実を基にした歴史大作。権謀術数渦巻くイギリス新興貴族たちの宮廷を舞台にした家族も親戚も巻き込んだ愛憎まみれる、生き方も性格も違う姉妹の紆余曲折の人生模様を通じて、人間の普遍的な姿や生きることのテーマや歴史のさまざまな側面を描き出す。

そんな作品なんだけど…

どういう訳か、メアリーとアンが友達同士!な身体だったダメな稽古期間を経て、今は…召使いとアンという謎な様子になってしまっている。。このシーンでそりゃ、ないよ、処刑前ならともかく…苦笑

本日はメアリーがアンに自分が結婚したこと、子どもを身ごもっていることを伝える場面。アンは夫の浮気疑惑でそれどころではない、流産もしているし…など差し迫った状況と長年の確執を抱えた面白いサスペンス&ドロドロ場面♪

なのに…まず…ん?!

あれ~?2人とも、歩き方からが変だぞ~?!(^^ゞ

どこからきて、どこに行き「たい」人なの???

アンがメアリーを宮廷から追放すると言い放ち、部屋から追い出すまでのシーンを一通りみたあと、ゲストで御呼びしていた素敵なティンカーベル先輩が、

先輩「…???…」

と私の方をみて、

Kaoru「こんなです。技術はさておき、なにがしたいのか、目的不明のうごき、内容不在のセリフがこんなに…さっぱりわからんのですよ(苦笑)、なにしたい人なのか、まず。そこから×。」

先輩「えっ?!…こ、これをどうしろと?かおるチャンっ?!」

Kaoru「はっきりさせたいのです(#^.^#)」

その後、しばしご歓談。(笑)

ヒヨコ俳優たちはただ話に聞きいる、少々緊張の面持ちで。(笑)

そして、

先輩「う~ん…あら~…(苦笑) まず、どこに行きたいの???…からだに『表情』がないよね。(^^;」

その後、私がシーン分析を質疑応答しつつ内容を解明しつつ、シーンの冒頭を1時間ほど掘る、掘る、掘る。

やっと俳優も役の人物が「やりたいこと」、「感じたいこと」、「避けたいこと」、「恐れていること」、「どうしても今すぐやり遂げなければならないこと」などが明らかになりました。ほっ。

素晴らしきティンカーベル先輩は、ちょいちょい俳優に質疑応答しつつ、私と会話しつつ、実際にからだのうごきをガイドしつつ~♪俳優が今のシーンを演じるのに役立たない変な無意識のうごきやクセやシーンの邪魔になっているワンパターンな反応を防ぎつつ、演技を始めるのに適切な身体のつかいかたの状態と意識の内容へ向かいます。そこから役の人物へ…2時間が経過。

まずは俳優自身が自分の実際の身体の様子をまあまあ現実的に、客観的に感じ取れるように。!(^^)! 硬めまくっていた(泣)胴体も解放して、不可思議な体重の移動や不自然すぎて誤解を招いていた反応のマンネリもやめて、このシーンの冒頭に相応しいうごきが2人ともできるようになりました。(*^^)v

ほっ。。。ここからスタートじゃっ!

他のヒヨコ達も、これに続けっ!

先日、シンガポールのクラーク・キーで絶品蟹ディナーを前に飛び立つKaoruの写真をつかってみました。!(^^)!

別記:ちなみに、映画版「ブーリン家の姉妹」の姉妹のお父さん役のマーク・ライアンスはイギリスを代表する舞台も映画も賞を総なめの歴史ある名優でもあります。かの有名なシェイクスピア・グローブ座の芸術監督でもありました。彼の「リチャード2世」は面白すぎて、3時間立ち見にも関わらず、感動!だったよ♪

 

 

自分の癖ってどんなかな?アレクサンダー・テクニーク in 大学

国際イベント参加のためシンガポールに行っていたKaoruです。

一週あいて、今年度から大学に新設された舞台表現学科の授業に行ってきました!

遠足の常連でもある「小江戸」でございますよ~、ああ世田谷区からは…遠いっ!(´;ω;`)

でもね、遠くても、新しくて、清潔で、充実した素晴らしい設備での授業は快適ですよ💙

同じく、ミュージカルコース、ダンスコース、演劇コースの大勢の学生はそれぞれ紆余曲折はあるんでしょうが、まあ、なんだかんだで楽しそうに元気にやっておりますよ。(#^.^#)

今、私がやっているのは、アレクサンダー・テクニークの伝統的な個人レッスンの手法に頼らずに、専門用語なしに、グループでアレクサンダーの原理がつかえるようにすること。フフフ。しかもうごきながら、ムーヴメントの課題にも取り組みながら、というお得なプログラム♪

今日はたくさん他人を細かく観察することから発展して、いろんな人の「つかい方」を真似てみよう!というチャレンジ!

自分の癖も、いったん自分のからだから離れて他人の手に渡って、距離をおいてみると面白いよね。思わぬところが固まっていたり、うっかり脱力しすぎていたり、意識しすぎて反対に硬直していたり、「自然」を目指しすぎて、結果、逆に不自然な動きになっていたり…。

善悪や良い悪い論ではなくて、実際に「事実」としてどう見えているのか、どう解釈され、どうなっているのか、という事。

良い悪いはさておき、まずはどうなってるかな、に興味がないとね。!(^^)!

この「自分がやっていること」と「自分がやっていると思っていること」の距離感が調節できると、演劇もミュージカルもダンスも良い意味で冷静なトレーニングができるし、無駄に悩むことも減るよね。

「え~!」とか「う~ん。。。」とか言いつつも、結局は真面目にやっちゃう可愛い学生たちなのでした。観察力も育ちつつあり、嬉しい限りです。

みんな~、今学期もこの調子でがんばってくれ~い!と陰ながら(?)応援する軍曹なのでした。

(今日はハンサムな学部チョー先輩にご指摘されたので、『鬼軍曹』キャラはマイルドにしてみました 笑)

Kaoru

 

ワタクシがかつて涙をして夜なべした(ホント)F.Mアレクサンダー著「自分のつかい方」初の日本語完全翻訳はこちらから。

http://www.bansei.co.jp/