何のためのアレクサンダー・テクニーク?後編

私の「分からなくてもいいんです、出来れば!」

という発想にさらなるショックを受けたのか、(やっと)黙った助手。

…(T_T) しかし頑なな助手は未だ納得がいかない様子(きっと体験がないのね、フッ。。☺)

助手「出来れば…分かる…???」

Kaoru「そうよ。分かることが目的じゃないでしょう?分かったって、芝居がよくならなきゃ!芝居がうまくなってこそ、だよ。それにプロの何十年も活躍してる、そこそこ売れている人だって、そんな渦中にいて歌ったり、踊ったり、芝居したりしてるとき、内容に夢中になってるんだから、よっぽどでない限り、そんないちいちプライマリーコントロールだの、方向だの意識してられないよ。してられないからこそ、練習するんだけどね。正直、そんな技術のことなんか考えて気が散ってて欲しくないよ。結構イケてる人だって、なかなか自分がやってる事は刻々と変化してるんだから、感じ取る余裕なんか無いって。(^^;」

助手「…(あまり聞いてない様子)」

Kaoru「個人レッスンと違ってグループの良いところは、周りのそこそこ客観的な目がたくさんあって、励みになったり、他人のふり見て我がふりなおせ、とかが働くことよ。自分が直接感じられてない変化も指摘してくれる訳だし、同じように自分も他人の変化を目撃したり、聞き取ったりするんだから。それで自分で気づけるようになったり、練習したくなったり、日常から取り入れてみたくなるんだよ。強制じゃない。」

助手「…(モジモジ)」

Kaoru「だから尚、直接、生徒に今すぐ背骨の頭の関係を感じて欲しいとか、テクニックの基礎原理を分かって欲しいとかね、それこそエンド・ゲイニング(方法を吟味しない突進的態度)だよ。直接的すぎ。理屈が生徒に重いよ。だいたい、生徒はアレクサンダー・テクニークを教えたいんじゃない、『つかって』、演じたり、ダンスしたり、歌がうまくなったりしたいの。」

助手「あんな硬いのに…こんなに教えているのに…どうして変わらないんでしょう?」

Kaoru「教えてないよ、○○さん。同じこと繰り返し訴えるだけで、説明も具体例も変えてないのは『あなた』です。『生徒が変わらない』ってねぇ…あなた自身が教えるための方法を変えてないじゃない?個人レッスンと同じことができる訳ないでしょう?」

助手「…じゃあ、どうしたらいいんでしょう?」

Kaoru「…だから今日は、実際の芝居のシーン中にハンズ・オン(手でいろいろ促し)して体験してもらう時間だったのよ。そうすればお互いの変化も見えるし、聞こえるんだから。。。(-_-;)」

助手「う~ん…でも~」

Kaoru「…そうやって自分のいつもの同じやり方にこだわるの…それ、ダメよ。」

助手「…う~ん」

Kaoru「とにかく…目的はアレクサンダー・テクニークを教えることでない、と。ここは養成所で演劇する場所なんだから、『演劇のために』アレクサンダー・テクニークをどう使ったらいいのかを教える場所なの。アレクサンダー・テクニークを『伝道』することじゃないよ。」

助手「はい…う~ん…わかりました…」

(やっと)終了~。

その後、やりとりを一部始終聞いていた事務を担当してくださっている演劇人のSさんが

「カオルちゃん…前も同じようなこと、指摘してたよねえ~?」

と。Orz…

「助手さん、話聞いてないんだろうか…?」

と。そして、

「…コミュニケーションが…ないよね。コミュニケーション不全?はき違えてるんだろうか?」

と。Orz…

だいぶ割愛しましたが、事務員も思わず聞きながら突っ込み入れちゃう押し問答なのでした、ちゃん、ちゃん。

目的をはき違えると、素晴らしい方法も本来の力が発揮できません。そして方法を目的化しないで、本来の目的を見据えた方法の選択を吟味したいです。ね。とほほ。

コメントを残す