「練習」って何かな?

練習とは…………

練習、それは……..

(中略 )

練習の本質、それは

…………

練習の目的………..

練習….とは……..

 

「練習とは、できるようになること」

以上!

(-_-;)💦

そう、

練習とは、いま出来ていないものを、出来るようになるための時間、
練習とは、いま出来ないことを、できるようにするための場所、

それら↑を作ることから始まる、

一連の実験、観察、方法の工夫、分析、その積み重ねと改善。

練習する=できるようになること

デス。

(スポ根ではなく、工夫、改善、含みます。)

私もすべての練習が足りないので、練習します~(^_^)/~

できるようになると、嬉しい♪
できることが増えると、楽しい♬

素敵な夏が待ってマスよ!

「何が問われているのか」を掴む力

はて(・・?

ズブの素人(古い?)が多少なりともプロ活動を目指し自分で学べる人になる手伝いから、活躍中のプロのスキルアップといろんなアップデート(笑)、洗練化とさらなる高みを目指しての促しと…それぞれ、まあ、さまざまなレベルと目的を踏まえての活動があるワタクシですが…

どんな活動内容の方でも(ダンス、演劇、音楽などに関わらず)、

どういうった背景やいきさつで「現在」があるかに関わらず、

ここ数年なんだか気になるのが、

「何を聞かれているのか?」が分かってるかな???

ということ。

むむむっ😡

そう、

残念ながら…..

答えようにも、問題を解決しようにも、「何」が「どう」話題になっているのか

が分からないで、おかしな方向をむいちゃっていると、

自分もウロウロしてツライ😢ばかりか、

次第に、何をしにきたのか、分からなくなる….

嗚呼、迷子なり。

🐤

例えば、

「役の人物は、何の目的で、ここに来ていますか?」

と聞かれるということは、

「目的」を聞かれているのであるから、「方法」ではなくて💦

「~のために」とか「~が故に」とか「~が欲しくて」….

というような目的語に当たるものを明瞭にしたいのね。

そこで、

「え~っと……いま、○○してきたところで….本当は▽したいんですが、××が気になっていて、でもさっき….」

みたいに状況の説明(あらすじ含む)をしちゃうと、自分でも分からなくなっちゃうのよ (-_-;)

質問自体が状況を鑑みての解釈を要するようなものだと、さらに難しい…

例えば、

「(何回かやっていて)さっきと比べて、いま、やってみてどうでしたか?」

と聞かれれば、ただの1回こっきりの感想や印象を

例えば、「落ち着いてできました」とか「○○がうまくいかなかった」

と述べたところで、イマイチ、会話の的を得ていないのが分かる?

「なにを知りたくて(確認したくて)の質問なのか」が欠けているの。。

母国語だと、なんとな~くお互いに通じているような気がしてしまうのですが、

実は、通じてない!

😿

もうちょっと分析してみよう~

例えば、

「部屋に入ってきて、キャラクターが最初に目にするものは何?何を一番にする?」

と聞かれて、この「一番」というポイントを忘れちゃってると、

「誰もいないのをみて…」、「疲れているから、イスに座りたくて….」

「机の上に手紙が届いているのをみて…」、「荷物を置いて…」、「窓から●●を~」

など、など….

優先順位が曖昧なボヤーっとした返事になってしまふのだ!

がが~ん❢

どれが、「一番」なの?

で、「二番」はどれ?

「誰もいない」のを「どうやって」みているのさ~❓!

🐦🐦

質問の国語だけの意味ではなく

質問そのものの目的を踏まえての、

質問の「意味」を想像/推測することで、

ようやく「質問」を聞いたことになる、

ということ。。。

なんだか、遠い気がするけど、普段の会話と同じネ♪

反対に….何を聞かれているかがトンチンカンだと、

つい、

言いたい事をいってしまふ、よね…

🍎🍎🍎

前に、芝居の稽古で、

「いま、どこから来たところなの?」舞台に出てくる前の状況/いた場所

と聞いたら、

「私は魚屋です」

と答えた子いたけど。。。(-_-;)💦

思わず自分の耳を疑ってしまいました。。

シュール…..と言うべきか….❔

何が聞かれているのが、分かるようになることが、一番大切だと染みた事件。

外国語以前に母国語を。

言語以前に、想像力を。

素敵な週末をお過ごしください~🐈

 

意味☆意味♡意味ー事実から解釈へ

先日も不思議事件は起こった….

というより、起こるべきして起こった、というべきか(-_-;)💦

突然ですが、みなさん、意味を考えていますか?

そう、「意味」です。

事実を、みて、きいて、感じて、ただ認識するだけじゃなくて、

「意味」✨

一般的な観念・概念の名前を(一応)知っていることは社会生活を送る上で、ある程度は必要不可欠なのですが、

そんな日常生活での機能的側面と同時に「表現」の世界ではさらに重要になってくるのが、

音楽でも、ダンスでも、演劇でも、文学でも、美術でも…..

「意味☆」

でございます。

人間だから~、歴史あるから~、科学発達してきたから~、文化風習あるから~💦

そう、「意味づけ」が人間の特徴でもある。

意図的でも、(半ば)無意識的にでも。

では、基本的な環境を例に(笑)、どうやって「意味」を考えるのか、そしてその上で、どのように「個人的な意味づけ」をするのか、を一緒に考えよう😊

とりあえず、お試しで

Q:なぜ稽古場(リハーサル室)にはカベ時計があるのですか?時計がそこにある事実の意味はなんでしょう?それぞれの腕時計じゃダメですか?

Q: なぜ稽古場(リハーサル室)には窓がないのですが、あるとしたら、なぜカーテンで目隠ししてあるのですか? 窓やカーテンの役割は何ですか?

Q:なぜ台本(などの書籍)には表紙があるのですか?無いと何か問題でしょうか?

Q:なぜエクササイズ中やリハーサル中に、髪の毛や顔や服をちょいちょい触ってしまう癖が邪魔なのでしょうか?実際には何の意味を禁じているのでしょうか?

Q: 作品(戯曲)の中、シーンの冒頭、A子が入ってくる意味は?シーンの終盤でB氏が出て行く意味は?C男が登場する意味は?D様が出てこない意味は???なぜ食卓から始まるのかな?どうして肖像画があるのかな、何のために庭に生えている木の描写を作者はしているのかな?何のために………

…と戯曲読解へつながっていくのさ~♬

というわけで……さあ、考えよう!♪

🐈🐈🐈

できた?

 

できましたか~???

 

Q:なぜ稽古場(リハーサル室)にはカベ時計があるのですか?時計がそこにある事実の意味はなんでしょう?それぞれの腕時計じゃダメですか?

A:それぞれの時計がずれているかもしれないから、と思った方、

それは「機能」です(-_-;)

A:みんなで同じ時間を共有して、一団となって作品(クラスや打合せも)をみんなで作り上げていくための象徴的な意味なんだ!と思った方、

それ…….

「中学生日記」ですか?

Q: なぜ稽古場(リハーサル室)には窓がないのですが、あるとしたら、なぜカーテンで目隠ししてあるのですか? 窓やカーテンの役割は何ですか?

A:まぶしいから、とか、舞台照明のプランをイメージするのに外の光が邪魔だから、とか、近所の人に見られたくないから、とお応えになった方…

あの~、それは窓やカーテンの「機能の否定」ですよね?

「意味」じゃあ ナイ😠

Q:なぜ台本(などの書籍)には表紙があるのですか?無いと何か問題でしょうか?

A:汚れないため、何かこぼしても大丈夫なように、

とお応えの方、

だ~か~ら~、それ、「機能」だってば!😡

Q:なぜエクササイズ中やリハーサル中に、髪の毛や顔や服をちょいちょい触ってしまう癖が邪魔なのでしょうか?実際には何の意味を禁じているのでしょうか?

むか~しの高校みたいに不良だとかオシャレは不謹慎だとはそういうことではないですよ?

じゃあ、なんだろう???

Q: 作品(戯曲)の中、シーンの冒頭、A子が入ってくる意味は?シーンの終盤でB氏が出て行く意味は?C男が登場する意味は?D様が出てこない意味は???

というようなことを尋ねると、多くの自称「アーティスティックな方々」が決まって口にするのが、

「いや~意味なんてないです~、インスピレーションです」

とか

「そんなことイチイチ考えてないです~」

という謙虚風ながらも、じゃあ、何を思って、何のために、どういう意図で?

とツッコミどころ満載な返事が来るのです💦

「現実は小説よりも…」といいますが、とても面白く示唆深いので、みなさんも考えてみてくださ~い😊

素敵な「意味のある」GWをお過ごしください☆

血迷ったときに読む記事①「他人のちから」

ことのほか、面白いタイトルになった(-_-;)

数年に2~3回の割合で(!)あちこちの職場で直面し、はたまたいろいろな現場からの報告があり、さまざまな方からの相談から、そして残念ながら身近でもたまに有る不可思議な、

「血迷った人々」の言動の数々……

はた迷惑な事件という体で語られる場合と、当事者からの慇懃無礼メールや勘違い発言から、とばっちりを受けること(苦笑)、さらに奇妙すぎる支離滅裂な文章の羅列など……

ま、(説得力があるとは言え)具体例をあげても建設的ではないので

「他人のフリみて我がフリ直せ」といいます♪

「当事者」

にならないよう(笑)チェックする意味で、いくつかの記事にしていきます。

本日はこれ、

①「自分は血迷ってないか?」

まずこれを1週間~2週間程度はよ~~~~く考えよう、妄想せずに「熟考」しよう

一人ぼっちで考えすぎないことをおススメします。

血迷っている人は自分が血迷っているとは思ってもみない、だから血迷っているのだ。血迷った人が独り悶々と問題を複雑に悪化させていく妄想じみた姿…想像に難くない。思考の癖は目に見えにくいから、分かりづらいだけに、

ツラいですね。(T_T)

そう、血迷っている人ほど、「血迷っている」ことが分からないという悪のループ!

人間ですから、状況によっては(災害や事故など)仕方がないときもあります。

だからこそ、他人。

興奮している自分よりも、正常な判断力を忘れている自分よりも、

他人なんです。

そう、他人ほどありがたいものはない。

原則、親兄弟や親友は(有り難いが)同調したり、本人の背中の後押しを(意思を尊重)します、それが善意に満ちた共感力溢れる麗しいものであったとしても….

血迷っているんですよ、本人は!そんな人に共感して後押ししてどうする! 💦

当事者に近ければ近いほど、客観的な目を失っていく….

(残念ですが戯曲読解と同じね)

ホントです!

という訳で他人の登場!

他人に相談するにあたって、

・事実(だけ)を「時系列」に並べてみましょう

(血迷っているときはそれも難しいので、メールやLINE記録を見直し、言動の事実分析も知人に手伝ってもらった方が良い)

他人も一人ではなく、2名、または3名くらい別々の視点や関係の方がいるとありがたい。例えば、ちょっと遠いしっかりした先輩とか、利害関係のない切れる後輩とか(笑)、昔からの自分のパターンを今までの冷静に指摘してきてくれた知人、たまにしか会わないけど友人な人(笑)、損得勘定だけで動かないような仲間たち….その辺り?

いっときは興奮して共感しても、冷静な判断力、正常な認知を失わず、社会人として生活ができていることがポイントです。

かく言う私も….

趣味で知り合った(それほど親しくない)年上の別業界のお姉さまの偶然の二言三言に「目から鱗」😲 職場のおじさまの核心を突いた一言二言に目が覚めたことも❢多々あります。勇気をもってダメ出し?してくれた不可思議な後輩も結局は良いアドバイスだったなぁ、感謝💛

「目から鱗」するくらい発想の転換をすることが血迷っている人には必要です。

事実を直視するためにも。己を知るためにも。

また業界は違うけれど、「目的」を同じくして第一線でがんばっているお姉さまたちのアドヴァイスほど「現実に即したもの」はなかった!

第一線でいるという事実を認めれば、なるほどと思える余裕が生まれて「血迷い」から脱出できるきっかけに…..

例えば、「なるほど、第一線で活躍している人そういう風に考えるのか」とか

「ふむ、自分よりも専門分野で活躍している人はそうやって事実の責任を取るのね」

とか、

一般論でお茶を濁さないで、平均値で割り切れない部分、きれいごとでは済まない健全な意味の「思考」が人を成長させますね。

が、しか~し!

↑ の基準が判断できなくなるのが「血迷い」ですよね。。

ですから、

この記事を参考に読み直して、箇条書きでノートにでも書いてみてください。

時系列に事実を並べる

・事実から推測できる事と事実を分ける

…って、まるで戯曲読解?!

苦笑!

いや、ホントです。

そう、人間のやることですから~

銀行の担当者でも不動産屋さんでも弁護士でもカウンセラーでも大先輩でも、はたまた近所のおじさんでもオバちゃんでも、他人は本当にありがたいものです。(例え変だったとしても反面教師で 苦笑)

で、現実に即した言動をするために、

・自分が日常レベルを越えて興奮していないかどうか?その興奮はどこから来るのか?ただ状況に緊張しているのか?自分の「防衛」からくる興奮なのか(アドレナリン!)?その防衛は「健全な」(常軌を逸してない)事実に沿ったものかどうか、

・自分は何を恐れていて、

・自分は何に怒って(困って、憤って?)いて、

・自分は何をしたい(したかった)のか…….

・いま相談している相手に何して欲しいのか?(事実の確認が最初かな?)

・問題(?課題?)に関係している人達に何を望んでいるのか?(望んでもほぼ無駄ですがとりあえず)

・最終的には「自分はどうなりたいのか」、そのために「自分は何をするのか」?

このあたりがポイントと思います。

このリストね、数日経って見直すと

とか、

え~~~?!やだ~!

と思うこと、自分でもありますよ。(まるで夜中に勢いづいてかいた手紙のよう 笑)

そこ、大事!

そうなったら、しめたもの(笑)

そう!それこそまさしく、

正常な判断力や冷静さと現実に即した推測、そして自分以外の他人の視点を思い出した、ということです。

↑ がないのが「異常事態」だよ、オイ!とツッコみつつ覚えておきましょう

そこから、自分以外の他者と交流が率直にできるよう進んでいきます~

血迷ったかも?!血迷ったと指摘された!?

そんなときには、この記事を思い出してください~(^_^)/~

 

やってはイケない演技のNG集⑥嘘をつくこと

かつて、「演技」というのは『要するに』-嘘をつくことだ

という簡略化された概念(?)が流行った時代があったのですが、そしてそういった言い回しの目立つ演技論は世界中に恐らくあったのでしょうが(イギリスにもあったと数冊の学術書で確認)、実際にそういった説明をする演出家たちや先生方のクラスを受けたり、実際にお話を伺ったりしてみると、

ぜんぜん違うじゃ~ん!

これって、嘘じゃないよ?!😲

ええええええ!違うじゃ~ん(*_*)

と思うことがしばしば。

これいかに?

たぶん伝達の過程で「簡略化」がなされすぎた結果、

強調されて、一般化されて、「分かりやすく」という意図からか、

「ウソ」

というものが事実以外のもの=ウソというくくりになり、

さらに「善意」によって?拡大解釈され、

「嘘、しょせんは虚構の世界だから、全体的にOKヨ」

と勘違いが広まった、

と思われました。(-_-;)

悲しくも、(映画でもテレビでも舞台でも)よく見かけるのが、

・(何らかの感情を)感じているフリ

・(相手や事象や物を)みているフリ

・ (役の人物として内面も身体も)動いているフリ

・(例えばセリフを)聞いているフリ

・(例えばセリフを)話しているフリ

・(例えばキャラクターの)目的や意図があるフリ

………って、全部「フリ」ではないかっ!😡

そういうのは演技でも芝居でもPlayでもなくて、

ただの

「不遜な人」

です。。

苦笑

いや、ホントに。。。

(-_-;)💦

🐈🐈🐈

さて、ではなぜ前述の「演技とはウソをつくことだ」がウケていたかと言うと、☝の不遜な人々にウケたというのと(笑)、また「フリをする=割り振られた役割を果たす」ことから出発した(のちに行動から感覚が育ち疑似体験にはなるのだが)芸能などと演劇を混同したところと、さらに「~しているように見える、~しているように聞こえる」、それが大事なんだという「見世物」としての側面とお客さんからどう見えるかに比重をかなりおいた意見と……

ま、そんなのがいろんな理由と主張と共に混ざりあっていった結果かな、と推測します。

そして、反動なのか、次に出てきたのが(笑)

「演技」というのは-信じることだ

という、これまた極論(笑)

ただ、ウケはよかったのよね、ウソよりも「善」を感じられたから(笑)

しか~し!

「自分だけの」根拠のない不可思議な

「思いこみ」の世界

(半ば神経症的に)暗示にかかったかのように、盲目的に信じていった一派がいたのも事実。。。

で、やはり、当然、

破綻した。。

😭

・・・真意はそういう単純なものではなくて💦

「想像力」の使い方

にありました。

ここの「想像力」についての説明を次回ぜひ膨らませて書いてみたいと思いマス~✨

😊

もうすぐ4月❤

新しいことに、たくさんチャレンジしてみましょう♪

いままのでやり方でうまく行かなかったら、新しいやり方で

と忠告したのは某師匠。

ウキウキ。。。🐵

みなさまの活躍情報など良いお知らせも待ってます☆

 

自分らしさはどこから?

「自分らしく」演じたいとか、「個性的にやりたい」とか💦 音楽でも演劇でもダンスでも、ときどき希望として聞くのですが….それは、どこから来るんでしょうか?

そもそも、意識した方がいいことなのか?

はたまた、気にしなくていいことなのか? 苦笑

😊

キャラクター(作品に登場する役の人物たち)も私達と同じように、(時代文化習慣の差はあれど)さまざまな人間関係の中で生活しています。

あなたはあなた「らしく」、私は私の生い立ちや知識によって記憶があり、考え方の偏りも想像の癖もあり、まぁ、そういった見方聞き方を経て、人々や現象を見ています。しかも、それは固定的ではなく、時によって、または場所や目的、はたまた対象によってすご~~~~く、変わります☆

だからこそ、出来事の連続=ドラマ(劇)が生まれるんですが・・・

親子 家族 職場 友人 など含め

当事者としては、もちろん相手の言っていること、やったことなどの「事実」に反応している「つもり」なのですが、

どうも。。。(-_-;)

そうでもない!

客観的事実というのはなかなか存在しないので💦「現実」への対応というよりも、これまでの経験や知識に基づいての憶測や習慣からの「反応」が出やすい。。

例えば、

優しくお世話好きなガールフレンド♡(笑)が君のことを実際は心配して「どうしたの?」とか「大丈夫?」「●●しようか?」「▽▽やめる?」とか聞いてくれているのですが(ガールフレンドの立場からすれば)

しかーし!

ボーイフレンドくんにとっては「(母親の様に近くにいる)女性に☝のように言われる=詮索される、ウルサイ、叱られる、面倒etc=気分が悪い/信用されてない=言わない方がいい(とかつて学習した)公式がありますので(・_・;)

つい、今(学生時代ではない)、この場で(実家ではない)、ガールフレンドに(母親ではない)に対して、半ば反射的に(誤って)

「え?!なに?!別に。。😡」

みたいな返事をしてしまうのさ!

爆笑💦

ま、人々が揉めるところでもあり(笑)、誤解し合うところでもあり、合意していてもその真意までは分からないことが多い、という。(-_-;)

そんな複雑で不安定な状態

そう、今、目の前にある現実に応答する代わりに、自分自身の偏見とか感情という内的世界に反応していることが多いのです。

……..ということは、

役の人物たちもそうなのよ~

原則的に、普段の自分たちがしていることは、役の人物たちもやっていると思ってください。

これをいろいろ掘っては、みんなと協力して、いろいろな角度から検証して、さまざまな要素を照らし合わせて、作品の世界観で、作家の意図を熟考しつつ、練り練り…..

ほ~ら~、楽しくなってきたねっ♪

そして「自分らしさ」など、俳優(歌手演奏家)自らの腕が光るのは、↑の部分。

もちろん演じるのですが、解釈するのも想像するのも「自分」。選択肢を用意するのも選ぶのも、どう使うのかを決めるのも、変更するのも「自分」。

ここ☝ に「自分」が出るんです(良くも悪くも💦)

3月末、クラスは入門はもうすぐ満員です!ご参加希望の方はお早めにお申し込みください。

新年度も健康第一で、知的好奇心💛 高めて楽しくやりましょう~

 

 

 

やってはイケない演技のNG集⑤「行動」ってなんだろう?

日本の未来、演劇の世界が暗い日々。めげずに、演劇で言う「行動」について 検証いたしませう!

さて…

① 役の人物が「見て、聞いて、やっていること」が何なのか?

② 自分が演じているキャラクターがその「当事者の立場」から欲しいもの=「目的」は何なのか?(複数)

③の「目的」のために役の人物という「他人」がつかっている「方法」は何なのか?(複数)

④ 「目的」を達成するための「障害」は何なのか?(複数)

からスタートします🐈

演劇大好きっ子で、さらにKaoruの「やってはイケない」シリーズと「演技のカラクリ」シリーズをじっくり読んで来ている方々は、もうお気づきですね!(^-^;

そう、「何なのか?」と聞かれているのだ!

「どんな風なのか?」とHOW?は聞かれてないよ!(苦笑)

ということは、

「気が弱くて、引っ込み思案」(様子の描写、性格が他人からどう見えるか)とか

「仕事がなくてとても困っている」(状況、形容、状態)など、

また「急いでお店に来たところ」(前提、前状況)も、

聞かれてないよ~☆

そう、それらのことは、まだ先のこと。次の段階なんですよ。枝葉のことね。

まずは「幹」から取り組まないと、木全体のことは分からないもの。

「目的」、「方法」、「障害」は「何なのか?」

「何なのか」の何の部分には、当然、名詞が入りますよね、日本語の文法、大事!(T_T)

「行動」がすべて~

といえば、OK!

が出そうなものの、そうもいかないのが  リアル

なぜか?

それは、一般的な意味での「行動」でいいよね?と思ってしまふから、らしい(-_-;)

行動の種類…..考えよっか?

。。。

間違い①「否定形」

…えっとね…これ、何も進めてないよ?(^^ゞ 例:「許さない」って言ったって…じゃあ、許さない代わりに「何を」するのさ?

間違い②「使役」

…(-_-;)いや、Youの行動よ!あなたのデス。受け身でどうするの?!結局「自分は何もしない」という態度。これはイケません。ダメ。例:「楽しい時間を過ごしてもらう」ってさ….抽象的だし、受け身だし、自然現象だし…救いようがない。(苦笑)

間違い③「受動態」

はい、②の兄弟ね。芸歴はさておき(笑)例:「同情してもらう」って答える俳優さんいるけど…「どうやって?」と自分にツッコんでみてもらいたい。そう、受け身はイケません。ダメ!絶対!

間違い④「自然現象」

そそ、②にも書きましたが、かつて、例:「時間が経つのを待つ」って言ったヒトいたけど(笑)どれだけ受け身なんだ?!(・_・;) 逆に驚きましたね。。ちっとも自らの「行動」では無い、決して。

そして、

番外編ですが…⑤「出来ないこと」

これも厄介です。例:「彼女を忘れる」と答えた方いたけど、マヂ?!(笑)病気かケガでもない限り、現代の科学ではムリではないですか?(◎_◎;) 他にも「痛みを取り除く」ってあったけど…あなた医者ですか?!と思ふ。😢

現実に即した「行動」をお願いしマス。

劇というものが、ある人間が、わざわざ(笑)、何らかの意図をもって、何らかの意見や記憶や感覚を持って、言葉を選んで書いたものが、偶然やその場しのぎばかりで構成しているとも思えない。

いや、そんな「その場しのぎ」の台本は悲しいな。(笑)うん。

というわけで、せっかく演じるのだから。役の人物の当事者自体のお立場へは、「主体的」に、行ってくださいな♬

🐕 🐕 🐕

ちょっと俳優自身の意識を変えるだけで、シーンは進みます。

お試しあれ~!

12月のクラスの募集も続いてます!できることをさらに魅力的に😊

輝く年越しにいたしましょう~

(^^♪

やってはイケない演技のNG集④方法と目的の同一!

あまりに驚いてしばし絶句した事件が続く新学期…………(◎_◎;)

やってはイケないシリーズ④方法と目的の同一!

別名「ミイラ取りがミイラになる」

です。

先日、シーンのクラスをやっていて🐤🐤🐤

Kaoru「演じている役の立場からみて、当事者として、このシーンの目的は何なの?何が欲しい人?ここで、どうしたいの?」

見習い俳優A「…●●さんの話を聞きに来ました」

Kaoru先生「?! ……….(-_-;)」

Kaoru先生「じゃ、あなたはどお?相手役はああ言ってるけど、あなたは、今日、今このお店に、何をしに来たの?」

見習い俳優B「…えっと、私は××(Aが演じているキャラクター)に話しに来ました」

Kaoru軍曹「!!!!!  😠」

軍曹「あのね、このキャラクター達は、一体『何のために』話する必要があるの?『どういう理由』が故に、話を聞きに来たり、話をしに来たりしているの?!」

見習い俳優B「…….あの~ぅ、▽▽のことが気になっていて、◎という事件があって、それで、×が起きて、で、私は○な状態なんですけどぉ…..」

鬼軍曹「あらすじや状況を聞いているのではない!あなたが演じている役の人物は欲しいもの、手に入れないと困るもの、キャラクターのとって必要なもの、どうしても達成したい『目的』を聞いているのだよ!😡」

見習い俳優A「…う~ん、話を聞いて、で、話を聞きたいから、喫茶店に来ていて…」

鬼Kaoru「!?え~っと、じゃ、あなたはただ友達の話を聞くだけのために、他に何の動機もなく、電車に乗ったり、喫茶店に行ったり、友達に会うの?何のために話を聞くの?何のために話をするの?」

見習いズ「…え…っ?」

鬼Kaoru 「『話を聞くとか、話をする』って…💦 劇の中の人達、基本的にみんなず~っと話したり聞いたりしてるよ!?目が見てて、耳が聞こえている設定なら(苦笑)」(つか、全人類、何千年もやってるぜい!💢)

見習いズ「…..(ポカ~ン)」

Kaoru先生「あの~、じゃあ、劇中ず~~~っと、どの場面もただ話をして、話を聞くだけの人が、何の目的もなく、登場しては退場し、何かしゃべり、聞き合う、ということなの?特に動機もなく?理由もなく?それがドラマですか?」

見習いズ「…….(・・?」

Kaoru軍曹「(-_-;)…普段、何の目的もなく、友達とお話してるの?何の目的もなく電車に乗っているの?無目的に学校に行くの?山や海に行くの?」

見習いズ「……….❔」

別の見習いズ「…..あ~ぁ (‘◇’)ゞ」

Kaoru先生「あ~!じゃなくてっ💦何のために、何をどう変えたいから、どう話をするの?どのように話を聞くの???😠」

見習いズ「……」

🐤🐤🐤

そう、目的のための方法が「マトルーシュカ構造」になっていることを知らないらしい。。💦

「話をする」という行為をつかって「やっていること」を考えないとね。

「話を聞く」という行為は「どういう働きかけなのか」?を考えないと、ね。

「何のための」、会話なのか?を当事者の立場から想像しないと演じられないよ!

何のための質問なのか?誰に対する糾弾なのか?何についての叱責なのか?誰に対する謝罪なのか?何の告白なのか?何の懺悔なのか?誰への当てこすりなのか?何のための嫌がらせなのか?何かの確認なのか?何かの代わりなのか?何についての追及なのか?……..ああああ~~~~~~~キリがない!!!たくさんあるよ~、選択肢!☆

 

ま・と・め💙

・シーン毎の方法の最小単位は「内的アクション」です。(例:からかうために、つつく、いじめるために、たたく、など)

・シーン毎の目的は、戯曲全体の目的のための「方法」です。(例:亡命するという大きな「全体の目的」のために「お金を借りる」というシーンの目的の存在)

・戯曲全体の目的をさらに拡大し越えて、役の人物が人生で達成したいものが「超目的」です。(例:人類を天然痘から救いたい)

もっと勉強してちょ。(-“-)

芝居をみていて、「何も起きてないな~?」とか「進んでないカモ?」と感じたら、目的の設定と方法が「具体的に」(他人に説明できるくらい明瞭に)なっているかご確認ください。

つづく・・・・

 

 

 

 

 

演技のカラクリ:①自然な反応の仕組み

戯曲読解の回に、何回もしつこく(!)

① まず「事実」に基づいて台本を読む(ただの妄想や希望的観測や印象でなく!)、

② 事実と事実から想像できることを分ける(事実はセリフではなく、行動だ!)

③ その後、戯曲構造に矛盾しないよう戯曲に書かれている因果関係などを分析する、

と書いてきました。

で、その先はというと、

④ 役の人物の感覚、生活、行動の事実を捉え、そのあとに身体化、視覚化、具現化し、さらに膨らませよ!

というのが概要なんですが (^-^;

リクエストに応じまして(笑)サービス♥

本日はその先の演技の実際のお話を紹介しておきますネ。

演じるときの「事実」=役の人物が実際にやっていること(行動)をどう演じるためにつかったらいいの?という役の人物の「反応」のお話です💙

役の人物も私たち人間たちと同じように、世界は違えど(笑)いろいろな時間に、いろいろな場所で、さまざまな人間関係の中で、みて、きいて、感じて、考えて、交流して、行動しています。変化しているのだ。この「変化」が肝、大事。

その「みて」、「きいて」、「感じて」、「考えて」、「交流する」+「行動する」というのは、実際には(究極的には存在しえない)「事実(現実)に対して」ではなく、役の人物自身のいわゆる「内面世界・内的状態」を通しての「反応」です。

確かに、目の前で起きていること、みえているもの、きこえているものに対しての「反応」なんですが、反応が「どのように」(無意識でも意識的でも)選ばれて出てくるのかについては、内面からなんですね。そして、この反応の連続が役の人物の「変化」です。ついでに言うと劇の場合、たいてい何らかの「イベント」(出来事)が直接のきっかけになっています。(がその前に間接的な理由は多数あります)

そう、実際に生きている私たちとそこも同じなのです。

*戯曲の人物だからといって「美化」されないよ💦そこ、要注意。(^^ゞ

自分たちと同じように、

今はいつで、ここはどこで、

自分は誰で、そして誰と?いま誰に向かって?

何を?何のために?どんな風に?

過去の記憶と比べて、どうなの?

どんな気持ち?感情は?どんな考え?思考は?

心の、頭の奥底には何がある???欲求、願望、願い、恐れ、超目的……..

そ、そ。そうなのデス。😊

役の人物の彼/彼女自身の生い立ちや環境に由来する「信条」とか、

その時代や文化風習、教育や家庭内での役割や職業が故の「行動様式」やいろいろな行動の「優先順位」、行動の「価値基準」、

役の人物にだってある「偏見」や「感情のクセ」……

役の人物だって、完璧な人間じゃないんだ!😊 笑

役作りとかキャラクターと言うと、すぐ1人の人物像を「固定」してこれだ!と「保持」したがるヒトいるけど、そういう演技ってステレオタイプ。嘘で、浅く、一面的で幼稚、とにかくつまらない。(なんか人間をバカにしている感じなんですよぅ。)

何より、実際の人間の仕組みを反映していないよね。

実際の人間の「仕組み」を通して「演じる」と上手くいきます。

それが「自然」ってヤツ☆😉

簡略化すると、

刺激は「外」から来るけど、

反応は「内」から来る、

という仕組み。

だから「原因」は内にあって、外は「結果」なのだ。(哲学的には鶏と卵ですが^^;)分かったかな?そのため、逆をやっちゃうと失敗するよ、意味分かるカナ?

例えば…

初対面の人にあったとき、(勝手に)まだ特に話も深くしていないのに、なんとなく「このひと、いいな♡」とか「信用できそうだな」って思っちゃうことあるけど(笑)それは、現実世界での状況もあるけど、何より、自分が今、「あ、幼稚園の時の●●先生に似てる♪」と無意識に投影を始めていたり、(たまたま)相手が似たような趣味の服を着ていることで、同じようなグループ意識に「属している」と判断したり、その服の色や形から昨日みた映画のシーンや先週みた広告を思い出して、(自動的に)連想したり…….こうやって、イメージが出来上がっていっているのよねぇ。。で、自分の中で思い出している「記憶」からのイメージや想像に対して感じていることが「感覚」とざっくり呼ばれているのだ。

そう、直接、物質や相手や環境から感じているものではないのだ

「投影した」のも、「属していると判断した」のも、「イメージして連想」したのも張本人。そして刺激されて起きてきた「記憶」も本人のもの

=「解釈」という一種の手間がかかっているのだよ。(ほぼ無意識、習慣的なモノですが)

だから、

まるで自分の内からすべてのイメージや感覚が湧き上がってきているような「感覚」がするけれども、それは中継している感覚器官(目・耳・鼻など)が自分の身体だからであって、実際には、相手の服の色や形や相手の声や匂いなどの「刺激」は自分(俳優/キャラクター)の外から来ているのだ。

したがって、

ただ、舞台上(稽古場)にあるものを客観的な事実としてフツ―に「みて」、「きいて」、俳優自身が状況を「感じて」、ストーリーを「想像して」るだけだと…….

….

ただの「観察」

になります。

いや、ホント、文字にすると笑ってしまいますが、ホントです。いるよね、舞台上でウロウロして、ただなにかを見てるらしきヒト。。。

観察、してちゃイケない。ダメ、絶対!😡

それ、「傍観者」デス、「当事者」になってない!

さあ♪ただ「観察」してないで、「反応」しましょう。

前述の、刺激と反応の仕組みを思い出して(↑)、反応すればいいんです。

カンタン!

そう、勘の良い方々はもうお分かりですね。

「投影した」、「想像した、連想した、イメージした」、「思い出した」

の部分を

「役の人物(キャラクター)」を反映して、自分の「感覚器官を通じて」、

人間の仕組みを省かずにやればいいんだよ。😊

目の前で起きていること、みえているもの、きこえているものに対しての「反応」が俳優のままだと「自意識問題」も手伝って、苦しく難しいものなり易いです。俳優がただ「観察」しちゃってると、『個人的な感覚体験を伴ったもの』にならないです。(T_T)

反応が「どのように」選ばれて出てくるのかについては、内面からです。

そう、実際に生きている私たちとそこも同じなのです。

本日はここまででいかがでしょう?

とりあえずこの「刺激は外から、反応は内から」を整理整頓してちょーだい。

まずは自分が普段どうしているのかな、の分析がおススメ。

皆様、良い週末を~、ば~い✋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戯曲(名作)を演じ/演出するために読めないヒト達の共通点?

はい、シーンクラスもまっただ中のKaoruです。夜のエクササイズ・クラスは初めての旬なエクササイズお披露目♥あと2日でどこまで伸びるかワクワク♪

指導しているとき、つかう台本などは演技そのものを磨くためには、ジャンルはコメディーでも悲劇でもホームドラマでも良いのですが、やはり緻密に意味あるキャラクターたちが描かれていて、練られている、構造のしっかりした、古今東西の(国籍とわず)古典、近代、現代の名作・傑作と呼ばれる戯曲が良いと思っています。(演出の練習にも)

今回はみなさんよい方向へ進んでいるのでいないのですが、モノローグクラス、シーンクラスを教えていて常日頃思うことは、最終的には2つです。

一つ目は

「(セリフの国語的な表面の1つの意味ではなくて)実際の人間が『やっている』事実を認識し価値を受け入れて欲しいな」

二つ目は

もっと人間らしくなっていいよ!もっと人間の良さを、もっと人間のいろいろを信じようよ!」(綺麗ごとだけではなく)

ということ。😊

学歴、年齢、キャリアの長さや所属、関係なく、この2つは共通していつも感じます。

モノローグでもシーンのクラスでも、作品のスタイルも鑑みながら、しかし、字面の意味だけの「物語」にこだわらずに、いわゆる超目的や目的やら、サブテキストなどに取り組みことになるのですが、そこで気になるのが、ちっとも実際に役の人物たちがやっている行動の「事実」を認めない方々。妄想してたり、ただあらすじ考えてたり、セリフがすべてになっていたり、感情が動いてなかったり、目的がなかったり、自我の状態がいつもの自分のままだったり…。。(T_T)

例えば、セリフの言い換えさえできれば内容わかったつもりになっているなら、それじゃ普段、あなたは思っていること、感じていること、すべて口に出しているのかい?!と尋ねたい(笑)思考だけが、相手の前で口にできることだけが、あなたの中身なんですか?と。😠

「オトナ」になる過程でいろんな事情で、特に深い感情とかないがしろにしたり、隠す術だけうまくなっていったり、表面的な機能だけ優先したり…まあ、いろいろあるとは思います。

でもね、芸術は(演劇含め)、

「人間をより人間らしくする」

と思います。

勝手な意見かもしれませんが、「人間らしさ」の定義もいろいろで誤解もあるのかもしれませんが、私はそれでも構いません。

いろいろな人間たちが(フィクション内でも)、さまざまな時代や文化風習を越えて、普遍的な深い人間の感情や葛藤や人間の正体をサブテキストや超目的に抱えて、一生懸命、ほんとの意味でまるごと「生きている」とき、

素晴らしい!!!💮

……よく、物品のように(笑)硬くて、とてつもなく「殺伐とした心象風景」の俳優がいて、深刻に驚きます💦愛もない、許しもない、情けもない、恐怖も不安も幸福も希望もない。自分にも他人にも、何の信頼も友愛もない。(謎です、普段、どうしているの?!笑)

とってもあさ~い、その場限りの、自分勝手な思い込みと凝り固まった気分みたいなもの、そしてそれを体現しちゃってる残念な身体と、これまた浅~い思考….、癖だらけのいびつな心と体。

そんなものだけで、芝居はできないのです。

そんなものだけで、芝居しようとするから、「できない」のです。

そんなものしか信じてなくて、使ってないから、苦しいのです。愉しくないのです。

最近、ますます、この2点を改めて確信した日々です。

自分のたくさんの能力を捨てないで、諦めないで、見くびらないで、大事にしつつ、磨きつつ、「つかうこと」デスね。

もっと面白く、価値ある公演のために、もっと快適で、愉快な稽古場のためにも。