戦う相手がおかしいなーダメな演技の例①

稽古場あるある①
「あれっ…この間はうまくいったんだけどな~(どうだったっけな?)」
と感覚を思い出そうとしている人につきあって、待っている共演者およびスタッフ

稽古場あるある②
「………(うん、ビデオでみたのはこうだった、ああだった、初演のときはこうだった、ああだった)………….💦…..」

と記憶との戦いに明け暮れる俳優と。。。

無視されている相手役の俳優……….

一生懸命ではあるが、何か違う。。。。

そう、目の前にある「現実」よりも、

記憶」が優先されすぎている……………..😢

これでは、自分の「価値基準」をつかっての取り組みというよりも、

自分の「記憶に合う」かどうか、が優先されしまっている………..

😿

ああ、悲しき哉、現実よ。

トレーニングをしていたり、養成所をでていたり、はたまたこの間の公演が好評だったり……..

いろいろな記憶が各々あるとは思いマス。

でも、そもそも……….何のための「記憶」なのでしょうか。

感覚的記憶は、場合によってはとても強烈です。

欲しい感覚というのも、それぞれ、いろいろあって構いません。

しかし、自分の感覚的記憶に合うかどうか、つまり、

「過去形」と比べてどうなっているか、

が基準の中心にありすぎるのは、いかがなものでしょうか?

成功体験が多いと(例えばベテラン、現場多い売れっ子)、そこに合わせてやっていれば「安心」という感覚もあるのかもしれません。

すると…………..

「過去形」を越えない、過去の成功体験までしか向かわないことになってしまいます。

近距離発射……😭

頭打ち~!!!!!!

自分が、ついつい、うっかり過去の「記憶」と戦ってばかりいないか、過去形の時間が長すぎやしないか、ちょいと整理整頓してみてください!

 

 

 

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